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ひかるちゃんのリボン

千春 ♂ 

真 ♀ 

和美 ♂

千尋 ♂


「どういうこと?」

 家に戻った俺は晩飯の支度をしながら簡単に経緯を説明する。

「ファイブスターズの練習中、ファウルボールが逸れて河川敷を歩く通行人に当たりそうになったらしい」

「それで、倒れたっての?」

 背後、ダイイングテーブルに腰掛けた真が尋ねてくる。

「実際にボールはぶつからなかったらしいんだが、驚いて転んだらしいな。ただ、ひかるは血相を変えたらしくて。慌てて救急車を呼ぼうとしたんだと」

「あの子って、トータルして早とちりが多いよね」

 呆れた声を出す真。冷蔵庫の残り物を炒めながら、俺は人数分のそうめんを沸騰した鍋に入れていった。


 すでに陽は暮れていた。

 もう遅くなってしまったので、今日は真と和美も町田家で夕飯を食べていくことになった。言うまでもないが、用意するのは俺だ。両親の帰りは今日も遅く、ヒロ兄はゲームに夢中でリビングから動こうともしない。一方、客人である和美はヒロ兄の横で読書を始め、真はダイイングテーブルに陣取り、鳴川との一部始終を聞かせろとうるさい。仕方がないので、夕飯の支度を進めながら先ほどの顛末を聞かせてやることにする。

 最初に鳴川の性別を女に戻したこと、七瀬との昔話、彼女が野球部に入った本当の理由、そして、七瀬への想い――俺がひかるのことをどう思ってるか聞かれた部分は割愛して――問題は、草野球の練習中に起きた、ちょっとした事件にある。

「――結局、倒れたって言っても驚いて転んだだけで大したことはなかったんでしょ? ひかるが大袈裟に騒いだだけでさ」

 真が冷静な見解を述べている。

「そうだな。ただ、転んだ拍子に膝を擦りむいたらしい。血が出ていたから、鳴川たちは消毒を勧めたって言うんだ」

「そしたら?」

「問題はそこからだ。出血に驚いたのか、それとも人が集まったのに動転したのか、彼女、何を言わずに逃げ出したって言うんだよ。ベンチにある救急箱で消毒して、絆創膏貼るだけの話だったんだけどな」

「ちょっと待って。転んだ人って、女性だったの?」

 真が身を乗り出してくるのが、気配で分かる。

「そうらしいな。中学か高校の制服姿で、黒髪のロング、色白で大人しそうな子だった、って言うのが鳴川の印象だけどな」

「なーんか、よく分かんないなァ」

 だらけた声に振り向くと、真がテーブルの上に顔だけ乗せている。

「俺だってよく分からないよ」そうめんを茹でながら俺は答える。

「そうじゃなくてさ――口下手な人間が口下手な人間に聞いてるもんだから、ただでさえ分かりにくい伝聞が余計分かりにくくなってるって言うか……」

「何だよそれ」さすがにムッとした。

「だったらお前が直接聞けばいいだろ」

「連絡先知らないもん」

「こうなると思って、別れ際に連絡先交換してきた。もしかしたら真から連絡がいくかもしれません、とも伝えてある。後でメールすればいいだろう」

「マジで!? 千春、仕事できるじゃん! よくやった!」

 貶したり褒めたり、忙しい奴だ。

「本当は目撃証言と照らし合わせて検証したいとこなんだけど――今日はやめとこっか。さすがに疲れたよ」

 やめとこっかも何も、こちらは最初からそのつもりだ。夕飯を食べて、解散。今日は終わりだ。夕飯の盛り付けを終えた俺は、テーブルに運びながらヒロ兄と和美を呼ぶ。

「じゃあ、僕は鳴川さんから詳しい話を聞いておくよ。ここからはその怪我して逃げたっていう女の子がキーマンになるみたいだから」

「報告を待ってる」

そうめんを掻き込みながら頷く。

「そういえば、ヒロ兄、ひかるが心峰学園で口論していた相手のことは分かったのかよ」

「ああ、それなあ」

 ピンクそうめんを口の端から垂らしながら、ヒロ兄は首を傾げる。

「ちゃんと調べてるよ。これは本当。後輩が優秀でね、口論相手自体は割と早い段階で分かってるみたい」

「それなら――」口出ししようとする俺を、箸で制する。

「まあ待て。ちょっと面倒くさいことになりそうなんだよ。もう少し時間をくれ」

 そう言われては引き下がるしかない。俺たちは無言で夕飯を平らげる。相変わらず、ほとんど味はしなかったが。

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