名探偵ヒナタ
千春♀
真♀
和美♂
「わたし、反対」
「おれもどうかと思うねえ」
翌日、喫茶桐壺にて。昨日の思いつきを口にしたはいいものの、真、和美の反応は芳しくない。想定はしていたが、面と向かって反対されると、やはり勢いが削がれる。
「……本庄に直接聞くのが、一番手っ取り早いと思ったんだけど……」
「安直すぎる! 素直に教えてくれる訳ないじゃんか!」逆に、反論する真は勢い充分だ。「それに危険だよ! 友達利用して大人を恐喝するような奴なんでしょ!? 何されるか分かんないって!」
手をぶんぶん振りながら熱弁している。私の身を案じてくれるのはありがたい、が。
「アンタ、元気だね……」
「おかげさまで――千春は元気ないね」
「疲れてるんだよ」
「あんまり無理しちゃ駄目だよ?」
洗い物をしていた静香さんが、心配そうに声をかけてくる。
「スタミナ料理でも作ってあげようか?」
マスターが身を乗り出すが、丁寧に固辞した。この人の作る『スタミナ料理』は、やたらニンニク臭くて後が大変なのだ。柔道をやってた時はよくご馳走になったが、さすがに女子高生がニンニク臭くなるのはどうかと思うし。
それより。
「そう言えば、マスター、昨日駅で見かけましたよ。何か紙袋抱えてましたけど」
真澄たちと電車を待っていた時のことだ。私たちに気付かず改札をすぎてしまったので、声をかけそびれたのだけど。
「昨日は大勝利だったのよ。やっぱあの店はアツい。先週のリベンジを果たしたってとこ」
「先週は大負けしたって言ってましたもんね」
和美が無神経なことを言う。しかし、マスターはあまり気にしてないようだ。
「まあね。先週は嫌なことが重なってムシャクシャしてたけど、これでチャラよ」
「休みになればパチンコばっかりなんだから……。たまにはどこか連れて行ってよ」
「そのうちね」
……ん?
マスターと静香さんの会話を聞きながら、私は猛烈な違和感を覚えてしまう。休みの日にはどこかに連れて行くのが当然であるかのような口ぶりだ。今まではただ、マスターと従業員というだけの間柄だと思っていたけど、これではまるで――。
「とにかく、私は反対だからねッ!」
私が何か言うより早く、無理やり話を戻す真。
「せめて、もうちょっと情報を集めてからにすべきだねえ」
「あ、それなら――」和美の言い分に、慌てて自分のスマホを取り出す。「新しい情報ならあるよ。店に来る直前に、脇坂が画像添付して色々と教えてくれた」
話が本題に戻ったのを悟ってか、マスターと静香さんは黙って仕事へと戻る。この辺り、息がピッタリだ。
「……脇坂さんって、例の?」
「そう。探偵同好会。仕事が早くて助かる」
「昨日の今日だよ? 早すぎでしょ」
「一味のことは前からマークしてたんだって。同好会の先輩に情報もらうって言ってたし」
ほら、これ――。
スマホを、二人に見えるようにカウンターに置く。
そこには五人の女子高生が映し出されている。
ファーストフードの店内だろうか。テーブルについた五人がこちらに笑顔を見せていて、ピースサインを見せている人間もいる。何とも変哲のないワンショットだが――彼女らが一連の痴漢冤罪を引き起こしている張本人なのだ。
「えっと、奥の椅子の真ん中に陣取っているのが本庄しのぶだよねえ? 周りの人たちの名前も分かってるの?」
遠慮なく顔を近づけてくる和美を暑苦しく感じながら、私は首肯する。
「本庄の右隣から時計回りに、立石葵、大森宇宙、長谷川尚、吉岡泉水だね」
ズラズラと名前を列挙していく私に対し、二人はキョトンとした顔をしている。
「うん、まあ……一味の顔と名前は分かったけど、この人たちが痴漢冤罪に関わっているという根拠はあるの?」
真がもっともな疑問を口にする。
「まずはこの立石葵」本庄の右隣に座るショートカットの女を指差す。「この人はかつて真澄と交際していたらしいんだけど、二股かけられた挙句に酷い振られ方をしたらしい。これは真澄本人に確認済み」
「やっぱろくでもないじゃん、あの人」
真が呆れているが、それに関しては何のフォローもできない。
「次にこの大森宇宙。彼女は最初に狙われた渡辺桂さんのコンビニで春までバイトしてたらしいんだけど、無断欠勤が続いてクビになったらしい」
「逆恨みじゃんかッ!」
「他には?」
「長谷川尚は、電車で騒いでいたところを酒井昴さんに厳しく注意されたらしい」
「これも逆恨み……」
ルールやモラルに厳しい人だとは広海さんから聞いていたが、まさかそれが自身の災いの種だったとは。
「一人残ってるね。この、吉岡泉水って人は?」
「多分、二番目の逃げた男がそうじゃないかって。未だに正体が分からないから調べようがないって言ってた」
「何か、この人見たことない?」真が首を傾げている。「どこかで会ったような……」
言われて再び吉岡泉水の注視するが、よく分からない。やや面長で唇が厚いのが印象的と言えなくもないが、割とどこにでもいる顔だ。
「何だろう……つい最近だと思うんだけど……」
結局思い出せないようなので、私はまとめにかかる。
「とにかく――ほら、情報は割と集まってるでしょ? これを突きつけたら、本庄も認めると思わない?」
「うーん……」
和美は浮かない顔だ。
「何だよ、また何か引っ掛かる訳?」
「主に三つだねえ……」結構あるな。「まず一つ――今の面子に城ヶ崎望がいないみたいだけど、彼女はどうしたの」
「彼女はこういう悪事に直接参加することはないみたい。万が一の時のための切り札的な存在なんだって」これも脇坂情報だ。「普通に遊んだりはしてるらしいんだけど」
「その脇坂さんなんだけど、何か色々と都合良すぎない? って言うかチートすぎ。何だかんだ、たった二日でほとんどのことが分かってるじゃん」
「脇坂を疑ってるの? そりゃ、ちょっとは変な奴だけど、アレはただの探偵マニアだよ。嘘吐いて騙したところで何の得もないし、私は信じていいと思うけど?」
和美は実際に会った訳ではないから分からないのだ。あれは、嘘を吐けるような人間ではない。あの娘はただ純粋に、探偵活動が楽しいだけなのだ。
「第一、本庄一味の情報を教えてくれてるんだから、怪しいも何もないでしょうが。この情報さえあれば、尻尾を掴むことができるんだって」
「それ、三つ目に繋がるんだけどさ――千春、さっきの情報を本庄に突きつけて追及させる気でいるの? 本庄一味と標的男性の因果関係は分かったけどさァ、それだけだと弱くない? 関係があったからって、偶然だって言われたらそれまでだし――これだけじゃ、状況証拠にもならないよ」
「うん、私もそう思う」
「ええ!? 千春、そこで引き下がっちゃうんだ!?」大人しくしていた真、我慢できなくなったらしい。「今の話を本庄に突き付けて、直接対決って流れじゃなかったの!?」
「落ち着いて。これだけの情報じゃ、本庄は叩けないって。それは私だってそう思うよ。本気で奴の尻尾を掴みたいなら――実際に、犯行現場を押さえる必要がある。私たちが今からやろうとしているのは、そういうこと」
そこで私は二人を引き寄せ、とある事実を耳打ちする。マスターも静香さんも聞か猿を決め込んでくれているが、念のためだ。
「……嘘でしょ? タイミング良すぎない?」
「本当だから仕方ないでしょ。それより――」
続いて、作戦の伝授。同じく耳打ちだ。
「……そんなにうまくいく?」不安気な表情を浮かべる真。「それこそ、危険だって」
「大丈夫。私に考えがある」
追加の作戦を更に伝授。その何割かは脇坂の考えたものだが、まあ、自分の手柄にしてしまってもいいだろう。勝算はあった。
決行は、今日だ。




