第四夜 不合理に歪む現実
サブ:神との遭遇。
幼女出ましたです。
けれどメインはそこじゃない!
ユエさんに対する標葉の生。
「あーきもちわるい」
あんな場所から、こちらへ来た為に落ちる感覚はそのまま屋上ダイビングと重ねあわされる。自殺した気分だった。
「ってユエ?」
目の前にいるユエ。その壮絶な美形が微笑みを立てていた。見ればそこは室内だ。いつものように森ではない。着地が失敗しなかったのは功績だ。手が、何故かユエに繋がっている。
「良かった……」
心からの言葉に、涙で潤んだ眼で見られることに、その場の雰囲気に、俺は抵抗できなかった。ぎゅっと抱きしめられる。俺より長身で、けれど線の細い奴。華奢とか儚いという言葉はコイツのためにあるのではないかと思うぐらいの、美しい吸血鬼。俺だけの、魔物。
「よかった、って俺気持ち悪いって――……ユエ?」
金とも銀とも区別のしがたい、輝かしい髪がふわりと薔薇の香りをばら撒く。幾分低い場所である俺の肩へと顔を埋めるユエは、繰り返す。
「ほんとに、よかった」
安堵を確かめるように小さく可憐な声音でため息とともに呟き、俺を押し倒す。
(おいいいいぃぃぃい!!)
背中にスプリングの利いたベッドがある時点で心の中だけで叫んだ。何処からどう考えても危機的状況。もがもが、と手を繋げたまま体の拘束を解こうと身動きする。
「ちょ、おい、ユエ。どうした」
何の抵抗も無くそれは外れ、俺は漸くユエの様子に気づいた。いつもと違う。声をかけても返事がない。冷たい手。力のない体。呼吸も深く、ひどくゆったりとしている。
(――意識がない?)
先ほどまでは逃れようとしていた身体を、抱き上げ、その顔を見た。薔薇色の頬は、薄く、青ざめている。熱か、と思い額に額を合わせる。
「ん……っ」
身動ぎし悩ましげな吐息を零すだけで意識は戻らない。
ただの眠りなら、杞憂ならばいい。けれど病気か何かだったら?――吸血鬼の生態など知らない。人と同じように接しているけれど、この“夢”の世界ではこいつは吸血鬼なのだ。人であるという疑いは晴れずとも、それがルールだ。吸血鬼が、魔物が人と同じ病気にかかるとは分からない。どのように対処すれば分からない。わかるのは、詳しいのは、――同族だけ。
(そうだ、サキ――!いや、駄目だ、何処にいるか分からない)
今ここに着たばかりで、この部屋が何処なのかも、なぜユエがここにいたのかも分からない。状況も分からないまま病人と離れるなんて危険なことは出来ない。
「――血」
そうだ、血だ。
契約時に血を飲ませたのと同じにすれば――あの時のように復活ができるのではないか?
膝の上に寝かせ、唇を歯で噛み切って血を口に含む。寄せる顔は血の気を失っているの息を呑む美しさだ。普段により一層磨きが掛かったように見える。カレルは抜群の美少女だし、サキもその性質上見目はすばらしく整っている。けれど、吸血鬼であるユエは――その美しさは飛びぬけている。ここまで美しい生き物を見たことがない。危うい均衡の上の、壊れそうな美しさ。人を惑わせる妖しい魅力を放つサキュバスとは似て非なる、人を狂気に走らせる美しさだ。無闇に関わったら硝子細工のように、壊してしまいそうな気にさせる。
「……ひとまず、大丈夫か」
バサリと音が鳴りそうなほどに豊かな睫毛に隠された瞳は閉じられたまま、その空色を見せてはくれない。けれど眠り姫のように今にも深い眠りに落ちてしまいそうな雰囲気は無くなった。呼吸は通常の速さを取り戻し、整えられていく。顔色も徐々に戻っているようだ。
……転がしておこう。
二人のことも探さなきゃいけないし、ユエのことも聞いた方がいいだろう。うん。
気恥ずかしくなったことをそうして一人無理矢理理解・納得させて次の行動に移る。まずは女子を探さなければ。そろっと窓から外を窺えばそこは町だった。ここはたぶん宿屋なのだろう、とあたりをつける。ならば主人に聞くべきだろう。どうせ隣辺りだろうが。
「標葉だけど、今いい?」
コンコン、とノックをして尋ねるのは常識の範囲内だ。そして礼儀でもある。けれど、それをまったく何とも思わない奴もいるわけで、かく言う俺も対して気にせずに、ただ習慣として行う程度、たまにはそんなこともしない間柄というものもある。その認識を変えたのはいつでも礼儀正しい香寿が友人となってからだ。
「あっ丁度良かったっす、入ってきて下さいっす。」
……多分、常識を求めた俺が馬鹿だったんだ。
もしくは俺じゃなくユエなら良かったかも知れない。けれど頼りの吸血鬼はこういうときに限って倒れている。
パタッ
開けた瞬間時が止まったようだった。正しくは俺の脳がショートした。目の前の光景は今までで一番の衝撃だった。「扉はちゃんと閉めてほしいっす」なんていうカレルからの全うな言葉を聞いても尚硬直したままで考えることもできず言われたことを忠実にこなした。
つまり俺はこの非常識な空間とともに取り残されたのだった。
「深夜はどれがいいと思うっすか、今日のブラジャー」
平然と聞いてくる痴女。手に持つのは強烈な赤のブラ。しかし視線はそこじゃない。隠されもせずにいる肌。「どれにしようっすかねー」と言って選ぶ動作にぷるんぷるん震えるものに目は釘づけだ。
朝からあらゆる意味でショッキングな光景に目線を無理矢理にずらせば、視界に入る、白い肌。。痴女よりも一回りでかいそれは尖った先だけ隠されていて逆にエロい。なのに表情が若干恥ずかし気に頬を染めたものなので目眩がした。
***
「ああ、それは魔力切れっすよ」
なんともあっけなくカレルは言った。驚きもない。ということはあの状態を分かっていて放置していたのか。何とも非情だ。
けれど、カレルは勇者だ。ユエは契約しているとはいえ魔物。倒すべき相手であるのだろう。ならば当たり前の反応か。けれど、サキがこんなにも冷静でいるのは同族としてどうなんだ。俺は付き合いも短く、種族も違うらしい変態相手にあんなに心配したのに。
実はなんでもなかったのか。あの容貌が過剰に辛そうに見えただけでそれほどでもなかったのか。微熱を風邪と言って平然と病院に通うほどに厚かましい存在であったのだろうか。病は気から。うーん。
「契約してるから、倒れるだけ。死なない、弱る」
……弱る、というのは実力じゃなくて身体的なものですよねーぇ。
それってやっぱり危ない状態だったんじゃ……?あの容姿だし、あの見た目だし、町とか宿とかいう人の眼に触れるような場所にいて大丈夫じゃないだろう。ろくな抵抗も出来ずにあわや、……いかんいかん。思考が毒されている。
アレはいくら容姿がよくとも、ただの変態である。ただの電波である。ただの、記憶喪失である。――余計心配な要素出てきた!
「毎回毎回、探してたっすからねー。そりゃ疲れるすよー」
青ざめる標葉に何を思ったのか、フォローというかあの状態になるまでを説明するカレル。
「探してた?何を」
「標葉」
なんと、ユエがああなった理由は俺にあるらしい。というか探されていたらしい。契約主へのアンテナがあるのだと思っていた。いつでもどこでも現れるから。実際は地道な努力なのか。
「突然現れては消えてなんで、標葉が一人寂しくないようにって、いつでも魔力の糸を伸ばしていたようっすよ」
糸、と呼ばれて己の掌を開いた。あの時、豊たちに伸ばした手は、こっちに来てみればユエに繋がっていた。それに安堵しなかったといえば、嘘になる。
自殺するかのようなあの落ちる感覚の中、しっかりとした掌の感触が自身の心を形地面に打ち付けなかった。気分自体はジェットコースターのようでシェイクされ気持ち悪くなったのだけれど、心は救われた。前回のように、森に一人なのはもう嫌だ。
――あれは孤独だ。
何も知らない世界で、知る人が誰もいない場所で、自分が自分でなくなっていく感覚。見失う、自分も大切なものも。そんな不安に押しつぶされそうだった。
痛いほどの静寂も人気のない町も、どこかの映画でみたような世界の終わりを思い出させた。津波のように襲い来るものが、全てを覆ってしまう前に――歌が聞こえた。
いろんな人に支えられて、今ここにいるのだ。
「それにしても、ユエさんは魔力が高いっすから、普通はないんすけどねー」
どっかで魔力を大幅に消耗することでもありました?と聞かれて、「あ」ユエに最初に会った時のことを思い出した。
「ユエ、俺を庇ってデッド(瀕死)した」
「「それ」っすね」
うぐっと詰る。
「魔力は契約者の傍にいるだけで早く回復するっす」
傍についていて上げてください、というカレルはいつもよりちょっとだけ大人だった。
それで、と話を元に戻す。今が町にいるのは分かった。けれど、ユエはこの状態だし旅はどうなっているのだろう。
「何と!この町は魔王の住む城のある町なんすよ!」
「魔王の住む城のある町」
はあ、と適当に相槌。何の説明になっているのだろう。
「そうっす!城下町っす!勇者の旅の目的っす!」
勇者といえばそうだろう。それ以外ないだろう。ならばさっさと倒してきたらいい。
それとも何か?俺たちは勇者の旅の仲間で、全員が回復してからじゃないとラスボスには会えないとか言うイベントでも発生したのか?もちろん、ステータス以上の時に戦いに行くほど間抜けな奴もいないだろうが、それでも情けない話だがおれは戦いなんて出来ないわけだし、他の仲間を集めてくれ。正式なパーティになった覚えはない。非戦闘員だ。俺たちは荷物もちにでも決められた言葉しか話せない町の住人のアルファベットのひとつに紛れる。
「それでおめかしして、きちんとしないと、と二人で選んでたっす」
「魔王、気難しくない。でも、キレイ好き」
……キレイ好きが何だ。戦闘で汚れるだろ。
というか、勇者のドレスアップはレベルじゃなくて気分でできるのか。旅費はここで使い果たす気か。帰り道に路銀が無くなって行き倒れるのかよっ!それとも武勇伝を聞かせて優しい誰かに馬車でも乗せてもらうのか。そもそも、武勇伝なんて知れ渡ってから出ないと意味もないだろう。戦ってやってすぐなんて無理な話だ、魔王が倒されたことさえ誰にも分からない。
「やっとお役目が果たせるっすー」
――それとも何か、魔王の城の財宝を私的有用するのかっ!?それじゃ悪徳業者じゃねえかっ!日本の昔話の桃太郎は実は鬼を懲らしめた後取られた財宝を独り占めしたんだぞっ!子供の心に傷を刻む行動するなよ、仮にも勇者なんだから!
「えーっと、案内するのか?サキが?」
とりあえず冷静に、冷静に声をかける。魔王って言ったらサキュバスのサキも逆らえる存在ではないだろうに。案内するのはいいのか。というか実はこのパーティは魔王の配下ばかりだぞ。サキもユエも属性は勇者に味方していないぞ。それなのに戦闘に出すつもりか。
「他国との親交、大事」
「……カレルって、勇者なんだよな」
「そうっす。今回は魔王さんとの人口増加の問題について話しあうっす」
……親善大使?
そういや、名刺を渡されたんだった。ただの電波じゃない。俺の思考がぶっ飛んでいたのか?
――うん?普通だろ?
「とりあえず、うちらだけで行って来るっす。ユエさんはすぐ回復するはずなので、町でも観光してていいっすよー」
自問自答を繰り返す標葉に二人はさっさと出て行った。
とりあえずユエのところに戻っておく。
一人ぼっちで放り出された世界に、ユエが同じように一人ぼっちでいた。二人になって、でも一人になった。俺がいない間、ユエはずっと一人でいたのか。記憶もないのに、ただ一人、契約した主を探して、ずっと疲労困憊で倒れるまで。カレルと出会っても、安心できなかっただろう。三人でいる時はいい。でも、二人になったら?敵同士だ。狩る者と狩られるもの。サキと一緒になって?同族が増えた。けれど、それは同じ主を共にするライバルだ。主に危険を冒させた存在でもある。
――記憶喪失のくせに、変な意地張って、弱音も吐かないから、だから大丈夫だと思ってしまう。あんなに儚い存在だと、見た目で分かるから、触れてみて、話してみて、その強がってる心に、期待してしまう。大丈夫なのだと、無責任な安堵を感じてしまう。
「ユエ――眼、覚ませ」
長い睫毛の影が落ちる頬へと指を滑らす。
陶器のように滑らかで、柔らかで、冷たいのが悲しくなるほどに胸に迫ってくる。
人形のような精巧な造りの顔。銀糸のような金髪に指を絡める。これが男なのだというのは、事実を知る今でも疑ってしまう。性別を越えた美しさ――美の集大成。美の女神アフロディテを嫉妬させてしまうほど美しいナルキッソスでさえも、ため息をつくような美貌ではないのだろうか。口を開けばただの変態だが、10歳を過ぎれば神童もただの人、20を過ぎれば天災もただの人――この男にもただ美しいだけの時があったのか。
「ユエはユエだ」
俺の知るユエは変態のユエだ。大人しい、ただ美麗なだけの存在はユエではない。今のユエでなければ、人形のように美しいこの吸血鬼は、本当の人形になってしまう。
「嬉しいことを言ってくれるね、標葉」
ぱっちりと、言葉に反応したように起きた吸血鬼。その軽口は当然、眠り姫でも白雪姫でもない。いつもの、ユエ。
というか、聞いてたのか。聞いてたのかよっ!独り言だぞ。聞いてないよな、勿論。聞かれてチャ独り言にならん!人がいるところで、それも病人のところでわざわざそんなことを言っている俺が馬鹿だ。数分前の自分に馬鹿なことは止めろ!と辛気臭く考え込んでいる自分に怒りたい。駄目だしよ。というか自分が打ちのめされたぞ、 変態なんかに!
「……具合は?」
照れ隠しに尋ねるような口調になってしまったぶきっちょな自分を責めたい。何故なら今の俺は単に落ち込んでいるだけだからだ!反省してます。もし変なこと口走ってたらどうしよう。頭の中垂れ流しとか、完全、変態じゃん?ユエのこと何も言えないし。というか、ユエのことを考えていたわけだから余計に恥ずかしいのであって、ユエのことについてなんて深く考えるな自分!こいつはただの電波な変態吸血鬼なのだ。迷子のような心境を抱えて、子犬のように飼い主を探し回る記憶喪失者なんかじゃない!
…… orz
「ちゅーしてくれたら治るよ」
「そうか、じゃあ今日の出かけるのは無理だな。じっくりと休んでろ?」
「標葉が看病してくれたからもうバッチリ!」
……転身が早い。
そしてやっぱり馬鹿だ。笑顔で言い放ったユエに笑顔で返したら笑顔で即答される。なんとも、花が飛んでいるような光景だった。そんな時に、ノックもなくドアが開かれる。
こう、バーン!と両開きだったっけ?と問いかけたくなるような迫力だった。実際は内側開きの片ドアなんだけれども。
「今日は都合が悪かったっす。いなかったので明日になったすよ」
いきなり本題来た!
というかいいのか、親善大使にそんな適当な扱いで。いないからまた着てね、って。だが、カレルは事前に連絡を入れていたのだろうか。入れてなかったんじゃないか。それなら予定入ってても仕方ないよな。
……でも魔王の仕事って?人間狩り――なわけはないだろう、勇者を親善大使としているぐらいだから。うん?魔王の脅威に対応するために勇者なのか?それとも平和を築いた人物としての勇者なのか?そもそも今の和平ってどう成り立っているんだ?
そんなことを考えて、けれどまったく違う場所からピンポンと音を立てて閃いた思考。
――留守、って居留守じゃないよな?
いや、まさか。まさかまさか。違うよな、違うよ。うん、違う。予感は告げるが、まさか。
「城に泊まらないか、ということなんすけど」
その前に町をみんなで散策するっす!とか発言するカレルに引っ張られ、俺ら四人は町に繰り出た。標葉の嫌な予感は続く。
「えーと?」
神とエンカウントしちゃったらしい俺。何故だ。普通に歩いていただけのはずなのに。
いやいや、振り返ればこんなことが今までにも……。後ろに連なる旅の供たち。ついでに俺の物語を軽く振り返る。
①吸血鬼の封印解いちゃいました→無理矢理キスされ契約者になって人間やめることに
②勇者にいきなり攻撃され、用心棒ついでに世界の案内をお願いしたらそのままダラダラ
③サキュバスが襲われてるのを助けて懐かれる→またもや緊急事態で契約者になってしまう
あれ、めちゃくちゃエンカウント率高くね……?
改めて気づく異常性というのはこういう時に使うものなのだろう。そもそもの前提が間違っていることにも気づかないで。だって、この世界自体、俺にはエンカウント(偶然のなせる業)だろ?
「みつけちゃった」
「あー。みつかっちゃった?」
とりあえず言葉を返す。
白衣に身を包み、ぶかぶかにさせている美少女。いや、幼女は言った。
見つけた、とこちらを見て指差し確認するので必然的にその言葉の対象は指の先、見事に向けられた俺である。
……お母さんに人に向けて指を指しちゃいけないと教わらなかったのか。
これだから最近の母親は。いや、父親の場合もあるかもしれない。主夫という言葉が出てたのはもう随分と前になるが、それが産休や子育て休暇など有給が取れるのが女性だけに限らず男性にも適用されるようになった社会体制。そんな中では、こんな言葉を訓戒と教える者は今となっては古いもの、数少ないのかもしれない。
けれど、常識として言わせてもらおう。人に習っているようでは駄目なのだ。自発的に、自らを諌めなければならない。そうでなければ職難民の多い現在では生き残れない。ニートになるのか。いや、ニートを馬鹿にしてはいけない。株やら宝くじで稼いでいる人だってニートに分類されてしまうことがあるのだから、ニートは偉いのだ。簡単になれるものじゃない。最強に環境が用意されていなければ単なる自殺志願者になること間違いない。
今回の場合では“行儀が悪い”やら“自分が人にやられては嫌だ”などと考え付かなければならない。けれどこの思考は俺の中だけのものであって、幼女にはまったく影響がなかった。
だからだろうか、次の行動が迅速かつ危険だった。
「僕、逮捕しちゃう」
幼女はその天使のような外見ににやりと、笑いを貼り付けて指を振り上げた。
「逃げるぞ?」
蒼白な顔に引きつった笑いをして標葉は言う。当たり前だろう。唐突に出現した多数の魔力弾らしき放電する球体は目標を定めているようだ。後はGOサインを待つだけの状態。
幼女は相も変わらず楽しげで無邪気な笑顔を――とは言っても悪意の塊のような壮絶な表情を――見せて瞳は獲物を見つけた獣のように純粋に爛々と輝く。
本来はそのまま放たれるはずの膨大なエネルギーをすべて押さえ込み自らで膨らませ威力を蓄え続ける攻撃態勢に何の苦労も感じていないらしい。それが容易でないことも、またそれが“現実にはありえない”法則に従っていることも明瞭だ。「これは夢だ」と逃げてしまうのは簡単だ。けれど、けれど、命はどこでも誰にでも一つしかない。
「――っ!ユエ」
「うんっ!」
短い警告にユエも顔を固くして頷く。どんな挙動も見逃さない、と視線を固定して瞬きさえ憚られる沈黙を作る。
「攻撃しまーす!」
幼女は指揮をするように腕を下した。
ユエが背後から標葉の身体を掴む。そして、跳躍。
寸前までいた場所に砲撃が打ち込まれる。
「標葉――」
「大丈夫!」
心配の声をかけてくるサキとカレルを制して前を見据える。
あの攻撃は本気じゃなかった、と標葉は分かる。属性の知識はない。けれど少なくともあの攻撃は雷や電気系のもの。ならば光の速度で突進するだろう。しかし、そうではなかった。ユエの能力が高くとも標葉を連れては光速から逃れる術などない。思い浮かぶのは一つ。
――どう考えても、手加減だ。
幼女の癖に、とは言わない。そんなことを言えばユエは、カレルは、サキは……と人外なる旅の仲間たちにも適応されるだろう。本気でない、ならば何故こんなことをして見せるか。
今も尚、幼女はこちらを見ている。笑顔で、じっと、何も言わずに、瞳だけが穏やかな知性を湛えて、妙に老齢した印象を抱かせる。まるで観察しているようだ、と標葉は思う。
そもそも、自分は何かをしただろうか。あったことはないはずなのに、知られているということは何らかのことに標葉が関わりあったということだろう。狙われる人物が自分じゃないにしろ、それにしたって“狙われる人物”には関わりがあるということだ。
何らかの嫌疑がかけられている。そしてそのことはユエたちには関係なく、標葉にのみ関わりがある。――そんなもの、一つしかないだろう。
「この世界とアッチを渡ることに関係する――」
「正解!」
思い浮かんだのは声。そしてあの夢だ。
契約を持ちかけた黒衣の存在。深紅と漆黒の大鎌を持つ赤い瞳。
今思えば、あの問いかけに自分は応、としたのだろう。どんな内容かはわからないが、それにしてもこのような事象が起きているということは“そういうこと”なんだろう。
この世界に誘ったと思われる存在は、水を起因にしてこちらとあちらを繋ぐようだ。その“声”は標葉にいくつかの情報を警告として伝えてきたように思える。
「逃げて」――何から?
「神が来た」――神から逃れたい?
そして、この目の前の存在は――「神さまだよ!」
心を読むタイミングで幼子は言った。思考に上るよりも早く、読み取った。それが神の偉業だというのならばそうなのだろう。あの攻撃にしても神ならば出来るだろう。
けれど、神ならば出来るというだけで他の存在に出来ないとは限らない。推測だって立てられるし、読心術もある。何より単に名乗っただけともいえる。タイミングが良かっただけで。攻撃にしても、この世界の法則は知らないが、あれは魔力と呼ばれるものによって起される現象によく似たものだ。勇者であるカレルだって、未だ知らぬ魔王にだって威力は考慮にいれなければ真似事は出来る。――「神であることの証明――でもそれって自分を自分って証明するのと同じで、誰にも判断材料がないよね?」
またしても、心を読むタイミングだ。これを偶然と呼ぶことも出来る。必然とも、神であるからとも思える。けれど、……そんなことは標葉には関係のないことの一つである。
(心が読めるか読めないかはどうでもいい。神であるかどうかさえも関係ない。ただ、)
「そうである、という事実だけが必要?――面白いね、標葉って」
死神が選んだだけの事はある。
神は漏らした。
「あれ、神とは認めてくれるんだ」
形は幼女である。名乗りは神だ。ならばその存在を指す上でどちらを選んでも一緒だった。共通認識でさえあればいいのだから、そんなことは些細なことに変わりない。
ユエたちはこの心の会話を知らず、ただ神が一方的にしゃべっているようにしか感じれないだろう。
つまりは、神にしても幼女にしても独り言の大好きな奴でしかない――。
「意外と辛口批評だね……でも!反論すると!僕は一人じゃないんだからっ!」
一人は一人である。やはり幼女。言語的に失陥が……
「神さまね!一杯いるでしょっ!死神も神の一人なんだよっこの身体をみんなで共有してるんだよっ!だって僕らは人には見えないからっ!」
必死に反論する様は微笑ましい。理論が理論として成り立っていないことも微笑ましい。電波に洗脳教育でも受けたかな。
「標葉、可哀想だよ」
「そうっすよ。神さま、ちっちゃいし淋しいんす。遊んで上げないと駄目じゃないすか」
「家、どこ。送る」
「いいけどさ、別に。信じてもらえなくても、目的果たせれば」
完璧に俺以外の奴らからも信じてもらえてなかった。それもそうだろう。幼女なんて身体をテイストするからだ。例え神にしてもそのセンスを疑う。お前は変態か、と。どんな嗜好だろうと、自分に被害がなければ許容も(自負して)みせている標葉にしても何か一言を突っ込まねばならぬような倫理がそこにはある。
――しかし“目的”とはな?
「置いてくなー!僕もみんなと行動するもの」
……昔の人の言葉にこんなのがある。「君子危うきに近寄らず」
いきなり攻撃を始める相手に、それがたとえ幼女であるとしても、不用意に近づくことは避けたい。面倒事に巻き込まれることなど十分に理解しているはずではないか、身に染みて。
「だって、あの子が接触してきてくれないとどうにも出来ないし」
疑問には無視をしてその謎な思考を一つ零れさせた。
つまりは“あの子”――死神と思われる――が標葉に接触を図る機会を狙って何かをするらしい。それはあの攻撃性を見てから言えば、良くて抵抗を悉く削ぎ落とした後での拘束。悪くて、死――。果たして死神に死という観念はあるのか、神が命を奪うことをよしとするのか。
「面倒じゃん?検索かけて追いかけるの疲れたよー!!」
標葉の心の問いなど分かっているくせに意味深な笑みを浮べたまま、またしても自己弁護の都合を持ち出す。今まではユエが標葉に対して行っていたアンテナのように大規模な検索を掛けて死神を追い回していたのだろう。尤も、先回りが出来なければ“世界”という大通りでは路地裏に追い詰めるなどということも出来ず、ただ追いかけっこを延々続けていたのかもしれない。それをどのくらいの期間行っていたかはわからないが、少なくとも標葉がここに来るようになってから既に四度目、四日が経っているのだ。
待ち伏せという方法が思いつかないなど、いや、そんなはずは……。仮にも神を名乗る存在がまさか今更そんなことに気付いたなどと……。
「いいんだもんっ。僕は美少女だから許されるのー!!」
そして幼女で僕っ子なのは狙っているのだろうか。
「僕っていうの言い方可愛いじゃん。だから使ってるだけだよー?」
「それに僕、神だよ?神様に性別はないもんね」
幼女という表現も考えねばならぬらしい。ということはただの餓鬼か。
「……それ、何気に一番傷付いたな」
えい、と言って神は手をちょん、と何もない空間に触れさせる。その、寸前
《嫌――っ!!》
その声は、胸の潰れるような悲痛を叫び、標葉の視界はぐにゃり、と捻じ曲がる。




