第7話 化物の義務
あの後、陸斗とエルゼはエルフの里に代々伝わる〈聖なる洞窟〉に来ていた。
理由は勿論アウレリオに言われたからなのだが、それ以上に魔神について知りたかったというのが一番の理由であった。
「エルフの里にこんな場所があったとはな…」
エルゼは物珍しそうにキョロキョロしながら洞窟を歩いている。
その少し後ろを陸斗は歩いているが、陸斗は洞窟の事よりも一番前を歩いているアウレリオに興味を注いでいた。
(あの男、人間じゃないな。それにかなり強い)
そうこうしている内に三人はとてつもなく巨大な空間に辿り着いた。
壁には無数の人型の彫刻。そして虹色に煌めく炎を宿す蝋燭。
荘厳な雰囲気を醸し出すその空間に、二人は程度の差はあれど完全に呑まれていた。まさに神聖な空間と表現するに値する場所である。
―――凄い。
それが二人のこの場所に対する純粋な感想だった。
「よおし、じゃあ早速修行を始めるぞー」
いかにも面倒臭そうにアウレリオがそう言う。
修行に関しては特に文句も問題もない二人は、反論もなく頷いた。
「あ、それと言い忘れてたがこの場所がこれからお前らの生活空間にもなるからなるべく綺麗に使えよ?」
「「なに?」」
しかしアウレリオのその言葉に対しては、二人は従う訳にはいかなかった。
「おいちょっと待てオッサン。なんで俺がこんな場所に住まなきゃならないんだよ」
「そうだ。このクソ男ならともかく私は御免だ」
「おい誰がクソ男だコラ。どう見てもイケメンな好青年だろうが」
陸斗はそう言ってから、少しだけ自分に驚いた。今まで自分は人に少し悪口を言われててもこのような返しをすることは無かった。大抵は適当に流して終わり。というのが今までの陸斗だった。
らしくないなと思いながら少しだけ心地いい感情を抱いていた。
(まあ、その理由は大体想像は付くが)
内心でそう呟き陸斗はエルゼを見る。
目につくのは真紅の瞳。しかし唯の真紅の瞳ではなく、その眼には黒い小さな線がいくつも散りばめられている。
「おいおい喧嘩するな面倒臭い。大体お前ら化物に拒否権なんかねえよ」
「なに?それはどういう意味だ」
化物、という言葉に、エルゼは瞳に怒りを滲ませる。
「言葉通りの意味だ。そこの坊主は〈魔神〉で、嬢ちゃんは〈魔神〉とエルフのハーフ。違いはあれどお前らが化物染みた力を持っているのは間違いない。そしてお前らはその力をまだ完全には使いこなしてはいない」
どうだ、と言わんばかりのドヤ顔で、嫌味を言い放つアウレリオに、二人は殺意を抱くが、恐らく現段階ではこの男の方が強いと分かっているので何とか襲い掛かるのを我慢する。
「成る程な。それで?お前がその魔神の力を使い方を教えてくれるのか?魔神でもないお前が?」
言われっぱなしはやはり気に入らないのか、陸斗は少しだけ嫌味っぽくそう言った。
しかし、アウレリオには全く気にした様子はない。
「俺はこう見えても三千歳を超えている。そして俺は三千年前、魔神や異世界人達と共に天使たちと戦った。魔神がどのように修行していたかも知っている。どうだ?俺以上の適役はいないと思わないか?」
「…確かにその話が本当な―――」
陸斗が言う前に、エルゼが口を挟む。
「ちょっと待て。貴様が三千歳も生きているというバカな話を私に信じろと本気で言っているのか?」
「俺は龍人だ」
そう呟き、アウレリオは膨大な魔力を放出させる。それは先程のエルゼが出した魔力を超えている。陸斗は魔力というモノを詳しく知らないが、それでも凄まじい力がアウレリオの周りを渦巻いてるのを感じていた。
エルゼはアウレリオが撒き散らす魔力に目を見開いている。
「どうだ?これで信じたか?」
再びのドヤ顔。
その顔に二人は怒りを抱いたが、これ程までの力を見せつけられたら信じるしかないし、目の前の男に従うしかない。
「くく、俺に従うのが嫌だって顔だな。まあ俺も人にあれこれ指図されるのは嫌いな性質だからお前らの気持ちは分かる。けどな、雑魚にギャーピー吠える資格はないんだよ。俺に従いたくなけりゃ俺より強くなるこった」
その言葉で、二人の気持ちは固まった。
元々負けず嫌いな二人にとって、挑戦とも取れるその言い方に、気持ちが昂ぶったのだ。
「分かった。半年でオッサンを超えてやるよ」
「なら私は一ヶ月で貴様を超える。私をバカにした事を後悔させてやるから覚悟しておけ」
こうして二人はアウレリオの弟子になったのだった。
***
「さて、早速修行に入ろうと思うが、アイサカリクト、お前に一つ質問がある」
陸斗はアウレリオに視線を移す。
「お前が〈魔神契約〉を行ったのはいつだ?そして契約した〈天上の巫女〉の名はなんという」
「それを聞いてどうする」
陸斗はそう聞き返す。
正直言えば陸斗はこの質問には答えたくなかった。陸斗にとってそれは自分とアゼレアだけの思い出だ。それを出会ったばかりの他人にベラベラと話すのは気が引けた。
それを察したのか、アウレリオは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
この男もこんな顔をするのかと、何気に失礼な事を考える陸斗。
「…普通、〈魔神〉と〈天上の巫女〉は常に一緒にいるのが普通だ。俺が共に戦っていた〈魔神〉もそうだった。そもそも〈天上の巫女〉がいなければ〈魔神〉は真の力を出せないからな。だがお前は一緒にいない。その理由が知りたいと思っただけだ」
「―――分かった」
そう呟き、陸斗は自分の〈魔神契約〉に関する事を話した。
「成る程な」
アウレリオは納得したように呟いた。
「序列第三位の巫女との契約か。それも十歳の時に。どうやらお前は俺が考えていた以上の化物だったようだな」
「あ?どういう事だ?」
「お前なら分かっていると思うが、〈魔神契約〉の際に生じる痛みは想像を絶する。その痛みは十歳の少年が耐えられるようなものじゃねえ。そもそもお前、〈魔神契約〉の成功率知ってるか?」
「いや」
「―――十万分の一だ。理由は単純。契約の際の痛みに耐えられないからだ。だがお前はソレに耐えた」
「だからどうした?凄いねって褒めてくれるのか?」
そんな皮肉気な言い方に、アウレリオは軽快に笑う。
ツボに入ったようだ。
「ちげえよ。まあ、その理由は追々説明してやる。…さて、早速授業に入ろうと思うが、その前にお前らは〈氣力〉と〈魔力〉について知っているか?」
その問いに、エルゼは馬鹿にするなと言いたげに、
「それくらいなら知っている」
と、言った。
だが、陸斗はそんな言葉、マンガやアニメの中でしか知らないので、「知らない」と答えるしかない。
すると、エルゼがバカにしたような目で陸斗を見つめる。
その事にイラついた陸斗だが、これ以上面倒な事に時間を取られたくなかったので、スルーした。
「一名知らないようなので説明しよう」
アウレリオの説明を聞いて、陸斗はそれを脳内でまとめる。
まずは〈魔力〉。
これは単純に魔法を使う為のエネルギー原という捉え方で問題はない。ただこの魔力はエルフや魔物しか持たない。正確には、エルフや魔物以外は、魔力の量が極端に少ないのである。
それ故にエルフは魔物と同列の醜い蛮族だという認識を他の種族から持たれているらしい。
次に〈氣力〉。
これは余剰生命力を変換したものである。余剰生命力とは、人間が生きていける最低限度の生命力以外の生命力である。例えば、人は生きていく上で運動や勉強等をすると疲れる。その際に消費されたのが余剰生命力である。つまり〈氣力〉とは体力と似たようなものである。
体力が多ければ多いほど〈氣力〉の量も増えるという事だ。
「成る程な。理解した。そしてエルフじゃない俺に〈魔力〉の話をしたって事は、異世界人は両方の力を使えるのか?それとも〈魔神〉が両方使えるのか?」
「理解が早くて助かる。ちなみにお前の考えは後者が正しい」
魔神は両方の力が使える。それはエルフと魔神のハーフであるエルゼも例外でもない。
「さて、見た所坊主は〈氣力〉を、嬢ちゃんは〈魔力〉に関しては既にある程度扱えるようだな」
アウレリオの言葉は当たっていた。
エルゼは魔神の血を半分引いているとはいえ、エルフである。魔法の訓練は幼少の頃から行っていた。だからエルゼが〈魔力〉扱えるのは不思議ではない。
問題なのは陸斗の方だが、陸斗はあの日、アゼレアを目の前で失ってから、強くなる事を誓い、武術を習い始めた。その修行の時、陸斗は自身の〈氣力〉の存在に気づき、そのコントロールを行っていたのだ。
もちろんコントロールの訓練は我流な為、限界はあったが、それでもエルゼの最後に放った炎の塊を吹き飛ばせるだけの力は手に入れる事は出来た。
「ここで勘違いするなよガキ共。小僧が放った〈氣力〉を込めた拳も、嬢ちゃんの炎の塊も、お前らの実力の一パーセントも発揮できていない。そもそも〈魔神〉とは人がどうこう出来る存在じゃない。人が太刀打ち出来る存在じゃないんだよ。だからお前らの訓練は隔離して行わなくちゃいけねえし、その力は完全に使いこなさなきゃならねえんだよ」
「…化物の義務か」
陸斗が呟く。
それはエルゼも思っていた事なのか、真剣な顔でアウレリオの話、そして陸斗の呟きに耳を傾ける。
「その通りだ。だから死ぬ気で訓練に臨め。存在価値の無い化物で一生を終えたくなければな」
こうして二人の訓練は始まりを告げた。
「ちなみにだが、お前らは二年ほどこの洞窟から出られないからそのつもりでいろよ」
「「え?」」
まあともかく、物語が真に動き出すその時まで二人は訓練に明け暮れる事になりそうだ。
そしてそれは異世界に召喚された地球の学生も例外ではない。