蒲公英の香りと蝋燭
死神に取り付かれたら、その日のうちに死を覚悟しておいた方がいい。
死神は、ほかの人を巻き込む悪趣味は持っていないので、命をとられるのは、おじさんだけ。
しかし、僕の耳は死にそうだ。
たぶん、ほとんどの人の喉も、死にそうだろう。
耳にキンとくる、高い叫び声。 呆然と立ち尽くすサラリーマン。
僕は、学校に遅れては困るので、遠回りでも早いほうを優先する。
僕が一歩踏み出そうとしたとき、突然めまいが襲った。
その場にしゃがみこみ、めまいと同時来た頭痛に耐える。
回復を試みたが、視界がだんだんと狭くなり、そのうち何も見えなくなった。
痛みもなくなり、僕は意識を失った。
気がついたら、そこはベッドの上だった。
蒲公英のようなあたたかい香り。
肌心地のよいふとんにもう一度眠りたいという気持ちを誘われ、眠りにつく。
が、すぐにおきてしまった。
「ここは・・・?」
右目だけは寝そうだが、手でこすって起こす。
木造の部屋。電気はなく、蝋燭が光っている。
部屋にあるのは、引き出しのついた四角い机と、僕の寝ていたベッドだけ。
誰もいないようだ。ここは、何処だろうか。
僕のいたところは、都会のほうなので、木造は珍しい。
しかし、田舎の方まで運ぶことは無いだろう。
どこなのか、見当もつかない。
とりあえず、部屋から出れば何かがわかるだろう。誰か、人もいるだろう。
僕は立ち上がり、ドアノブに手をかけた。ドアがあかない。
「お客様、勝手に部屋を出るとは何事。一声かけてくださいよ。」
「は、はい!えっと、あなたは何処に?」
ドアの外から声が聞こえるのか?それにしては、透き通って聞こえすぎる。
この狭い、部屋の中か?
「お客様、机は見えますか?見えるのなら、その上の蝋燭を手に取り、二回ほど振っていただけますでしょうか?」
見えますか?って。バカにしてるのか?歩けたんなら、見えるに決まっているだろ!
と、頭の中で文句を言いつつも、指示通り蝋燭を手に取り、二回振る。
「振っていただき、ありがとうございます。」
一瞬にして、目の前に少女が現れた。
マリーゴールド色の腰まである長い髪、少し赤の入った綺麗な目。
一年中外に出ていないような肌の白さ、薄ピンクの頬と唇。
僕より20センチほど背が低い、150センチくらいの身長だ。
「私、燐と申します。どうぞよろしく。」
燐 と名乗った少女が手を差し出す。握手か。
「僕は、山内 念。よろしく。」
僕はその手を握る。燐が笑顔になる。
「では、念君、今からタメ口でいいかな?敬語って難しいのね。」
「お、え、うん。」
確かに敬語は、僕も難しいと思う。
燐が白い歯を見せながら二ヒヒと笑うと、僕の手を引っ張ってドアの外へ出た。
「念は、地球から来たんだよね?ここはね、そっちからしたら、12次元の世界だよ。」
12次元って確か、異世界__________
って異世界なんかあるわけないし、、、でも、蝋燭振って少女が現れる。これは現実ではありえない。
つまり、本当に異世界に来た、ということか。
「ここはね、蝋燭の国だよ。というより、この星全部が蝋燭の国だから、国って程の小さい規模じゃない。」
「蝋燭の国?」
「うん、ここにある蝋燭は、全て何かの生命のもの。地球にもあったような気がするのだけれど、蝋燭と命の話。」
確かに、蝋燭と命が関係している話は多かったような。
それにしても長い廊下だ。話している間も歩いているが、まだ目的地に着かないみたいだ。
そういえば、僕達は何処へ向かっているのだろう。
「念、今から階段。こけないように気をつけて。長いから。」
角を曲がると、螺旋状の階段があった。
「長いって、今何階?」
「うんとね、493階だよ。」
「493!?」
今からこれを降りるのか。。。一気にやる気なくしたぞ。