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西邑さんと3人の使い魔

千春♂

真♂

和美♀

千尋♀ 


「それでそのまま帰ってきちゃったの!?」

一時間後、町田家にて。

扇町駅でのゴタゴタから解放された俺たちは、疲れ切って、自宅への帰還を果たした。鉄道警察に事の一部始終を説明し終えた真が帰ってきたのは、その三十分後。一息ついてから俺は城ヶ崎との一件を真に話し、聞いたコイツの第一声がそれだった。

「追いかければよかったじゃん! 自宅なんて、調べればすぐ割り出せるんだしさ!」

「意味ないよ」落ち着いた口調で反論するのは和美だ。「悔しいけど、あたしたちが何を言っても、父親に揉み消されて終わり。本庄たちが言っても、それは同じ。今は下手に動かない方がいいわ」

「同感だな」味のしない烏龍茶で舌を湿らせてから、俺も同調する。「俺だって、城ヶ崎は許せない。一番に罰せられるのはどう考えてもあの女だ。だけど――アイツは危険だ。これ以上余計な真似して怒らせたら、どうなるか分からない」

「そんな、今さら――」

「お前や和美を危ない目に遭わせる訳にはいかない、って言ってるんだよ」

真の目を正面から見据え、そう言い放つ。

「それに、ヒロ姉もな」

壁際で腕を組み、目を瞑って沈黙している従姉弟に視線をスライドする。

「今回の件に関してヒロ姉が色々動いてくれたことを、アイツは知ってしまっている。これ以上刺激したら、どういう手に出るか分からない。周りの人間を危険に晒すのは――嫌なんだよ」

そう。俺はどうなっても構わない。だけど、真や和美、ヒロ姉が巻き込まれるのは耐えられない。城ヶ崎には、これ以上手を出せない。

「その会話、録音してなかったの? それを警察に突き出せば――」

「してたわよ、一応ね。だけど同じことだってば。県議会議員の父親がバックにいる以上、何をしても無駄なの」

「じゃあ、じゃあさ、その父親を失脚させればいいじゃんか! 目には目をだ! 何か弱味握って脅迫すればさ――」

「真」勢いづく真に、和美はストップをかける。「本来の目的を見失わないで。覚えてる?」

「あ、当たり前じゃん。ひかるが自殺した理由を探る、でしょ?」

「ご名答。あたしたちは城ヶ崎を追及するために動いていた訳じゃあないの。あの女が許せないのは、みんな一緒。だけどそこが最終目標ではない。あくまで、ひかるが何故自殺したのかを探りたいだけ。あたしらはそのために、この一週間調べ回ってきた。でも、多分それも終わり。情報は全て出尽くした。城ヶ崎からの情報が、それ」

「ひかるをからかうために、ひかるの大事な人を痴漢冤罪の標的にしたってやつ? 結局、それは誰のことなんだよ」

「それを一緒に考えましょうって言ってるの。多分、それが答えになる筈だから」

そう。そのための集まりだ。俺たちもずっと考えているのだが、どうもよく分からない。

「大事な人、ってのがミソだと思うんだけどねえ……。友達か、家族か、もしくは――」

「彼氏?」

「あの子にそんな人いなかったでしょ。あたしたちが知らない筈がないわ」

「そうは言っても、『大事な人』でしょ? 少なくともここにいる三人は違うじゃんか。ひかるのお父さんは電車なんか乗らないし――だったら、他にどんな人がいる?」

和美も真も、頭を捻っている。三人寄っても、分からないものは分からない。こういう時に鋭いことを言ってくれる従姉弟は――まだ、沈黙を守っている。まさかこの場面で寝ている訳ではあるまいな。

「……ヒロ姉、何か分からない?」


「情報を整理してみたらどう?」


 目を薄く開き、ヒロ姉は小さく呟く。

 目の色も、昏い。

「千尋さん、どういうことですか? 情報を整理した方がいいって――」

「そのままの意味よ、真くん。考えても分かりそうもないところから手を付けるんじゃなくて、条件を絞り込めそうな、有用な情報から整理していくべきだって言ってるの」

「例えば?」

「城ヶ崎さんの証言。彼女は標的の行動パターンを調べ上げ、ひかるちゃんの目の前で痴漢に仕立て上げるよう、入念にタイミングを見計らって、舎弟たちを動かした。なのに、『計画は失敗した』って言ってたのよね? 和美ちゃんたちはこの発言を流しちゃったけど、もっと深く掘り下げる必要があると思う。『失敗』って、具体的には何がどうして駄目になっちゃったんだと思う?」

「どうって――」虚を突かれた表情を見せる真。

「じゃあヒント。その後に、城ヶ崎さんはこう続けている。『吉良さんの時もそうだったんですけど、何であんな失敗してしまったんでしょうか』――つまり、その『失敗』というのは真澄ちゃんの時と同じ類のモノと推察できる。そして、その両方とも、ひかるちゃんはすぐ近くにいた――」

「標的男性の性別を、アプリで女性に変換させたってことですか?」

察しのいいところを見せるのは和美だ。

「多分ね。これは私の想像だけど、ひかるちゃんは城ヶ崎さんや本庄君たちがどういうシステムで痴漢冤罪を引き起こしていたのか、最後まで知らなかったんだと思う。だから、千春たちがやったみたいな手は使えない。その上で痴漢冤罪を救おうと思ったら、やっぱり真澄ちゃんにしたのと同じ方法に頼るしかなくなっちゃうのよね」

「女性が痴漢する訳がないという固定観念を利用して、冤罪を晴らしたってことですね」

実際に触っていたのは、女性である本庄一味だったのだけれど。

「そう考えると、標的となった人間が誰なのか、一つ大きな条件が見えてこない?」

「女性、ってことですか? でもそれだけじゃ、まだ絞りこめませんけど……」

パーマを掻き毟る和美を、ヒロ姉は半目のまま見つめる。

「まだ整理が足りないみたいね。情報は揃ってるんだから、もうちょっと考えてみて。私はあの子のことを詳しく知らない。だからみんなに考えてもらうしかないの」

半開きだった目が徐々に開かれていく。その奥には、ヒロ姉特有の理知的な瞳が戻りつつある。

 だけど、昏い。

 その昏さは、何に由来しているのだろう……。

「いい? 城ヶ崎さんは標的の行動パターンを調べて、ひかるちゃんを電車に誘導した。つまり、あの曜日のあの時間帯に、望月町方面の電車に乗る習慣のある人間――これも、一つの条件としてカウントできる。実際、その人物はあの日あの時間に電車に乗っている。その上で、ひかるちゃんの近しい距離にいる女性――ほら、だいぶ絞り込めてこない?」

八月七日の昼すぎに望月町方面行きの電車に乗っていて、尚且つ、ひかると親しい関係にある女性。ヒロ姉のいう条件を頭の中で反芻するが、該当する人物は思い当たらない。恐らくは、この一ヶ月以内に知り合った人間ではなく、昔から関係のある人物なのだろう。だから鳴川や真澄、酒井広海などは当てはまらない。アイツと俺の交友関係はほぼ重なっているのだから、知らない人間とは考え辛いのだけど――。


「……マスターだ」


皆の沈思黙考を破り、真が唐突に呟く。

「ねえ、千春。マスターはどう? あの人、店が定休日になる水曜は、毎週電車に乗ってパチンコしに行くって言ってたよね。先週大負けしたけど、この前はその分取り戻したんだって、今日話してたじゃんか」

ゆるゆると、記憶が戻ってくる。

確かに、喫茶桐壺のマスター、桐壺操さんなら条件に合う。店の定休日は水曜で、パチンコは昼すぎに終わり、その帰りには望月町方面行きの電車にも乗る。

そして、彼女は女性だ。

だけど、だけれど。 

「お前、マスターだぞ? 行きつけの喫茶店店主が、ひかるの大事な人だってのか?」

 確かに、親しいと言えば親しい。気心も知れているし、相談に乗ってもらうこともある。だけど、『大事な人』かと言われると、大いに疑問が残る。

「でも、他に当てはまる人いないし」真は引き下がらない。「『大事な人』どうこうってのは、城ヶ崎がそう言ってるだけの話じゃんか。信用できないって。鳴川さんへの嫌がらせのために草野球チームのキャプテンを標的にするような奴だよ? これもどうせ、悪ふざけの嫌がらせなんだって」

「百歩譲ってそうなんだとしようか。

 だったら――それが何だって言うんだ?

 マスターが元々男で? ひかるへの嫌がらせのために標的にされて? 痴漢に仕立て上げられそうになったところをTSアプリで性転換されて難を逃れて? それで? 何でひかるは、その半日後に首を吊ったんだ? まるで繋がらないじゃないか」

「そんなに捲し立てないでよ……」

 真が小さな体をさらに小さくしている。言い過ぎたか。

「千尋さんはどう思います?」

 俺たちに任せられないと判断したのか、和美はヒロ姉に水を向ける。しかし、当の彼女は珍しくキョトンとしている。


「――私、その人知らないんだけど」


「……えっと、話したことありませんでしたっけ。あたしたち、いつもその店で待ち合わせしてるんです。『喫茶桐壺』って言って、少し遠くて不便なんですけど、そこの人たちとは前から仲良くしていて」

「ふうん、そういう人がいるの……ゴメン、初耳だったから」

そうか――失敗した。

俺は今まで、ひかるに纏わるあらゆるエピソードをヒロ姉に話してきた。鳴川と野球部の件、変態部長が取り仕切る演劇部の件、そして、痴漢冤罪の件――しかし、喫茶桐壺の話は一度もしたことがなかった。和美が説明した通り、あの店はただの待ち合わせ場所で、本筋には関係ないと判断して、毎回割愛していたのだ。一歩も外に出ず、自分の足で調べていないヒロ姉が、マスターのことを知っている訳がない。

「ねえ、詳しく聞かせてもらえる? 千春たちの分かってる範囲でいいからさ」

改めて請われるまでもない。

俺は、話した。

喫茶桐壺が以前から俺たち四人の行きつけになっていたこと、その店はマスター・桐壺操さんと従業員・相馬静香さんの二人だけで経営している昔ながらの喫茶店であること、俺たちの家や学校のある地域からは駅を挟んで逆方向にあるために交通の便が悪いこと、マスターは豪快な性格の四十代女性でパチンコを趣味にしていること、従業員の静香さんは優しく気の利く性格であること、そして、その二人ともひかるのことを可愛がっていて、アイツの自殺にひどく心を痛めていたこと――。

「千尋さん、どうしたんですか?」

真の声で気が付いた。話に夢中で気が付かなかったけど、ヒロ姉の様子がおかしい。口に手を当て、眉を寄せ、何度も瞬きを繰り返している。何事かを必死で考えているようだ。

「ヒロ姉、何か分かったのか?」

 思わず声をかけると、無言で掌を見せてくる。話しかけるなと言うことか。

真や和美にアイコンタクトを送るが、二人とも首を傾げるだけ。それはそうだ。ヒロ姉が何に気付いたかなんて分かる訳がない。分かるのならとっくに自力で解いている。

 不意に立ち上がるヒロ姉。台所に向かい、氷菓を三つも持ってきて、片っ端から食べ始める。

「腹こわすぞ」

 一応の忠告になど一切耳を貸さず、一点凝視したままシャクシャクと氷菓を平らげ続ける。その様は鬼気迫るものがあって、俺たち三人はただ呆然とするだけ。

 三つの氷菓を食べ終えたヒロ姉、いつもの緩慢さからは考えられない素早さでテレビの横にあるサイドチェストの引き出しを開ける。その中から取り出したのは、我が家のゲーム機に対応したリモコン型の専用コントローラー。白、黒、ピンク、青の四種だ。

 それを一瞥した彼女は、片付けもせずに真に近付いていく。

「真くん、スマホ貸してもらえる?」

「僕の、ですか?」

「真くんの。それで、ひかるちゃんとみんなが写ってる画像、できるだけ沢山見せて」

 ヒロ姉の気迫に圧倒された真、言われるがままにスマホを操作し、今まで俺たちが撮ってきた集合写真を彼女に見せる。背景や構図は様々だが、面子は一定。真、俺、ひかると並び、少し離れて和美。ヒロ姉、大量に保存されたそれらを、高速でフリックしていく。

 何度も、何度も――何度も。

「ヒロ姉?」

 呼びかけると同時に、彼女はスマホを真に突き返す。何のコメントもない。その代わり、今度はその身を和美に向ける。

「ひかるちゃんのスマホ、今は和美ちゃんが持ってるんだよね? 私が預かってもいい?」

「いいですけど――何でですか?」

「前から何度も言ってるけど、無闇矢鱈に乱用するのはよくない。話聞いてると、和美ちゃんも千春も、大して必要もないのに人の性別パカパカ変えてるらしいじゃない。それって、凄い危険なことだから。今は私が預かっておく」

 有無を言わせない。

 いつも眠たそうな半目を維持しているヒロ姉の目が、今は据わっている。

 多分、この人は何かに気が付いたのだ。

 だけど、俺はそれを問い質すことができない。

 生まれた時からずっと近くにいた筈のヒロ姉が、今はとてつもなく遠い。

 こういう時に頼りになるのは、我らがネゴシエーター、真だ。

「あの――千尋さん、何か、分かったんですか」

「三人に、それぞれお願いがあるんだけど」

だけど、真の問いかけはすげなくスルーされてしまう。

目の奥が、光っている。

だけど、それはポジティブな輝きからは程遠い、昏い光。

この人は――何に気付いてしまったのか。

「何ですか? 僕たちにできることなら、何でも」

真が体を寄せる。やっと出番が回ってきて、嬉しいのだろう。

「真くんは、ちょっと調べ物をしてほしいの。難しいことじゃない。真くんなら、一時間もかからないと思う」

「了解です」

「千春は、その喫茶店に行ってマスターに話を聞いてきて。質問事項はこっちで用意する」

「いいけど……ヒロ姉、何が分かったんだよ」

「和美ちゃんには、ここにいて。色々と聞きたいことがあるから」

「無視すんなって!」

「千春」

昏い瞳で、彼女は俺を射竦める。

「情報が集まって、確証を得られたら、全てを話すって約束するから。今は、私のお願いを聞いて」

もう、終わりにするから。

そう言われてしまうと、俺は黙って頷くしかできないのだった。


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