ビタースイート
静かな銃声が、辺りに響く。
「………………………」
長身のすらっとした長い焦げ茶色の髪の美し過ぎる少女───神薙 時雨はもう二度と動く事の無い骸を無表情で見詰め、静かにその場から去る。
その時、幼い少女と擦れ違った。9〜1O歳くらいだろうか。
「パぁパ!!アイス買って来たよ!!」
その幼い少女は両手にアイスを持ち、息を切らしながらも嬉しそうにそう言い、うなだれている男の側に駆け寄る。
「……………パパ?寝ちゃ駄目ぇ!ねぇパパ起きてよぉ」
時雨の心臓がドクンッと激しく波打つ。自分の中の何かが、粉々に砕け散った。
────モウイヤダ
自宅に戻り、部屋着の大きめのYシャツと、黒いズボンに着替え、洗面所の水道の蛇口を捻った。
水が、静かに流れ出す。
────ブツッ
『……………今日の仕事も見事だったよ。…………君には興味が無い事かもしれないが───…………。…………これで君が、組織の為に始末してくれた人間は丁度5O人目だ。…………これからも、君には組織の為に、尽力してくれる事を───……………』
静かな部屋に水の音と留守電の電子音が響く。
時雨は背中でそのメッセージを聴いていた。
一言も、喋らずに。
時雨は無表情で、流れる水に手を浸し続ける。
「……………何の用だ?」
時雨は振り返らず、言った。
「…………ご挨拶だな」
時雨のその言葉に、後ろの男───八代 荒野は、そう答えた。
藍色の髪に、精悍な顔つき。同色の瞳は鋭い光を宿している。
彼は所属部隊は時雨と違うが、時雨と同じく凄腕の殺し屋だ。
「………それはこっちの台詞だ。何普通に私の部屋に入ってやがる」
時雨は振り返り、尚も無表情で、荒野に冷たく言い放つ。
「…………そんなに冷たい事言うなよ。今更何も言わずに部屋に入ったくらいでどうこうなるような関係じゃないだろ?」
荒野が大真面目に言った。
「撃つぞ」
そう言い、銃を荒野の目の前に突き出す。
「……………そんなに怒るなよ………」
そんな時雨の行動に、荒野は溜め息をついて呆れたように言う。
「…………誰のせいだと思ってやがる。つうか誤解を招くような発言するな」
「……………分かった。訂正するからとりあえず俺の眉間に向けている物騒なもんをしまってくれι」
荒野が小さく手を挙げ、言った。
「…………今度またそういう発言をしたら、本気で殺すぞ」
「…………心得てますι」
「…………ならいい」
そう言いながら荒野の眉間から銃を外す。
「…………で、何の用だよ?」
時雨が尋ねる。
「…………時雨、お前今日も任務だったんだろ?」
「…………ああ。それがどうかしたか?………つうか何で知っているんだよ」
「…………時雨の事は何でも分かるんだよ」
チャッ………
時雨は無言で再び荒野の眉間に銃を向ける。ストーカーか、こいつは。
「うわっι冗談だってι撃つなっ!!ι」
荒野が慌てながら言う。
「………なら言うな」
「…………はいι」
「…………ったく……………。冗談の通じねぇヤツだな……………………」
荒野がボヤく。
時雨に聞こえない様に小さく呟いたつもりだが、時雨には聞こえてた様で、ぎろっと睨まれた。
───怖えぇ………ι
荒野は心の中でそう呟いた。
時雨は荒野を睨み付けた後、唐突に口を開いた。
「…………それより、何故知ってたんだ?」
「…………何がだ?」
「…………今日、任務だったって事」
二人が所属している部隊は一つの大組織の中にある。
そしてさらに4つの小部隊に細かく分散されており、自分が所属して居る部隊以外には関わらないし、単独での任務が9割を占めて居る。
なので、他の部隊、単独のスケジュールを知る事は不可能。
なのに、何故荒野は知って居たのだろうか。
「……………さっきも言っただろ?俺は時雨の事は何でも分かるって───…………」
「……………この世から消してやろうか?」
時雨は無表情で静かにそう言った。だが、荒野は怯まず、口を開いた。
「───…………ずっと、手を洗ってたから───………………」
「……………は?」
荒野の予想外の答えについ間抜けな声を出してしまった。
何言ってんだ?
「…………どういう事だ?」
時雨が尋ねる。
「………………いや、だって────……………いつも任務から帰って来ると、ずっと手を洗ってるだろ?まるで─────…………………」
穢れを、清めるかのように。
荒野はそう言い掛けたが、止めた。
そう言ってしまえば、時雨が壊れてしまいそうな気がして。
「……………いや、何でもない」
時雨の心は、周りの連中が思っているより、幼い。それと同時にとても、脆い。
「…………訳の分かんねぇ奴だな…………」
だから
「…………あと、とっとと自分の部屋に帰れ。居座られるとめいわ────……………」
時雨が言い終わらない内に荒野は時雨の腕をぐいっと引っ張り、自らの腕の中に閉じ込めた。
「………な………っ」
荒野のいきなりの行動に、時雨は一瞬何が起きたか分からなかった。
が、すぐに我に返り、荒野に抱き締められたと悟った。
「………………放せ」
「嫌だ」
「………ふざけるな」
怒りを含んだ口調で荒野を突き放そうとするが、荒野は全く動じない。
「……………もう、止めろよ……………」
ぽつりと時雨の耳元に囁く。
「………………いきなり何を……………っ」
「…………俺は……………っ………もう、これ以上……………お前が血に染まって傷ついて……………っ…………………壊れて行くのを…………っ………………見たくねぇんだよっ…………………」
荒野のその声は震えていて、さらに抱き締めている腕に力を込める。
「………………泣いているのか?」
時雨が問い掛けるが、荒野は尚も沈黙を守り続けている。時雨が再び静かに口を開く。
「……………私は、自ら血に染まる事を選んだ。後悔はしない」
────そう、後悔はしない。
なのに、
何故だ?
何故、
涙が溢れて来る?
時雨の涙が頬を伝い、床に落ちた。
涙なんて、とっくに枯れたと思っていたのに。
人を、一人殺す度
私の心はボロボロになる。
けれど、私は
心が砕けても
戦い続けると決めた。
だから
こんな、私なんかの為に
涙を、流さないでくれ。
そうじゃないと
私が、揺らいでしまうだろ?
でも、
荒野の腕の中は、心地が良くて。
暫くは、このままで居ようか。
fin.
初めまして!!鳳凰院朱雀と申します。初短編が、こんなに暗くて、しかも何か中途半端な終わりに…………っι精進します!!ι何はともあれこんな駄文を最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!!m(_ _)m