二人の育て親
「本当に、グレイの笑顔はいいねぇ……。」
「急にどうしたの?」
「パン屋は、前々からずっと人を笑顔にする力があったんだけどね?あんたがここに来てからはそれがもっと強くなってねぇ。」
先ほどの元気とはまた違った強い芯のある声で、マルクはそんな事を言う。
「ん?マルク。私の店は嫌なんじゃなかったのかい?」
マルクの言った言葉に敏感に反応したクイナは、すかさずそんな事を言った。
「マルクおばさん。本音が出てますよ?」
「ありゃりゃ。クイナにまたなんだかんだ言われる前に、逃げようかねぇ……。」
そんなクイナの言い方にグレイは、笑いながらもマルクに注意すれば、わざとらしい声でクイナに言い、パン屋のドアノブに手を掛けた。
「……もう帰るのかい?帰る前にもうちょっとここの良さを語ってから、帰っておくれよ!」
「あぁ、やだやだ!私ゃもう帰るよ!……そうだ、グレイ。」
「なに?」
「時間が空いたら私の家にまた顔を出しておくれね?」
「……うん!」
そうかそうか、良かったと何度も頷きながら、マルクはパン屋を出て行った。
「まるで、嵐だね。」
「マルクおばさんは別に悪気があってそんな事をしたんじゃーー」
「分かってるって!……最近、グレイに元気が無いんだと話したら、心配してたんだからね?」
マルクのフォローをしようとグレイが言いかければ、クイナはなんとも言えない顔をしながら、厨房から顔だけを出してそんな事を言い出す。
「……えっ?」
「あんた、またなんか悩んでるんでしょ?」
「……。」
図星であった為に、グレイは何度か口を開いたが、声にならず黙り込む。
「大方、あんたの親がどんなのかとか、目が見えない事とかうじうじ考えてるんだろうけど、それがあんたなんだよ?」
「うん。」
「性格を変えようとか、思わないことだね。あんたはあんたのままがいいんだから。」
「うん。……ごめん。」
しょぼんとした声で謝るグレイを苦笑しながらクイナは大きく頷いた。
「今の時間は、人が来ない時間帯だからマルクのところに行きたかったら……行ってきな?」
「いいの?」
「あぁ。店の方は任せておきなさいな!」
「ありがとう、クイナ。」
「どういたしまして。」
「じゃあ、行ってきます!」
クイナが優しく笑いながらそう言えば、グレイは嬉しそうに頷きながら、手元にあった杖と机の上に置いてあった帽子を手に取り、手慣れているようで、迷いなく店を出て行った。
「……行ってらっしゃい。」
クイナは、グレイのいなくなった店の中で、何故か寂しそうな瞳でグレイを見送った。
* * *
「おはようございます。」
「あぁ、おはようグレイちゃん。」
「おはよう!グレイお姉ちゃん!」
「おはよう。」
少し道に出れば、様々な人がグレイに声を掛けてくれて、そんな一人一人の声に、グレイは正確に挨拶を返してゆく。
町の人達は、グレイの事を良く知っているので、今どこに来ているのかを教えてくれたりするのだ。きっとこれも、グレイの人格のお陰なのだろう。
そんなことを繰り返しながら、グレイは、マルクの家に近づいて来たとある路地裏への入り口あたりを早足に、通りかかろうとした。
「……おや?そこのお嬢さん。」
「……?」
何処からか聞いた事のない声が聞こえ、グレイは誰に話掛けているのだろうかと、不思議に思いながら首を傾げた。
「帽子を深くかぶって杖をついてるお嬢さん、あんただよ。」
「……どうかしましたか?」
何処か怖さと暖かさを感じる声。自分の事を言っているのだと気付いたグレイは不思議な感覚に囚われたように、ふわりとそう問いかけた。
いつもなら知らない声に呼ばれても、言葉なんて返さないのに、なんて思いながら。
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