閑話 平常日常
学校生活。
ということで、湖に落ちました。目が覚めましたらこんにちは。……なんてことにはならず、誰もいないシャワールームに立っていた。
うむ、鞄を持っている。制服も着ているようだった。夢での出来事を除外すれば最後の記憶によると俺は確か裸でいたはずだが?まあいい。裸の変態では困る。人もいないので見つかる心配はないが。
(あれは――夢か?)
夢というには現実味があり、しかも時間の経過が若干見られる。白昼夢。うん、そうだ。そうに違いない。……無理あるけど。
無理矢理に自己を納得させ、記憶を繋ぎ合わせて攀じ繰り回して、携帯をパカ開く。既に思考は日常へシフトだ。変態に会ったなんて嘘だ。気持ちの悪い生物が存在することも嘘だ。
『標葉―?どこにいるんだよ?』
『標葉のばか。一人で帰っちゃうなんてヒドイです』
そんなメールが二件、入っている。どうやら二人は俺が先に帰ってしまったと思っているらしい。いやいや、俺ここにいますからね。夜の学校になっていますけど。暗いシャワールーム。裸足の足が森を歩いた足を流す。
液晶画面に刻まれた時間は9時だった。香寿や豊とともにこのシャワー室に入ったのは遅くても6時。まだ部活のやっている時間だし、授業終了して駄弁ってる生徒も少なくなかった。当然の如く空は夜の装丁、暗闇が広がっていた。但し、夢とは違い星やビル灯りに照らされた暗闇なので視界には不自由しない。森とは違う。
俺の当面の問題。
(こっからどうやってでりゃいいの……?)
当然の如く施錠された学内校舎。しかたないので窓ガラスぐらいは学校側に勘弁してもらおう。面倒くさがりで執着心が薄く、無関心生活を送る毎日な俺ですが意外と行動派な面もあります。運動とか死ぬほど嫌いだけど。妙に身体能力が向上しているな、と思いつつ外に出た。
そういやあの夢では珍しく体力使った。キャラじゃないな、と思いながら都内の空を眺める。ぶっちゃけ星なんて見えない。
一日は終わる。長い、一日。夜。
そして一日は始まる。長いようで短い、朝。
「はよー。標葉。よくも昨日は逃げてくれたな?」
「標葉、奢りって言ったでしょ。貸し二つですからね……」
食べ物の恨みは強かった。何せ教室について一番初めに交わした会話、特に香寿なんて直接的過ぎる。豊はアイスを奢ったのだろうか。香寿からは標葉への要求だったので貸しを追加されてしまったわけだけれど。根が大和撫子のように遠慮深い奥ゆかしい香寿は断っただろうけれど、あれだ「俺が奢りたいと思ったから」とか豊なら言ってそうだ、なんてキザ。……そしてこれは標葉の予測どおり当たっていたのだった。
で、昨日の俺のことを直接聞くには不審すぎるので質問しないことにした。やっぱり、下手に聞いても逆に聞きたくなるので。というかあれはYUME!!
「でも役得だったろ?」
ぎくっ!っていうぐらいに身体を硬直させる二人。が、互いに気付いてない。互いに気まずく視線を逸らしている。答えもない。何でだろ、と不思議に思うくらいに不自然だ
共学だがこの学校は何故か同性同士でくっつく確立が多い。生徒手帳にも校内での不純異性同性交遊は禁止と書かれているほどだ。それに関して思うところがないといったら嘘だが俺には関係ないと思ってる。友人である二人がそうゆう関係になっても変わらないと思ってる。だから応援しているぐらいだ。
昨日は俺が一人先に帰ったと思っていたのだから、残された二人は一緒にいたはずだ。家の方向が同じなのは俺と豊だが、夕方の暗い時間帯では香寿を一人で帰らせることもないだろう。豊の性格からして確実に家まで送っている。
(……わけがわからないな、二人の反応は)
そんなふうに思いつつも追求することもせず、さっさと授業の準備を始める。もうすぐ担任が来るだろう。……俺は優等生ではないが、何もない限りは反抗期っぽく授業妨害や抜け出すなんてしない。ヤンキーでないので朝からサボるなんてことを日常的にしているわけでもない。いたってマジメに学生生活をしているのです。(昨日はちょっと頭が痛い子になっていただけなんだ、忘れ物だってしないように毎夜次の日の支度をしてから就寝するいい子ちゃんです)
キンコンカンコーン
鐘は鳴る。昼には屋上に上り出て、三人で囲むように座って手作り弁当を披露して、香寿に料理を口頭伝授してやって、スーパーオカンな豊に休日の料理教室、個人レッスンを香寿につけることを約束させて、後は寝てた。二人は話してたけど、俺は寝たフリ。午後の授業もきちんと出まして、委員会だという香寿に護衛の豊をプレゼントフォーユーして俺はさっさと帰る。
昨日よりマシとはいえ外はまだ暑かった。それでも鬼門のシャワールームには寄らない。うん、何の変哲もない。日常だ。非日常と言われるような部分は何もない。指摘されて困ることもないだろう。そう思って帰り道を若干るんるん気分で歩く。暑いのは変わらないんだけどな。
「あ、あの……」
(日常というものはすぐさま崩れ去るものである)
まあ、俺にはそんな非日常歓迎!みたいな性質も何もないので日常を退屈ながら過ごすのだが。ああ、昨日の夢はそこから来たフラストレーションというものだったのだろうか。
「あのっ!!」
うむ、悩む。いくら刺激が欲しいからと言ってあんなエキセントリックな夢を見てしまう自分は大丈夫だろうか。ゲームのやり過ぎ?「事実は小説より奇なり」という言葉はある。けれど、それを体験したことがないのも事実だった。でもさ、実際に起きてしまうと引く。完全に、絶対に、受け入れられない。だってさ、俺は平凡だよ?何かあっても何も出来ないじゃん。ただお荷物になるよ、絶対。勇者とか、無理。多少喧嘩はできる。武道も竹刀なら握ったことがある。自己防衛に合気道やら空手やらを習ったのは随分昔、6年も前。俺がまだちっちゃく可愛かった時。
「聞いてくださいっ」
何故か破門にされたんだよね。そんなに長い間やっていたわけでもなく、誰かと喧嘩したとかでもなく、ただ試合は仲間内でよくやっていて、それには参加していた程度だ。急に「もう教えることはない」とか来ないでくれーってオーラを出されて困った。行きづらいし、何故だかもわからなかったから。そんなことがあってそれらはすべて止めてしまった。だからスポーツなんてしてない。学校で運動部に入ろうかと思ったが、勧誘がいっぱい来たりして。歓迎してくれるの嬉しいけど暑苦しいし、期待がかかってるようで、俺そんなできませんって言って断念。ほら、スポーツ一本でこの先やっていくつもりがあるなら別だけど、お遊びの暇つぶし程度なら入ってもさ、チームプレイとか苦手だし。
「うぅ……っ」
女の子が逃げ帰った。いや、さっきから視界の端に引っ掛かってた女の子二人組みがいたんだよね。で、誰かに何かを話そうとして訴えかけてたんだけど、そいつは返事してもあげなかったらしくて、何度も声かけられてた。適当にあしらわれてるようで可哀想だな、と思う。何故そんな冷酷漢を好きになったんだか果てしなく疑問になるね。女の子は結局告白も出来ずに玉砕。泣いて逃げ帰ってしまった。ああ、ファイト!とでも影から応援しておけばよかっただろうか。
(ん?何故か視線が俺に集まっているような)
周囲には帰宅する生徒がまだ大勢いる。この道はまだ分かれ道もないので生徒の半分以上が使用しているのだ。香寿の家は方向が違うとはいえ、まだまだ先の交差点で分かれる。卿はいないんだけどね、他の生徒もそこで分断されることが多かったりする。だからそれまではこの状態。でもなぜこんなに俺に注目が集まってるのだろう。何か悪いことしたかな?
標葉は声をかけられていたことも気付かず、周囲の視線を気にすることもなく、足早でもない普通のスピードで帰宅の道を歩いていった。首は傾げながら。
水溜りだ。発見した。
昨日は雨は降らなかった。けれどここは濡れている。水がまかれたのだろう。夏でもないのに打ち水だ。なんと古風な家なのだろう。それはお隣さんだった。
気にせず、標葉は進む。
《逃げて……》
びしゃ。
標葉は水溜りを踏んでいた。