パン屋さん
童話って難しいですよね……。
とある王国に盲目の少女がいた。
少女の名はグレイ。
グレイには、幼子の時からずっと閉じられたままの瞼の下に、その名の通り灰色の透き通った瞳があると言う噂があった。
しかしそれは、グレイ本人も知らないことだった。だってグレイは、捨て子。知らないのも訳はない。
現在グレイが住んでいる、パン屋さんの女主人であるクイラ曰く、グレイと名前の書いた紙が籠に入った、その頃赤ちゃんのグレイの側に置いてあったのだと言う。
「はぁ……。」
うつらうつらとそんな事を考えながらも、グレイはパン屋さんの受付に座りながら密かにため息をついた。
「ん?どうしたんだい、グレイ。十六歳の年頃の女の子がなにため息なんてついてるんだい。ほら、あんたが笑顔じゃなきゃ、あたしは元気が出ないんだからね?」
そんなグレイに気付いた恰幅のいい女性がグレイの肩を、ぽんぽんと叩きながらそんな事を言った。目の見えないグレイを驚かせないように、配慮しながら。
「……ありがとう。クイラ。」
グレイは女性……クイラの言い方にクスクスと笑いながら、クイラの声が聞こえてきた方に顔を向けて礼を言った。
「あら、いつあたいはグレイを笑わせるような事を言ったのかね?」
「またまぁ、惚けちゃって。私を元気付けるために、そんな事を言ってくれたの分かってるんだから。」
そっと笑みで引き攣る頬を手で隠しながら、クイラに向かってそう言うグレイ。
そんなグレイを目を細めて優しそうに見つめながらも、クイラは言う。
「……ばれてたかね?」
「ええ、ばればれ。」
グレイが頷いた瞬間にクイラは、楽しそうに笑い始めた。
「そうかい、ばれてたかね!でも、グレイが笑顔じゃなきゃ、元気が出ないのは、本当なんだからね!」
あったかい、クイラ言葉にグレイはまたクスクスと笑った。
「……いつも笑ってられるのはクイラのおかげよ?本当にありがとう。」
「いいってもんさね。」
バサバサと広がっていた、ライトブラウンの髪を軽く紐で纏めてから、クイラはそう言って奥の厨房に入って行ってしまった。
そんなクイラの方を向いていたグレイは、いつの間にか明るい笑顔になっていて……。
「やっぱり、クイラはすごい。暗い気持ちを全部吹っ飛ばしてしまうんだもん。私も、クイラの様な人になりたいな。」
グレイはそっと自分の瞼に手をやりながらそんな事を言った。
「あら、グレイちゃん。まだ、そんな事を言ってるのかい?」
「あっ、こんにちは。マルクおばさん。」
ぼそりと独り言を言っただけなのに、その言葉に返事が返ってきたのでグレイは驚いたが、どこか懐かしい杖の付く音に気が付き、言葉を返す。
「こんにちは、グレイちゃん。……ねぇ。」
「はい?どうしましたか?」
「クイラの様になりたいって、いつも言ってるけど、クイラはあんなさばさばした性格だから、男にいつも逃げられてんのよ?そんな女性になるのは駄目。」
「え?でもクイラの性格のお陰で、いつもここにパンを買いに来ている人は、みんな笑顔になれるんですよ?」
グレイは少し首を傾げながら、マルクにそう問いかけた。
「それは、そうだけれどもねぇ……。」
グレイの正論に、マルクは言葉を濁してしまうが、その表情は悔しいと言ったものではなく、どこか安心したようなものであった。
「あはは!グレイの正論には誰も勝てないよ!説得を諦めるんだね!マルクおばさん!」
「っかぁぁ!あんたはいつもいつも、むかつく奴だねぇ!」
そんなマルクに厨房からクイラが声を張り上げながらそんな事を言えば、マルクは怒ったような、どこか楽しそうな声で言い返す。
「二人共落ち着いてください!……もう止めろとは言いませんが、周りの事も考えて抑えてください。」
楽しそうにいがみ合う二人にグレイは、大きめの声で怒れば、同時にパタリと黙り込んでしまう。
いつの間にか入ってきていたお客さんは、いつもの事だと笑っていたが。
「あぁ……、そう言えばグレイ。」
「なんですか?」
すこし落ち込んだような表情をしながら、マルクは思い出したようにグレイに問い掛けた。
「あんた。どうして敬語なんだい?」
「え?……マルクおばさんは、お客さんですし……。」
「だから、お前さんをクイナと一緒に育ててきた私に敬語を?」
「……はい。」
グレイは、そう非難するようにはっきりと言ったマルクに、すこし戸惑いはあったものの顔を向けて頷いた。
「……あんたはクイナに似て、頑固になったねぇ。でも、お願いだから敬語なんて使わないでおくれ?血は繋がってなくとも、グレイは私とクイナの娘。娘に敬語を使われるなんて、とんでもない!」
「マルクおばさんったら。そんな事言われたら私、どうしたらいいか分からないじゃない。」
あり得ないと言った風な言い方でマルクは大きく首を横に振れば、グレイは楽しそうに笑いながらそんな事を言った。
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