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クロス×ゲーム

千春 ♂ 

鳴川 ♂


 すでに、辺りには夕闇が訪れていた。どこかでヒグラシが鳴いている。

 学校近くの住宅地に、鳴川翼はいた。学校指定のジャージで、学校指定のスポーツバッグを左肩にかけて自転車に乗っている。

 俺は自転車に乗ったまま彼に追いすがり、片手でスマホを構える。

「鳴川先輩っ!」


          ☆


「……ああ」

 振り向く直前にスマホはポケットに隠しておく。だんだん、このアプリの扱いが上手くなっていることに気が付く。ただ、撮影後の目眩は相変わらずで、危うく転ぶところだった。今後、自転車に乗りながらの使用は控えた方がいいだろう。

「アンタか」

 振り返った鳴川は、やはり長髪の三白眼だった。ただ、凶相と言うよりも、凛々しいという表現がぴったりで、何だか女性剣士を連想させる。体つきは平坦だが、真のような幼児体型とは違い、引き締まった印象を受ける。

「私にまだ何か用?」

「あ、はい――さっきの話の続きが、したくて」

 鳴川の横に並び、二人揃って自転車を降りる。案の定、一回り小柄になっている。それでも俺より少し低い程度だから、女子としては十分高い部類なのだろう。

「そう……よかった。私もまだ、言いたいことがあったから」

「え?」

 予想外の物言いに、思わず顔を注視してしまう。気まずそうに視線をそらしながら、鳴川は口ごもる。

「さっきは『あのバカ』とか何とか言って、悪かったなって。知らなかったから……」

「そんなの、別にいいんですけど……」

 そう言いながらも、俺は彼女に対する評価を改めていた。口下手で不器用なだけで、本当は優しい人なのかもしれない、と。

「自殺の理由、分かったのなら私にも教えてくれ。相良は無関係だって言ってたけど――やっぱり、気になるし」

 一瞬こちらに顔を向けるが、すぐ視線を俯けてしまう。男言葉に違和感はなかったが、言っている内容との間にギャップを感じてしまう。

「はい。分かったら、先輩にも教えます」

「ありがとう――それで、何?」

 言葉少なに、話を促す。本来話があったのは、俺の方だったのだ。実は一番の目的はすでに果たされているのだが、ここで終わりにする訳にもいかない。はっきりさせるために、俺はいきなり本題に入る。

「――本当のことを、教えてもらおうと思いまして」

「何だよそれ。私は嘘なんて言ってないけど」

「でも本当のことも、全部は話してませんよね」

 例えば、野球部に入った理由とか。

 探るような俺の言葉に、彼女は一瞬――ほんの刹那、足を止める。

「……野球が好きだからって理由じゃ、駄目なのか」

「駄目じゃないですし、それが嘘だとも言っていません。ただそれが全てではないって、俺は思ったんです」

 夕暮れの住宅地、遠くのヒグラシと、俺たちの押す自転車の音だけが辺りに響く。鳴川は、口を真一文字に結び、言葉を探しているようだった。

「……言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいい」

「七瀬先輩がいたから、じゃないですか?」

 請われるままに、核心を突く。

 鳴川翼が七瀬悠季に想いを寄せていた――という仮定。

 確証はない。そう考えるとすんなりくる、というだけの話だ。

 黄色い歓声を上げるギャラリーたちへの敵意の込められた視線。

 俺達とのトラブルを見かねてやってきた七瀬への緊張した声音。

『アイツとエース争いなんかしたくない』という発言の真の意味。

 全てに説明がつく、気がする。

 鳴川からの反応がないので、俺はさらに言葉を重ねる。

「七瀬先輩がいたから、鳴川先輩は野球部に入った。別に選手としてプレイできなくてもよかった。そばにいられるだけでよかった。先輩は、七瀬先輩のことを――」

「違う」

 ようやく、鳴川が口を開く。必要最低限の言葉で、俺の推測を否定する。だがその否定はすぐに揺らぐ。

「……いや、違わないのかな。正直言うと、自分でもよく分からない。高校生にもなって情けないな。私、野球以外は本当にポンコツだからさ」

 自虐めいたことを言いながら薄く笑う。その自己評価が正しいのかどうかは分からない。ただ、彼女の話には興味があった。

「ちょっと、昔話をしていいか」無言で首肯する。「私、今は三駅離れた扇町(おうぎまち)に住んでて、そこから自転車で通ってるんだが――小学四年の時に親の都合で転校するまでは、この望月町に住んでたんだ」

 毎日、三駅を自転車で往復してるのか。並の体力ではない。

「……向こうは覚えてないだろうが、その当時、私とアイツは同じクラスで――入学当初は出席番号順に机が並べられているだろ? 私たちも、『七瀬』と『鳴川』で席が近くて、割とよく遊んだものだった。その頃から私はお人形遊びよりも男子と泥んこになって遊ぶのが好きな子供で――野球も、アイツに教わった。と言っても、キャッチボールする程度なんだけどな。楽しかった」

 淡々と語られているが、その端々から瑞々しい想いが蘇ってくるようで、聞いていて微笑ましくなる。

「……さっきも言った通り、私は小四で扇町へ転校した。電車で三駅の距離とは言え、小学生にとっては隣国に近い。悠季との縁も、そこで切れた。ただ、私は野球を続けた。地元のリトルリーグに入って――まあ、それなりに頑張ったよ。中学に上がってからも、女子のリトルシニアチームに入ったりしてさ。……女のくせにって思うか」

 やはり、そこに屈託があるらしい。

「思いません。競技に男も女もないって、俺は思っています。高校でも続けようとは思わなかったんですか」

「……県内には女子野球部のある高校なんてなかったしな。やはり、女がやっていくには敷居の高いスポーツだよ。もちろん、そういう道を選んだチームメイトはいた。だが私は――何だか、限界が見えてしまった気がしてね……」 

 それが自身の才能に対するモノなのか、それとも女性が野球を続けていくことに対してのモノなのか、俺には分からない。

「高校でキッパリ野球は辞めるつもりだった。悠季の噂を聞いたのはその頃だ。中学野球で活躍していたのは知っていたが――まさか、地元の望月高校に進学するとはね」

 私は、またアイツの野球を見たいと思った。

「選手として活躍できなくても、裏方として支えることはできる。悠季を甲子園に連れて行くことならできるって、そう考えたんだ。野球に関する知識なら、その辺の女子に負けない。マネージャーになることに迷いはなかった。……計算外だったのは、また選手としてプレイしたくなってしまったことだ」

「それで、草野球を?」

「地元にチームがあったのは幸運だった。増田さんもよくしてくれてるしな。好きでやっていることだから、体力的にキツイということはない。……まあ、気恥ずかしくて、互いのことは秘密にしているんだが」

「七瀬先輩は、鳴川先輩のことは?」

「もちろん覚えていたよ。転校してかも野球を続けていて、今でもコソコソ草野球やってるなんて、夢にも思ってないだろうけどな。と言うか――アイツも私と同じで、野球バカだ。私のことなんて、かつての同級生くらいにしか思ってないよ」

「先輩は――」

「いいよ。いいに決まっている」珍しく即答してくる。

「今年は無理だったが、来年こそ、アイツを甲子園へ連れて行く。それが私の目標で、夢で、希望だ。それで十分満足している」

「そうですか……」

「……さっき町田が言ったこと、正解だよ。私は七瀬悠季がいたから野球部に入った。マネージャーとしてアイツを支えていくことが、今の私の全てだ。その気持ちにどんな名前をつけていいのか、今でも分からない。好きとか、そういうのとは違う――と思う。いや、やはり分からないな」

 苦笑を浮かべながら、また俯く。だが、それだけ聞けば十分だった。

 ヒロ兄の読みは正しかった。本人は認めたがらないが、彼女は七瀬に恋愛感情を寄せている。男のままでは――ちょっとキツイだろう。


「町田は、どうなんだ」

 ふと思いついたように聞かれて、少し固まってしまう。

「……何がですか?」

「アンタは、松前のことが好きだったのか」

 今度こそ、本当に固まった。

「……分かりません。俺、全体的にポンコツですから」

「見かけによらず卑怯だな」

 俺もそう思う。ここは笑って誤魔化しておく。

 と、俺は聞いておくことがもう一つあったのを思い出す。

「先輩、そう言えば――部室棟の前で口論した後って、どうなったんですか? アイツ、大人しく引き下がりました?」

「……あの日は無理やり追い返した。部活には二度と来るなと言ったら、次の草野球の練習に顔を見せて――そこでちょっとしたことがあって、結局、私のことはどうでもよくなったらしいな。その日以来、姿は見てないよ」

「ちょっとしたこと?」

「人が――倒れてたんだ」

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