第1話 運命の出会い
初投稿です。
暖かい目で見てやってください。
「人生とは出会いであり、 その招待は二度と繰り返されることはない」
そんな言葉がある。
それを初めて聞いたとき、逢坂陸斗は「ふうん」という感想を抱いただけだった。
けれど陸斗は今だからこそ言える。
その言葉は今、この瞬間の為にあるのだと。
陸斗の目の前にいるのは一人の少女。
銀色の髪に、可愛らしい顔。今まで見た事もないその余りにも人間離れした容姿に、陸斗は心を奪われた。
一目惚れ。
正にこの言葉が正しいであろう。だから陸斗は強烈に思った。
目の前の女の子と話たい、と。
「おいお前。そこは俺の秘密基地だぞ」
しかし、出た言葉はそんな乱暴な声音で綴られた言葉。
七歳になったばかりの陸斗にとって、好きな女の子に…それも今日出会った子に優しく話かける事なんて出来なかった。
羞恥という下らない自尊心が、陸斗の本心を抑え込んだのだ。
声を掛けられた少女は、驚いたようで、目を見開き陸斗を見た。少女に見つめられて、陸斗は顔が真っ赤になるのを感じた。
そして、それを目の前の少女に見られたくなくて、顔を背ける。
更についつい乱暴な言葉を発してしまう。
「おいお前!そこは俺の秘密基地だって言ってるだろ!」
半ば叫ぶようにして言った言葉に、少女はビクッと身体を震わせた。
その事に陸斗は申し訳ない気持ちになり、そして好きな子を悲しませたという自己嫌悪が自信を襲う。
「あ、あの…私…」
その時、少女が小さく声を発した。
「あの…遊ぼ?」
発せられたのはそんな短い一言。
けれど陸斗は、その言葉にどうしようもないほど嬉しくなった。だから間髪入れずに答えていた。
「…しょうがねえなあ」
と。
そして、その言葉を聞いた少女は満面の笑顔で陸斗の元へと駆け寄ってきた。
「ありがとっ!あのね!あたしアゼレアって言うの!アゼレア=ストレイス!!」
「俺は陸斗。逢坂陸斗だ。よろしくな、アゼレア」
「うんっ!!」
こうして、幼い少年と、幼い少女は友達になった。
それからというもの、陸斗とアゼレアはいつも一緒に遊んだ。来る日も来る日も。既に小学校に通っていた陸斗は、学校が終わったら絶対にこの秘密基地に来て、アゼレアに今日あった事等を出来るだけ面白おかしく伝えた。
もちろん少しばかりの疑問もあった。
それはある日の事。
陸斗が、アゼレアにこう尋ねた。
「なあ、アゼレアってどこに住んでるんだ?」
特に深い意味のない純粋な疑問をぶつけただけ。
しかし、その問いにアゼレアは戸惑いを表情に張り付けた。言い難そうな気配を即座に感じ取った陸斗は、「いや、やっぱいいや」とその時は話題を取り下げたが、やはりその疑問は未だに胸の中にしこりのように沈殿していた。
それでもアゼリアと…好きな子と一緒にいるというのはとても楽しい時間である事には変わりなく、陸斗はそんな疑問を抱えながらも、毎日を楽しく、ドキドキしながら過ごしていた。
気付けば、陸斗とアゼリアが出会ってから一ヶ月が経過していた。
「ねえ陸斗…。今日はあんたに言いたい事があるのよ…」
顔を真っ赤にしながら、アゼリアはそう言った。
既に大分陸斗と打ち解けてきたアゼリアは、喋り方も出会った当初からは大分変り、本当に陸斗に心を開いているのだなと分かる。
現在二人は、秘密基地で二人仲良く隣り合って座っている。もちろん完全にくっ付いているのではなく、子供一人分のスペースは空いているのだが。
「ん?なんだ?」
陸斗は、学校の宿題をやりながら聞き返す。
切り株を机に見立て、その上にテキストとノートを広げながらやっているのだが、やはり書きにくい。今度は本当の机を学校からでも取ってくるべきか。
そもそも、陸斗の秘密基地は、大きな木の下に、色々な遊び道具を持ってきただけという非常に簡素なものだ。本当はもっとすごい秘密基地を作りたかったのだが、子供一人ではやはり限界があるので今はこれで妥協している。
そんな時、アゼリアが唐突に言った。
「あたし…陸斗の事が好き…」
「……………」
思考の停止とはこの事を言うのだろう。
そう言えるほど、陸斗の頭は真っ白になり、考える事を止めていた。
「…ねえ」
アゼリアのその言葉で、陸斗は正気を取り戻した。
「な、なんだ?」
混乱しているのせいで、そんなバカな聞き返ししか出来ない。その事に、冷静になった陸斗は恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「返事……聞かせなさいよ…」
真っ赤になりながら、そう呟くアゼリアは、とんでもなく可愛らしく見えた。
こうなってしまっては自分もその想いに応えなくてはいけなだろう。陸斗は覚悟を決めた。
陸斗はその場で立ち上がり、アゼリアの正面に回り込み、2、3回深呼吸する。
そして陸斗は、アゼリアを見つめた。
ついに、陸斗は自信の想いを告げる瞬間がやってきた。
「俺も…俺もアゼリアが…す、すきゅっ……」
「…………………………………」
「…………………………………」
「…………すきゅ?」
「あ、い、いや、こ、これは……」
先程のアゼリアとは逆に、今度は陸斗の顔が真っ赤に変わる。陸斗本人も、まさかこんな大事な時に言うべき言葉を噛むとは思わなかった。
自分のマヌケ加減に死にたくなってくる陸斗。
「―――ぷっ」
そんな陸斗の姿を見ていたアゼリアが、堪えきれずに吹き出す。そして、それは次第に爆笑に変わっていく。
「くっ、そんなに笑う事ないだろうがっ!!」
「あはは!!でも面白くて!」
余りの恥ずかしさに陸斗は今にも逃げ出したい気分に駆られる。でも、流石に今ここで逃げ出すわけにはいかない。
「でも…」
アゼリアはここで一度言葉を区切った。
「陸斗の気持ちは伝わったわよ?」
そう言って、蠱惑的な笑みを浮かべる。陸斗と同い年とは思えないその笑みに、再び陸斗の顔は真っ赤になる。
何か言い返そうかと思ったが、結局今の陸斗ではまともな言葉など見つかるはずもない。
その時、ふとアゼリアの表情が真剣なものに変わった。
「ねえ…陸斗。あたしの話聞いてくれる?」
今まで見た事もない彼女の真剣な顔、真剣な眼に、陸斗は少しだけたじろいだが、好きな女の子の頼みを断る選択肢などあるはずもない。
気付けば陸斗は頷いていた。
「ありがと…。…あのね陸斗。あたしね……人間じゃないの」
その言葉に陸斗は何も答えないし、応えない。ただ黙しているだけだ。
それを話の催促と受け取ったのか、アゼリアは喋り出した。
「あたしは、〈幻楽の園〉という所に住んでいた〈天上の巫女〉と呼ばれる存在。一ヵ月前、〈幻楽の園〉が崩壊し、巫女たちはそれぞれ好きな所に旅立った。当然あたしも旅だった。そしてこの星…地球に辿り着いた。そして…陸斗に出会った」
最後の方で、とても嬉しそうに、愛おしそうに語るアゼリア。
こんな突拍子もない話をされているのに、陸斗は尚もそんなアゼリアの表情に見惚れてしまう。
「まあ、あたしの過去のお話なんてどうでもいいのよ。重要なのはここから。…巫女はね、ある一つの特別な能力を持っているのよ。その名も……〈魔神契約〉。好きな相手と契約を結び、その者を魔神とする契約。故に〈魔神契約〉」
そこまで言って、陸斗はアゼリアが何を言いたいのかがはっきりと分かった。
「でね陸斗。あたしは、この〈魔神契約〉を……陸斗と結びたいの」
やっぱりか。
予想通りの答え。
そして、予想していたからこそ、陸斗の答えは決まっていた。
「うん。いいよ」
陸斗は淀みなくそう答える。
「え!?いいの!?」
「なに驚いてんだよ。アゼリアから言いだしたことだろ?」
「それは…そだけど…。でも契約を結ぶと人じゃなくなっちゃうのよ!?」
こいつは俺と契約したいのかしたくないのかどっちなんだ。と、思わずにいられない陸斗。
「まあ、人間じゃなくなるのは少しキツイけど、でも―――」
「でも?」
「―――契約すればお前とずっと一緒にいられるんだろ?」
真っ赤になりながら、そう告げる陸斗。そのせいで何かと締まらないが、アゼリアは瞳に一杯の涙を溜めている。
「ったく。あんたってほんとばか…」
「うっせ」
「あはは…ぐす、…じゃあ契約結ぶわよ?ちなみに結構痛いからね?」
「ああ。どんと来い」
「ふふ。…じゃあ遠慮なく…」
そう呟いたと同時に、アゼリアは己の唇を陸斗の唇に重ねた。つまりはキッスである。
まさか好きな子とチュウするとは思ってなかった陸斗はこの日何度目かのショートを起こす。
その間、陸斗の頭にはアゼリアの声が響く。
『我、〈天上の巫女〉序列第三位、アゼリア=ストレイスは、汝、逢坂陸斗を〈魔神〉と認め、ここに契約を結ぶ』
そして、唇と唇が離れる。
触れ合うだけの簡単なキスだったが、十歳になったばかりの陸斗には刺激が強過ぎる事には変わりはない。
「な、お、お、おまっ、な、ななななにを!?」
興奮冷めやらぬ陸斗は、真っ赤になりながら訳の分からない言葉を発する。
直後、想像を絶する激痛が陸斗を襲った。
「ガッ―――――ッッッ!!!??」
余りの痛みに叫ぶ事すら出来ない。
痛みに苛まれている最中、陸斗はコレがアゼリアが言っていた「痛み」なのであろうと確信する。
そんな中、アゼリアは、申し訳なさそうに陸斗を見つめる。
そして―――。
「ごめんね…」
そう小さく呟いた。
だが、それは陸斗の耳にしっかりと届いた。
―――なにが?
そう問おうとしたが、痛みで声など出せる状態ではない。
「ごめんね陸斗…。もう…行かなきゃ…」
そうアゼリアが呟いた瞬間、アゼリアの背後の空間が歪み、大きな「穴」が出現した。
いきなりの連続で、しかも激痛が己の身体を蝕んでいる陸斗には、完全に理解不能な出来事。しかし、陸斗は唐突に…一つの事を理解した。
あの「穴」にアゼリアをやってしまってはもう二度と会えなくなる、と。
陸斗は…それだけは許容するわけにはいかなかった。
「ふ…ざけん…な…ッッ!!」
陸斗は、痛みを堪え、立ち上がった。
その事に、アゼリアは驚愕を顔に浮かべる。
「そ、そんな…。契約時に生じる痛みに打ち勝つなんて出来る筈が…」
そもそも陸斗を苦しめている痛みは、陸斗という存在そのものの改変を行っているが故に起こっているものだ。つまりは、陸斗の本質そのものを一度破壊し、再構築している事になる。
例えるなら、神経に直接杭を打ち込む痛みの千倍くらいの痛みなのだ。
普通に発狂し、狂ってもおかしくないレベルの痛み。
しかし陸斗はその痛みに勝ったのだ。たった十歳の少年がだ。
「なに…勝手に…帰ろうと…してん…だよ…っ!!」
「…ごめん。元々私はこの世界にはいてはいけない存在。にも係わらず無理矢理来てしまった―――所謂異端なの。だから世界の理が正しい世界へと送り返そうとしているのよ。だから―――」
「だ…から…、別れは…必然…だってのか?」
こくり。
アゼリアは涙を流しながら頷いた。
それは全てを諦めた、悲しみの涙。
そもそも陸斗には、今のアゼリアの説明の九割が意味不明だった。だから恐らく今陸斗が何かをしても、アゼリアとの別れは避けられないのだろう。それは受け入れなければいけない現実なのだ。
しかし、好きな子が悲しみの涙を流している事に関しては、認める訳にはいかなかった。
「アゼリア=ストレイスッッ!!!!」
気付けば陸斗は叫んでいた。
「いつか必ず絶対にお前を助け出す!!だからそれまで待ってろッ!!!」
少年は、瞳に決意の炎を宿し、愛する初恋の少女を見つめる。
その瞳に射抜かれた少女は、「嬉しさの涙」を流しながら……笑った。
「うんっ!―――待ってるからっ!!!」
その言葉を最後に、少女はこの世界から姿を消した。
残ったのは、「痛み」と「悲しみ」の涙を流す少年だけだった。