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第8話 二年



 〈聖なる洞窟〉から少年と少女が一人ずつ出てきた。

 二人が着ている服はボロボロで、少年はズボンしか履いていないし、少女に関しては所謂大事な所しか隠していないというとても魅惑的な服装をしている。


「やっと出れたな。二年は本気で長かった…」


 少年…逢坂陸斗は清々しい表情でそう呟く。

 陸斗は二年という月日を経て、身長が伸び、そして元々引き締まっていた肉体は更に引き締まり、筋肉も付いた。


「私は早く風呂に入りたい。そしてまともな服を着たいな」


 少女…エルゼ=シュタイネルも、陸斗同様どこか清々しい表情でそう言った。

 エルゼの身体は、身長が少しだけ伸びたのは勿論、身体がより女性の魅力を持つようになった。


「二人とも、ようやく出てきたか」


 そんな言葉と共に現れたのはジンであった。

 ジンは白髪が目立ち始め、二人が記憶していた歴戦の戦士という感じより、気疲れしているオッサンにしか見えない。

 だが、久しぶりに知っている顔に出会えたことにより、二人の表情には幾分かの喜びが浮かんでいる。

 そんな二人…特にエルゼの様子を見て、ジンは内心喜びを噛み締める。どうやら二人は心身共に成長したようだ、と。


「長かったけどな。それよりエルフの里には誰もいないみたいだが…どうかしたのか?」


「それは私も気になっていた」


 二人は気配を探り、召喚された学園の生徒はおろか、エルフの住人もほとんどいなくなっている事に気付く。よもや死んだとは考えにくい。そうだったら絶対自分達を呼び戻す筈である。


「…それについては後で話そう。今は風呂に入れ。着替えも用意させる」


 二人はとりあえずジンの言葉に従い、移動を始めるのだった。




***




 風呂に入った二人は、用意された服に身を包んだ。


「この服装は?」


 陸斗が尋ねる。

 今二人が着ている服装は、黒のブーツに黒のズボン。その上に黒の半袖シャツに灰色の長袖のパーカー。そして黒のフード付きのロングコートを羽織っている。ロングコートは膝の長さまであり、ファスナーでとめるタイプである。


「それは異世界から召喚された女子(おなご)が作ったものだ」


「おなごって、名前ぐらい覚えろよ。つかやけに中二的なデザインだな」


 中二、という言葉に、陸斗以外の二人は首を傾げるが、陸斗は特に気にしない。

 ちなみにこの服には、所々銀色の装飾が施してある。そしてこの服のデザインを考えたのは異世界から召喚された少女である山藤薫という少女だ。アニメや漫画が好きで、それが功を奏してこの服のデザインに繋がった、というわけだ。

 まあ、どうでもいい情報ではあるが。


「さて、そろそろ本題に入るか」


 ジンはそう言って、表情を真剣なものに変えた。

 それに呼応するように二人も表情を引き締める。


「まずお前らが疑問に思っていた事に答える。この里に人がいない理由だが、単純だ。皆ノルマを達成しようとしているんだ」


 いきなり聞き慣れない単語が二人の耳に入る。


「ノルマとは何だ?」


 エルゼが尋ねる。少なくともエルゼがいた頃はそんな言葉は聞いた事は無かったし、ノルマを達成するという事に関しても全く理解出来ない。


「ノルマとは、半年前に作られたものだ。詳しく説明すると―――」


 ジンの話はこうだった。

 半年前、全員の訓練が終わり、実践を行うという事になった。その時、ミレーユがこう言ったのだ。


 ―――エルフと異世界人で二人一組のペアを作り毎月一定以上の魔物を狩らせよう、と。


 その一定以上狩らなければいけない魔物がノルマである。

 ここで魔物についてだが、魔物は異形の姿をした生き物で、害虫と同じ害しか生み出さない存在である為、見つけ次第即時討伐を全世界で推奨されているのである。そして魔物にはランクが存在し、Fランク~SSSランクまで存在しており、その上に災害級(クラス・カラミティ)がある。

 そしてノルマは、Sランクの魔物を月に二体、又はSSランクの魔物を一体となっている。当然Sランクや、SSランクの魔物を討伐するのは当然ながら、見つけ出すのですら難しい状況である。


「ノルマを達成出来なかったらどうなる?」


 陸斗が尋ねる。


「特にどうという事はないが、里での地位が下がる。そもそも討伐した魔物の数、ランクを総合してランキングが作られていて、その上位にいる者と、下位にいる者とでは明らかに身分や扱いに関しての格差が生まれている」


「成る程。だからどいつもこいつも里からあ出て行っているわけだ」


 陸斗は納得したように頷く。

 しかし一人、納得していない者がいた。


「気に食わん」


 エルゼだった。

 余程今の体制が気に入らないのか、身体微弱な魔力が漏れ出している。微弱といっても、エルゼや陸斗の主観による微弱である。ジンにとっては到底無視できない凄まじいものだ。

 冷や汗を流しながら、何も言えないでいるジンを尻目に、陸斗がエルゼの頭に軽くチョップを入れる。


「落ち着け。一条空とミレーユのやり方は正しくはないかもしれんが合理的ではある」


「…合理的だと?」


 エルゼが睨むが、陸斗は一切気にしない。


「そうだ。エルフと異世界人とで二人一組のペアを作るのだって、遠距離専門のエルフと、中・近距離に特化した異世界人とで考えると愛称は良い。それにランキングやノルマを設定すれば常に意識を持ち続けられるだろうが。天使っつう化物と戦うんだ。これくらいはむしろやった方が良いと俺は思うがな」


 だが、その言葉にエルゼは頑なに同意しない。それどころから更に怒りを表情に滲ませる。


「ざけんなよクソ野郎。なんで私達エルフの里があんなクソ男とクソ女の指示に従わなくてはいけないんだ?」


 魔力だけではなく、殺気すらも撒き散らしながら言ってくるエルゼに、流石の陸斗もイラっときたのか、エルゼとは逆に氣力を身体から放出する。

 二つの凄まじい力が、小さな部屋の中でぶつかり合う。

 その鳴動で、床は軋み、柱は震える。


「お前はいつもいつもエルフの誇りを優先し過ぎなんだよ。俺だってあいつの言う事に従うのは癪だが、特に問題が起きていないなら今の状態がさいぜ―――」


「ちょっと待ってくれないか?」


 ジンがいきなり口を挟む。


「「なんだ?」」


 二人揃ってそう尋ねる。


「今陸斗は問題がないと言ったが実はそうではないんだ。問題は既に起こっている」


「なに?」


 問題が起こっていると聞いては流石に簡単に肯定するわけにはいかなくなった。


「三ヵ月前だ。ランキングに関係ない若いエルフの女性が暴行されるという事件が起こった」


 それを、それだけを聞いた瞬間、エルゼは今までにない程の怒りを滲ませる。同じ女として許せないのだろう。

 男である陸斗でもかなりの怒りを感じている。


「それだけじゃない。数人の異世界人の女子が、これまたランキングに関係ないエルフの少年に暴行を働いた事件も起こっている。この二つで大体分かっただろ?」


「…実力が無い者にまともな権利は与えられないってことか」


「その通りだ」


「ふざけやがって」


 陸斗は普段通りの冷静な表情を保っているが、瞳は怒りで染まっている。

 エルゼなど見るからにブチ切れている。


「おい陸斗、一条空を止めるぞ」


「…そうだな。その二つの事件だけでも、今の体制を改めさせるには十分だ」


 被害に合ったのはどれもランキング外のエルフ。つまりは戦闘力が無い者達だ。弱者には、役に立たない者には何をしても良い。そんなバカげた考え方が許される程今のエルフの里はおかしくなっているとは。

 陸斗は完全に予想外であった。

 そしてそれに対して誰も何もしないという事が。陸斗には俄かには信じられなかった。


(遥あたりなら絶対何かしている筈だが…)


 そう考えるが、実際このシステムで半年近くやってきている時点で出雲遥を信用するべきではないのかもしれないという疑念が陸斗の胸中を渦巻く。

 だから、陸斗は自然と視線を隣にいるエルゼに向ける。

 今絶対的な信用を置けるのは彼女だけだ。


「しかし一条空をどうやって止めるんだ?あいつは今、実質この里の支配者だぞ」


 ジンのその言葉に、陸斗は別段驚きはない。

 一条空程の圧倒的なカリスマ性と、才能を持っていれば、ミレーユ程度など歯牙にもかけないだろう。


「最初は話してみるさ。けど、それでダメだったら―――」


 ―――殺す。


 あえて陸斗は言わなかったが、既に二人は覚悟を決めていた。

 エルゼなど話し合う気すらないだろう。そう確信させる程、濃密な殺気を身体から放出している。

 その時。


「待ってください!!」


 一人の少女が、部屋に入ってきた。

 エルフの里の姫君であるミレーユ=プランタードである。


「私もお二人に同行させてほしいのです!!」


 入ってきていきなり、ミレーユはそんな事を言いだした。

 しかしそれを受け入れる程二人は馬鹿ではない。陸斗は即座に拒否の言葉を口に出す。


「姫様。悪いがそれは―――」


「ふざけんな」


 だが、陸斗の言葉を遮り、エルゼが怒りに滲んだ声を出す。

 その威圧感に、ミレーユは思わず押し黙る。二年経ってより美しさを倍増させた彼女だが、今はとてもちっぽけだ。


「お前はどの口でそんな事を言っている?そもそも貴様は私達に付いて行って何をしたい?」


「そ、それは…」


「まさか自分の言葉ならどうにかなる、とでも考えているわけではないだろうな?」


「……………」


 エルゼの言葉に、ミレーユは答えられない。そしてそれは、エルゼの言葉が正しいと示していた。

 エルゼの瞳が侮蔑の色を浮かべる。

 そしてエルゼは立ち上り、出口へと向かう。出口の前まで来た時、エルゼは振り向かず、ミレーユに向かって言った。


「ミレーユ。貴女は姫だ。誰よりも里の事を考えなければいけない立場だ。それを良く考えろ。―――それと陸斗」


「なんだ?」


「万が一に備えて姫様の護衛を頼む」


「は?ちょ―――」


 陸斗が言う前に、エルゼは部屋を出ていった。

 どうやら一人で空と話をするようだ。空がいる場所は、里の者に聞けば分かるので心配はいらない。

 一人残された陸斗は、鎮痛な面持ちで俯く姫様を見て、内心で溜息を吐く。


(あの女。俺に慰めろと?喧嘩したまま二年も過ぎてんだけど…?)


 そんな事を考えながら、憂鬱になる陸斗であった。


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