第9話 一歩だけ前に
遅れてしまい申し訳ありません。
相変わらず駄文ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
今、陸斗とミレーユは里で一番大きい木に作られたテラスに来ていた。ここは、二年前、陸斗とミレーユが喧嘩した場所であった。
ここに来るのも陸斗は二年振りであり、懐かしい感情が浮かび上がる。
しかし、後ろにいるテンションが最悪であるミレーユの為、素直に喜ぶ事が出来ない。
二人は何も喋る事無く、沈黙が続く。
「…陸斗…」
そんな中、沈黙を破ったのはミレーユだった。
「わたしは…ダメな姫ですね…」
「………………」
その呟きに陸斗は答えられない。
そもそも陸斗には姫の在り方、王の在り方など分からない。
「なにも…言ってはくれないのですね…」
「何か言えばいいのか?でも、俺の言葉はお前には届かないだろ」
陸斗の乱暴な言い方に、ミレーユは表情を引き締め、キッと陸斗を睨む。
「―――ッ!!そ、そんな言い方ないじゃないですか…っ!!」
「…なら、お前は俺が一条空にはもう近づくな、って言ったらその通りにするのか?」
陸斗の言った事は極論だった。間違っているからその人間に近づくな、などと、それは決して褒められるものではない。
勿論陸斗はそれを理解している。
陸斗が理解しているという事は、ミレーユも理解しているという事だ。だからミレーユは当然のように反論する。
「それとこれとは違いますっ!!そもそ―――」
「ならお前は一条空に言ったのか?『お前のやり方は間違っている。だから今すぐ止めろ』、と」
「…そ、それは…」
気まずげにミレーユは視線を逸らす。
それを見た陸斗は再び内心で、目の前の少女に対する失望感を募らせていく。
「言ってないんだろ?何故言わないか、大体検討がつく。大方一条空に嫌われたくないっていうしょうもない理由だろ?」
「――――――っ!!」
図星だった。
ミレーユは悔しさにギリっと歯を軋ませる。泣きたい、喚き散らしたい衝動を抑えながら、必死に言い返す言葉を探す。しかし、今のミレーユには何も言い返す言葉は見つからない。
そんなミレーユを見て、陸斗は気まずげに顔をそらし、そっぽを向く。
(…どうやら少し言い過ぎたみたいだ。ど、どうすれば…)
二年間エルゼという、口が悪い冷徹鉄仮面と過ごしてきた陸斗は、言葉をオブラートに包むというスキルが致命的に低下していた。言いたい事をズバズバ言う。そうしなければエルゼにぼろくそに言われるからだ。
だが、今は上手く言葉を紡ぎ出さなければいけない。そもそもここに来たのはミレーユを虐めるためだはないのだ。
「…ミレーユ。辛いなら、姫を辞めてもいいと俺は思うぞ?」
「―――え?」
「嫌な事なら辞めればいい。無理して続けることなんかない」
その言葉に、ミレーユはかなり驚いたようで、大きく目を見開く。
今まで一度も、誰からも言われなかった言葉だ。
「で、でも…っ、それじゃ余りにも―――」
「確かにそれじゃ無責任だな」
「っ…!だったら―――ッ!!」
「それでも俺は辞めればいいと思う。今このエルフの里の頂点はお前だ。つまり里の命運は全てお前にかかってる」
「――――――ッ」
改めて気づかされる自分が背負うべき責任の大きさ。
陸斗の言葉に、ミレーユは震える。考えれば考える程怖くなるのだ。
ミレーユだって、今の空のやり方が間違っている事など分かっている。けれど自分ではどうしようもない。
そしてミレーユは気付く。気付いてしまった。
「そう…だったんですね…。陸斗…私は気付きました」
「…………」
陸斗は黙ってミレーユを見る。
「私は空様に嫌われたくなかった。…確かにそれもあります。でも…。それ以上に…私は…責任を負いたくなかった…っ!」
ミレーユの叫び。本音。
「里の皆の命は…ッ!―――私には重すぎるっ!!」
叫び、ミレーユはその場にペタリと座り込み、嗚咽をあげ泣きはじめる。
そんなミレーユを見ながら陸斗は、慰める事はおろか、声を掛ける事も、動く事すらしない。ただ静かに、見つめるだけ。
星が綺麗な夜に、一人の少女の涙が、声が溶けて消えて行った。
***
「あの…ありがとうございました」
泣きやんだミレーユは、陸斗に礼を言う。
「止めてくれ。俺は本当に何もしてない」
本気で止めて欲しい陸斗は、少しだけ嫌そうな顔をして、ミレーユから視線を外す。
それに気付いたミレーユは、寂しそうに、悲しそうな表情をする。ミレーユには分かっていた。自分が陸斗に失望されたことが。
もう二度と、友達には戻れない事が。
ミレーユは再び泣きそうになる。
しかしこれは自業自得だ。二年もの間、好きな男に嫌われたくない、責任を負いたくないというバカげた理由で現実から目を背け続けたミレーユを、陸斗は心の底から信頼する事はないだろう。
「私は…明日…姫を…辞めます」
そして、結果として責任から逃げる選択をしてしまう自分に、ミレーユは酷く惨めな気持ちになる。そう卑屈に考える事も。
ミレーユはもう、自分の全てが嫌いだった。
「そうか」
陸斗が投げかけるのはそんな短い言葉だけ。
最後まで優しさもないその言葉に、ミレーユの気持ちは少しだけ軽くなった。
「これで私はどん底まで落ちましたね…」
「―――ならまた這い上がれよ。…これは人からの受け売りなんだけど、『人間生きてれば何度も絶望し、挫折するだろう。そんな時、立ち上がれるかどうかは、いつだって自分次第だ』」
「…厳しい言葉…ですね」
「ああ。甘えるな、自分で何とかしろって事だからな。でも、俺はこの言葉があったからここまでやってこれた。まだまだよわっちいけどな」
そう言って、陸斗は最後に小さく笑った。
しかしミレーユは笑えるわけもない。
ミレーユは心の弱い人間…というかエルフだ。そんなミレーユにとって、この言葉は余りにも重い。けれど、ミレーユはある一つの感情を抱く。
それは…羨望だった。
ミレーユは陸斗に対して、強烈な憧れを抱いた。陸斗の心の在り様に、強烈な憧れを抱いたのである。
「…凄い…ですね…」
絶対に陸斗には聞こえない声量で、そう呟く。
そしてミレーユは陸斗を眩しげに見る。
そして直感する。目の前の少年はいつだって、どんな時だって努力してきたのだと。どんな絶望的な状況に置かれても、悲観することなく、腐る事無く、ただひたすら前に進んでいるのだ。決してそれを人前には出さないが。
だからこそミレーユは、覚悟を決める。
「陸斗」
「なんだ?」
「私、空様に言います。貴方のやり方は間違っています、と。そして今のエルフの里の体制を変えます」
「…………」
陸斗は黙って聞いている。
「今、私がやるべき事はちゃんとやります。…私はバカです。やるべき事をやらないで好き勝手しようだなんて虫が良すぎます」
「…そうか」
「はい。やるべき事をやる。そこからです。私のやりたい事をやるのは、―――全部、そこからなんです」
ミレーユは笑う。
それは、陸斗が今まで見てきたミレーユの笑顔の中で、最高に綺麗で、魅力的な笑顔だった。それは、強き思いをいだいた、本当の美しさだ。
そんなミレーユの笑顔に連れて、陸斗も笑った。
「そうか。頑張れよ。俺も全力で協力してやるからよ」
陸斗のその笑顔に、ミレーユの心臓は微かにトクンと高鳴る。
そして思わず顔が赤らみそうになるのを必死に抑えながら、少しだけ意地の悪い表情作る。
「『協力してやる』なんて、随分上からなんですね」
言われた陸斗は楽しそうに笑いながら。
「俺が『協力させて下さいお願いします』なんて柄じゃないだろうが」
「それもそうですね。基本的に不作法な人ですからね」
「うっさいわ」
そして二人は笑い合った。
それは、ミレーユにとって二年振りになる、心の底からの本気の笑いであり、笑顔だった。
途中にある主人公の受け売りうんたらの言葉は、映画「ベストキッド」リメイク版に出てくる言葉が元ネタです。
ぶっちゃけかっこつけたかっただけです。