弍 山小屋の主
「ふぃー寒い寒い」
20代の中頃くらいの痩せた男が山の小屋の脇にある井戸で水をくんでいる。髪は赤で褐色のはだそして黒いバンダナをしている。男は痩せていると言っても腕等の引き締まった筋肉が水を汲みあげる時に動くのがわかる。
その男を後ろに来た人影が見下ろした。
男は振り向きもせずに言った。
「そろそろ来る頃だと思ってたよシル」
人影はシルテアだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シルテアは山小屋の中で暖をとっていた。 「ほら、これでいいか」
奥の部屋から出てきた男が二つの箱をシルテアにほおった。
「ありがとうフジ」
シルテアは中身を取りだしながら言う。ややあって箱から取り出された物は蒼い刀身を持つ刀と紅い刀身を持つ刀だった。
「……神刀 蒼緋。お前がコイツを持って来た時はたまげたゼ。まさか古代の武器を持って来るとはな」
フジは静かに言った。
「さすがフジねあそこまで傷ついた刀身をここまで再生させるなんて」
「どうだかね……」
「どうかしたの?」
フジにしては歯切れの悪い答えに疑問を持ったシルテアが尋ねた。
「少なくともこのふたつの刀に打ち直しは必要無かったて話だよ。
このふたつの刀、自己修復しやがった」
「???」
「勝手に傷が直ってたって事だよ」
「私が持ってた時はそんな事なかったわよ」
「それはこの山が関係してるのかもな」
そういってフジは窓から見える山を見た。
「この山は神山と呼ばれててな」
「それは知ってるフジの一族が代々守ってるんでしょ」
シルテアの答えに頷きながらフジは話を続けた。
「この山は神界に一番近い場所つまりはこの山は神様の影響を最も受ける場所なんだ。だから神の武器であるそいつらが影響を受けてもおかしくはないって事」
「ふーん」
シルテアはしげしげと蒼緋を見つめた。
その瞬間シルテアは白い光に包まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シルテアが目を開けた時辺りは何も無い白い空間だった。
「何ここは?」
シルテアは歩こうとしたが歩け無かった。歩こうにも地面すら無いからだ。それどころか上も下も前も後ろも右も左も全てがシルテアには分からないという状況だった。
「やだ」
シルテアはしゃがみこんでしまった。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)
恐怖という感情のみがシルテアを支配する。
『大丈夫です』
そんなシルテアの耳に静かな女性の声が響く。
顔を上げると白い服に身を包んだ女性がいた。
「あなたは?」
そう言った瞬間シルテアは気が付いた。
「地面が……ある?」
今、シルテアは確かに地面を踏みしめていた。
「最初から存在が薄いだけで地面はありましたよ。私が来た事でより確かな物になっただけです」
女性は静かに言った。
「よく分からないけどいいや。あなたは誰?ここは?」
「ここは時空の狭間。時と時の間。そして私は〔見守る者〕、全ての時空を司る存在」
女性は淡々と言った。
「難しいわね。兎に角、ここは私のいた所とは違う所って事ね」
シルテアの問に女性は頷く。
「なら何で私は此処にいるの?」
「それは……」
女性が言葉をつぐもおとした時、世界が変貌した。確かに存在した地面が消え去り。シルテアは落下し始めた。シルテアの頭の上から声が降ってくる。
「忘れないで貴方は偶然の積み重なり選ばれたの。これから貴方は幾つもの困難に巡り会う。だけど決して諦めないで」
そしてシルテアの目の前は暗くなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい…シル………おい」
シルテアの耳は自分を呼ぶ声を聞いたが意識はまだ覚醒しない。
「シルテア」
声と供に顔に水をかけられた。
「わぁ」
シルテアは水の冷たさに思わず飛び起きた。その目前には桶を持ったフジの姿があった。
「何すんのよ。
馬鹿フジ」
シルテアはフジの頭を叩いて言った。
「なにってお前が急に倒れたから」
「だからっ他の起こし方でも……」
ぶつぶつシルテアは呟いた。
「で、どうしたんだ?」
「分かんない」
シルテアは経験した事をフジに伝えた。
「……夢でも見たんじゃないか?」
「う〜ん」
シルテアも言われてみると夢だったのかと思い始めた。
「疲れてたんだろうよ。今日は泊まっていくか?」
「いや、そろそろ行く」
シルテアはフジの申し出に首を振った。
「あの男はもういないんだ。いつまで過去に縛られるんだ?」
フジは額に皺を集めた。
「別に過去に縛られている訳じゃない」
顔を背けながらシルテアは言った。
「なら、そのマントに付いてる血はなんだ?」
「これは向こうが仕掛けて……」
フジは大きくため息をついた。
「ああ、ああ、確かにそうなんだろう。けどなお前が本気で逃げて撒けないやつがいるのか?」
「それは……」
シルテアは答えを詰まらせた。しかし再びフジに顔を向けた。
「けで過去に縛られている訳じゃないのよ」
フジは目を閉じ黙って聞いている。
「只、この体が血を闘いを求めるの。自分じゃどうにもならないのよ」
シルテアはそう言うと蒼緋を持ち両腰に挿すと立ち上がった。
「もう行くわ」
シルテアは扉に向かいながら言った。
「ああ」
シルテアの方も見ずにフジは頷いた。シルテアはフジの方を見たが扉に手をかけた。
「シル!!」
フジが突然大声をあげた。シルテアが顔を向けるとフジは背を向けたまま言った。
「長い付き合いだ。何かあったら俺に頼れ」
その答えにシルテアは微笑むと扉を開け外に出た。