第2話 異世界に
修学旅行。
それは全国の学生全てが毎年楽しみにしている行事の一つだ。その楽しみは、中学生になっても、高校生になっても変わらない。
当然、現在進行形で修学旅行の最中である、雨花学園高等学校一学年の生徒も例外ではない。
雨花学園は、全校生徒三百人程の進学校である。文武両道を掲げ、勉学でも、運動でも全国トップクラスの成績を残している。
そんな学校の修学旅行は、全て海外である。
一年生は、イギリス二週間の旅というなんとも豪華なものになっている。
そして今は、飛行機でイギリスに向かっている途中だ。
わいわいガヤガヤと飛行機の中で騒いでいる生徒たちを尻目に、一人テンションが低い生徒がいた。
「君はなんでそんなにテンションが低いんだい陸斗?」
テンションが低い少年…逢坂陸斗に話しかける少年は学年の…いや、学園のスターである一条空である。
顔はとんでもないイケメン。全国模試で一位は当たり前。スポーツはスケットでありながらも全国優勝に導いた事数知れず。つまりは超天才の超完璧超人なのである。
「別にテンションが低いわけじゃねえよ」
陸斗はぶっきら棒にそう答える。
そんな態度の陸斗に、空は苦笑する。空は陸斗に初めて出会った時から陸斗と友達になりたいと思っていた。しかし、陸斗は空に対していつも素っ気ない態度を取り続けているのだ。
「やれやれ、君は何時になったら僕に心を開いてくれるんだい?」
「なに気持ちの悪い事言ってやがる」
陸斗はそう呟き、カバンから音楽プレイヤーを取り出し、空の言葉をシャットアウトした。
空は、やれやれと言いたげに首を横に振り、自分の席に戻った。
そんな空を見ていた他のクラスメイトは、陸斗に忌々しげな視線を向ける。それも男女共にだ。
良く世間では、ある程度優秀では他者からの嫉妬を買う。しかし、空のレベルになると、それは嫉妬から尊敬に変わるのだ。
そんな、学校の人気者のレベルを超えた一条空から仲良く話しかけられているのに、素っ気ない態度を取る陸斗には、必然的に嫌悪を感情を抱くというものだ。
「なあ一条、なんで逢坂なんかに話しかけんだよ。あんな根暗でつまんねー奴ほっとけよ」
男子生徒の一人が空にそう言った。
その言葉に、周りにいた生徒たちも一様に頷く。
逢坂陸斗は学校の嫌われモノなのだ。まあ、その理由が、一条空が執拗に話しかけ、それを適当にあしらっているからなのだが。
「あはは。でも陸斗は思った以上に面白い奴だよ」
誰もを魅了する笑顔でそう言う空に、男子は「嘘だろー」とか、「マジかよー」とか笑いながら言い、女子は顔を赤くさせ、ぽーっと空を見つめている。
そんな空達を陸斗はつまらなそうにボンヤリと眺める。
「随分とつまらなそうに見てるのね、貴方は」
次に話しかけてきたのは一条空が男子のスターであれば、その双璧を成す女子のスターである、出雲遥だ。
「お前ら完璧超人カップルは何でそんなに俺に絡むんだよ」
陸斗は鬱陶しげにイヤホンを取り、遥を見る。
「あら、私は委員長としてクラスメイトの事をしっかりと見る義務があるのよ」
そうドヤ顔で言う遥に多少イラつきながらも、陸斗は自信の心の平静を保つ。
「とかなんとか言いながら単に俺に会いたかっただけだろ?」
と、適当に軽口で返す陸斗。
しかし―――。
「なっ!?な、ななな何言ってるのよ貴方は馬鹿じゃないの!?」
予想以上に狼狽える遥。
その反応に、陸斗は面食らう。もちろん陸斗は昨今のティーンズ向け小説に出てくる鈍感野郎ではないので、そんな分かりやすい反応を見せられると、どうしてもある事が頭をよぎる。
「え?まさかお前マジで俺の事がす―――」
「それ以上言うなアホーーーー!!!」
バコォォ!
と、遥の全力パンチが陸斗の顔面にめり込む。遥は見た目は黒髪ロングの大和撫子だが、そう見えて様々な格闘技を習っており、天性の才能と合わさりその腕前は達人級だ。そんな遥の全力パンチはまさに凶器と言える破壊力を有している。
「いてえだろうがお前。自分が全身凶器女だってことを忘れたのか?」
しかし、陸斗はピンピンしている。
「うるさいわよ。それにしても貴方どんな身体してるのよ?私の突きをまともに受けてもダメージ一つ受けないなんて異常よ?」
「その前にお前はどんだけ自分の攻撃に自信持ってんだよ」
「それだけの訓練を積んできたんだから当然よ。貴方に追いつく為にね」
「…なんの事だかわかんねえな」
「うふふ。貴方、自分が嘘付くのが下手だってこと自覚した方が良いわよ?」
遥のその挑発的な話し方に、内心で舌打ちしながらイヤホンを再び耳に付ける。これ以上は話したくないという意思表示だ。
例え目の前にいる少女が自分に対して好意を持っているとしても。
遥は、言い過ぎたと思ったのか、少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら自分の席へと戻って行った。
「ったく…」
少しだけ申し訳ない気持ちになった陸斗は、そんな気持ちを消し去る為に目を瞑り、意識を沈めるのだった。
***
異変は突如起こった。
どれだけの時間が経っただろうか。いきなり飛行機が大きく揺れたのだ。
予想だにしていなかった事態に、周りは完全にパニックに陥っている。あの一条空でさえ、混乱している。
しかしそんな中、陸斗は異常ともいえるレベルで冷静さを保っていた。
(まさかこんな時でも全く動じないとは驚きだが、俺に飛行機のトラブルをどうこうする能力は当然ないから無駄な冷静さなんだけどな)
と、意味のない事を冷静に考えながら、陸斗は自然と出雲遥を探していた。
特に理由などなかったが、強いて言うなら自分のような化物に好意を抱いてくれた女の子だからだろう。
「り、陸斗…ッ!!」
陸斗が見つけるよりも早く、遥が陸斗を先に見つけた。
遥は、その顔を恐怖で歪めている。瞳には涙が溜まっている。どんなに天才と呼ばれても結局は16歳の女の子なのだ。
陸斗はそんな遥の元へと駆け出した。
既に揺れから落下に移行した機内を物ともせず走る陸斗に、しかし誰も気に掛けない。
「心配するな」
陸斗はそう言いながら、遥を抱きしめた。
こんな状況でありながら、好きな人に抱きしめられ、遥の心は平静を取り戻しつつあった。
「り、りく―――」
「この状況下では誰も助からん。皆死ぬ」
「全然心配するわよ!!なんなの貴方は!?こういう時は『俺が付いてる…』とか言うものでしょうっ!?」
「いやでもお前見てみろよ。もう完全に落下してんぞ?」
「いやあーーーー!!聞きたくない!!」
泣き、喚き散らしながら、遥は耳を塞ぐ。鼻水すら垂れ流し、美少女が台無しなのだが、そんな事を気にする余裕は当然無い。
陸斗はそんな遥を見ながら―――。
(うわー、ブッサイクな顔になってんなー)
と、最悪な事を考えている。
「…はあ」
陸斗は一つ小さな溜息を零すと、遥の頭を撫でた。
それは小さい子を宥める時のそれだ。
「おい、心配すんな。お前は絶対に死なせねえよ」
そう呟いた瞬間、陸斗の眼が…紅く変色し、そして、目には黒い線が沢山現れた。
それを見た遥は思わず息を呑む。
「り、陸斗…その眼…」
「…ただの化物の力だよ。まあ、お前を助けるだけの力は持ってるけどな」
そう言う陸斗の顔は悲しみに歪んでいた。
まるで自分の無力を嘆くかのように。
「さて、いく―――」
その直後、飛行機を突如として眩い光が包んだ。
「え!?な、なに!?」
遥が叫ぶ。
「おいおい。今度はなんだよ…」
相変わらずの冷静さをもって、思考を放棄した陸斗は、面倒くさそうにそう呟く。
その直後、陸斗は意識を手放した。