ひかるちゃんOVER DRIVE
千春 ♀
真 ♀
和美 ♀
操 ♀
静香 ♀
「遅いッ!」
店内に駆け込んだ途端、真の怒声が私たちを出迎える。
「三十分の遅刻ッ! 昨日メールしたじゃんか!? 何で二人揃って遅刻するかな!?」
「ゴメン。読んでる本が面白くてねえ。千春は、千尋さんに昼ご飯作ってたら遅くなったんだって」
息を吐くようにして嘘を吐く女だ。男の時からこんなだっただろうか。女性の方が、嘘を吐くのも見抜くのも上手いとは言うけれど。
「そっか、千春のとこ共働きだもんね……。和美の理由はどうかと思うけど、まあいいわ」
前言撤回。
女が嘘に強いなんて、それこそ嘘だ。和美は嘘を吐くのも見抜くのも上手いけれど、私や真は違う。ひかるも、すぐに騙されていた。私は鈍感で、真は純粋、ひかるはアホで、嘘を嘘と見抜けない。女だから、男だからという理由で性質を一括りにするのなんてナンセンスなんだろう。
「席こっちだから、早くしてよね」
各々注文を済ませ、カウンターから離れたテーブル席に向かう。マスターに聞かれたくない訳ではなかったが、かと言って聞かせたい話である訳がない。
「時間押してるから、さっさと本題入るよ。あの娘が生前に何をしていたか、片っ端から聞いてみたんだけど――あの娘、どこにいてもけっこう目立つみたい」
「悪目立ちだけどね」
言いながら、早くも溜息を吐いてしまう。何となく先が読めてきたからだ。
「うん、そうなんだけどね――まあいいか。とりあえず、来た順に紹介していくね。説明はおいおいしていく」
何かを呑み込みながら、真は自分のスマホを取り出す。
「メール自体は長いから、ある程度要約して話すね? あと、意識して見てた人は少ないから、日付や時刻はよく分からないの。それを踏まえて、聞いて」
「いいから、早く本題に入りなさいよう」
頬杖を突いたまま、目を輝かせる和美。楽しんでるな、コイツ。
「じゃあ、どんどん言っていくよ――」
『西校舎横の木によじ登っていた』
『演劇部の部室からつまみだされていた』
『新川河川敷にて、草野球の練習試合で代打として参戦。
空振り三振でバッターボックスに膝を突いて悔しがっていた』
『心峰学園の校門前で、学校の生徒と何か口論していた』
『望月高校グラウンドの部室棟の隅で、マネージャーらしき人間と口論していた』
『西校舎の昇降口で男子を襲っていた』
「何やってんのよアイツは!」
聞いているだけで頭が痛くなってくる。自殺の原因を探っているのに、調べて出てきたのは奇矯奇抜な奇行の数々。
「想像の斜め上を行ってるねえ……」
和美も苦笑いをしている。
「ここで出てきた心峰学園って、千尋さんが通ってる学校だよね?」
スマホから顔を上げ、真が聞いてくる。通っているどころではない。ヒロ姉は、そこの生徒会長だ。
「……何で、アイツが心峰に……」
心峰学園は三駅先の扇町にある。ひかるの生活圏内ではない。
「分かんない。証言をくれた子のお姉さんが心峰の生徒で、その人からの情報なんだけど――容姿とか様子からして、明らかに松前ひかるに間違いないって」
「どうでもいいけど、真って案外顔が広いんだねえ。たった一日でよくそこまで情報が集まったもんね」
それは私も思っていた。
「ん、まあ、二人以外にも色々とコミュニティを持ってるからね」
以前から噂好きの情報通とは思っていたけど、なかなか侮れない奴だ。
「ねえ――根本的な疑問なんけどサァ」
突然の声に驚く。体を捻ると、マスターがカウンターに肘をつけて身を乗り出している。いつの間にか他にいた客たちは皆帰ったようだった。それにしても。
「聞いてたんですか」
「聞こえたのヨ。アンタら内緒話は結構だけど、するなら小声でしなさいっての。今の話、店中に響き渡ってたわよ?」
「ひかるちゃんって、私達の思ってた以上に愉快な子だったのね」
洗い物をしている静香さんが、クスクス笑っている。何だかひどく恥ずかしい。
「それで、マスター、根本的な疑問って?」
「うん、昨日は聞きそびれたんだけど――この夏、みんなはひかるちゃんと一緒に遊んだりしなかった訳? 今の話だと、ずっと一人で行動してたみたいだけど」
思わず、顔を見合わせる。
「そう言えば……今年は、どこにも遊びに行ってないね。真と和美は?」
「わたし、一度花火大会に誘ったことあったけど、断られた。八月の初め頃だったかな。『今それどころじゃない!』って、何か取り込んでるみたいで」
今思い出したのか、首を傾げて真はそう言う。
「あたしも。買い物に誘ったけど、断られた。七月最終週の日曜だから、二十八日になるかなあ。『今日は忙しいから、今度にして』って」
続けて和美も似たようなことを言う。寂しがり屋で群れたがりのアイツが、真や和美の誘いを断って、一体何をやっていたと言うのか――。
「そういう千春はどうなのよ。何か誘ったりしなかったのお?」
顔を近づけてくる和美を手で押しのける。
「私の方から誘うことは基本、ないから。いつも誘ってくるのはひかるの方で――ああ、そうか。それすら、今年はなかったんだ」
何だか居心地の悪さを感じて、質問先を別にスライドさせる。
「マスターたちはどうですか? 夏休みに入ったからアイツを見かけたりは?」
「この店には来なかったネェ……。静香は、何か見てない?」
「私も、別に……。ああ、ひかるちゃんがあんなことになっちゃった当日、この辺をウロウロしてるのは目にしたけど……」
テーブルを布巾がけしていた静香さんが、思い出したように小首を傾げる。
「自殺の当日に!? それ、詳しく教えてもらえませんか!?」
「ううん、本当に歩いてるのを見ただけで、詳しいことは何も……。ただ、泣きそうな顔してたから、何かあったのかな、とは思ったけど……。今にしてみれば、あの時、声をかけておけばよかったのかも……」
そういう静香さんが、泣きそうな顔をしている。優しい人だから、それなりに責任を感じているんだろう。静香さんのせいじゃないのに。
「マスターは、当日何を?」そう聞くのは真だ。
「水曜は店の定休日だからネ。あたしは野暮用で出かけてたの。……あの日は、ちょっと嫌なことがあったから、あまり思い出したくないんだけどネ……」
「パチンコで負けただけでしょう。そう言えばいいのに」
苦笑いしながら静香さんが突っ込む。さっきまで涙目だったのに、切り替えの早い人だ。
私はその時まで知らなかったのだけど、ここのマスターはパチンコを趣味にしているらしい。定休日の水曜は、毎週数駅先の店まで出張って打つのが楽しみなのだとか。
そんなことはどうでもいい。
問題は、夏休みの始まった七月二十四日の水曜日から自殺した八月七日の水曜日までの、ひかるの行動にある。その二週間、アイツは私たちの誰ともつるまず、単独で動き続けていた。何をしていたんだろう。
「何かに巻き込まれていた――ってことになのかな……」
スマホに視線を落としながら、声を潜める。それで結局、話は元に戻ってしまう。今の段階では、手がかりはこれらの目撃証言だけ――。
私たちが内輪話に戻ったのを察知したのか、マスターと静香さんはそれ以上しつこく追及してくることはなかった。コーヒーを傾けながら、和美も声を低くする。
「根本的な質問だけど、今のって全部本当にひかるなの?」
そこが間違っていたらどうしようもない。
「間違いない。天然で栗色のロングヘアーも特徴的だし」
私の脳裏に、風に揺れる栗色の髪が浮かぶ。
記憶の中のひかるは、いつも笑っていた。
それなのに。
多分私は、ひかるのことなんて何一つ知らなかったんだろう。
「それと――実はこれが一番多かったんだけど、『スマホで写真撮られた』『名前呼ばれて振り返ったらスマホで写メられてた』『カメラアプリで人のこと撮りまくってた』っていうの。これって、あれのことだよね?」
和美と顔を見合わす。
実は、この店に来る前に軽く打合せしておいたのだ。TSアプリのことを真に話すか、どうか。もちろん、いつかは話すべきなのは分かっている。ただ、このことを説明するためには、真の性別を変換させたことを避けずには話せない。
そのことを聞いて、真が冷静でいられるか、どうか。
和美の提案により、取り敢えず真の話を聞いてからにしよう、という結論に落ち着いた訳だが――。
「何よ、その顔」考えていることが表情に出ていたらしい。
「アンタたち、何か知ってるんじゃないの? 今思えば、遅刻して同時に店に来たのも怪しいんだよね。もしかして、ここに来る前にコソコソ何か話してたんじゃないの? なんでわたしだけのけ者にしたのかは分からないけど!」
ヤバい。真は基本騙されやすい子だけど、その反面、妙に勘が鋭いところもある。これ以上は、無理だ。
「千春、話しちゃおう」
和美は真面目な顔で言うが――私には、一つの考えがあった。その考えを活かすのなら、話すのはここではない方がいい。
「……場所を変えよう」
「は!? 何で!? 話すのならここでいいじゃんかっ!」
床掃除を始めた静香さんが、何事かとこちらを見ている。私はそちらに軽く頭を下げ、正面から真を見据える。
「心峰学園での目撃証言があったでしょ。私は、その時口論していた相手を知りたい」
「それはわたしだってそうだけど――」
「それができる人間を、私は一人知ってる。その人を、仲間に引き入れたいと思う」
それだけで、二人は理解したようだった。
「ヒロ姉にも、一緒に聞いてもらおう」




