死神との絆の世界
さぶたい⇒死神との再会
魔女登場!死神登場!
「古の記憶?」
「そう。あの歌がそれに該当する」
ユエが苦笑した。
魔術師の突撃訪問に対し、カレルやらリベルやらユエ……神まで出てしまって、けれど事情を詳しく話すほどには標葉自身が事態を把握していなかったので、その説明をば――と言いたかったのだが、その前にサキたちの様子見に、心配が重なり、行って。
けれど、どうにも敵は倒しても相当の傷を負っていた。
だから一旦、休ませよう、ということになった。魔王城に連れて行くカレルとリベル。
そして標葉とユエはというと、医者を連れてくることになったのだ。大陸一の技術だが引きこもりの、凄腕――魔女。そして現在に繋がる。
魔女の館は城の後ろに広がる広大な森(以前、標葉がいた森とはまた別)の奥に館を建ててひっそりと薬草など摘んだり実験したりで過ごしているらしい。
案外簡単に案内されて、引きこもりの主人とは正反対に社交的な遣い魔に用意されたお茶を飲みつつ魔女の出てくるまでの間をユエと話して過ごす。――その内容は主に、ユエがここに来たことで得た、記憶について。
「吸血鬼は生れ方が幾つもあって、吸血鬼同士の子である純潔種と吸血鬼が同族として人を吸血鬼に作った混合種と、純潔種から記憶を受け継ぎ代替わりした――吸血鬼を移された人造種があってね、俺はその最後の奴」
「元は人間だったのか?」
「そう。でも、その場合は人の時の記憶がなくなり、吸血鬼としての記憶のみ受け継がれていく。――だからさ、元から俺には記憶がなかったんだよ」
そう、言った時のユエは儚く、折れてしまいそうで、その手をぎゅっと握った。柔らかく握り返されるのに、それが何だか元気がないように感じた。
時々、ユエから感じるこの落ち着きはその記憶があってのものなのかもしれない。でも、それが何もない、からっぽの存在だからこその、諦念に感じられて、どうしようもないほど胸が苦しくなる。――心細いだろうに。
「記憶を移してからすぐ眠りに入ったらしくてね、知識以外のものが何もない状態はそのせい」
失った記憶を、自分を捜してここに来て、それでも、見つからなかった自分というもの。
「……別にいいだろ。昔なんて。今があるんだし」
「――嬉しいね。ツンデレな標葉がそんなこと言ってくれるなんて」
「ツンデレじゃない」
「でも隣はずっと俺のものなんでしょう?」
ふふふ、と幸せそうに笑うユエをどつきたい。こそばゆい気持ちに、でも耐えた。今、この瞬間を壊してしまうことが怖い。今にも消えてしまいそうなユエに心無い言葉を吐くことは出来ない。とても繊細なユエだからこそ、今は不安定で――標葉はこの美しいまものを突き放せない。大切に、そっと触らなければならないのだと、感じさせられる。
「ちょっと、人の家でそんな甘ったるい空気出さないでくれる?」
真紅の髪に漆黒の衣を羽織った女性が出てくる。その手には簡易にまとめられた荷物が在り、出かける準備は万端、といういでたちだ。そして、漸く標葉はこの場にいる理由を思い出した。
「あ、と――魔王から遣わされて来ました。急ぎ、登城して欲しく……」
「患者ね。容態は?」
「重症者が二名。一人は魔力疲労と、その能力の使いすぎで。一人は全身に裂傷、血が止まらない様子で……」
「それは見ればわかるからいい。そうなった状況は?毒とかは?」
矢継ぎ早に尋ねられて標葉は状況を目前で見ていない自分から言えるだけの、知らされた事項をあげつらえて行く。
「数時間前、国境沿いの町で魔物の大群が押し寄せてきて、その収集に当たった者たちです。魔物の種類は――」
「治療完了。――じゃ」
「ちょっと待て、アン」
魔女――アンは城に着くなり、案内もなく標葉たちを置いてたったと素早く患者の寝かされている部屋を探り当て、誰かが何か言う前に治療に当たった。そしてそれが終わるなり、「帰る」の一言である。それに呆気に取られる周囲を他所に、いつの間に着たのかリベルは彼女を呼び止める。
「何よ」
そっけなく返す彼女にリベルは苦笑した。以前と全く様子が変わりない彼女は、実は魔族と同じ寿命を持つ人間である。若々しい見た目は標葉よりも少し上、二十台を過ぎたばかりに見えるが、その実は既に何十年もこの姿のままだ。それは魔王になりたてであるリベルも同じなのだが、二人は幼馴染なのだ。成長速度が更に緩くなるリベルとは違い魔女の彼女自身はそれまでの速度で年を経る。それはこれからの二人を引き裂く差となるのだが、その時のリベルは彼女に変わりがないことを、心の底から喜んだ。――彼女は変わらない。リベルが魔王となっても、変わらない。そんな存在はアルファルトの他には彼女以外いなかったのだ。
「もう少し、ゆっくりしていかないか?久しぶりの登城なんだし」
「嫌。実験があるの」
「じゃあ、命令だな」
「変態の命令なんて聞くバカはいないわ。私はあなたの臣下じゃない」
「そう、幼馴染だ。だから変態なんていわないよね?ちょっとぐらいお茶に付き合うよね?」
どこまでも強気な彼女にリベルは常にはない強気で対応する。
「陛下は変なところで頑固ですから、諦めたらどうですか?」
もう一人の幼馴染(現在は患者の癖に)がリベルに加勢したので、アンは仕方なく、仕方なく……お茶に付き合うことにする。ただし、道づれは必要だ。
「あんたたちもどう?」
「ふーん。あんた、ただの魔力タンクじゃなかったのね」
ユエとカレルとリベルとアルファルトと意識の回復したサキと魔女のアン。いつのまにか混入していたテン。現在、この7人と標葉はお茶を飲んでる。重症のアルファルトが給仕を買って出て、それを止められて結局は城で働くほかの人(騎士だとか)に持ってきてもらって、比較的元気な標葉が行っていた。隣でアルファルトがお小言のように口出しをしてきたので、多少疲れはしたがおいしいお茶が入れられて、楽しめる時間を過ごしている――はずだ。
けれどなんだろう、この肩身の狭さ。
「その言い方って酷くない?契約者って言ってよ。恋人でも良いけどさぁ」
「友だち。物じゃ、ない」
「うちは契約してないっすー。人間っすよー」
「あからさまにわかるようなことは言わなくていいんじゃないかな?」
「僕は見てのとーり神様だから!契約しないよー。他に頼るほど弱くないもん。弱点は野菜だけだもん」
ユエ、サキ、カレル、リベル、テンが順繰りに標葉との関係性を言う。
「……妙な団体ね、あんたたちって」
「俺もそう思う」
魔女に同情されてしまったが、もう仕方がない。諦めた。
訂正もする気はない。気力がない。
そんなことをしたところで、話題の変更は認められないだろう。……何せ、ずっと標葉の話が繰り広げられているのだ。無言でお茶を飲むアルファルトの真似をするしかない。恥ずかしくてたまらない、を通り過ごして痛い会話に無心になろうとひたすら努力をして、けれど出来ないと解った時から標葉は白く灰になった。
「ちょっと、席外すぞ」
盛り上がる話題についていけず、小さく声をかけて席を立ち上がる。アンは何だかんだと、ユエたちの会話に強制的に引きずり込まれている。アルファルトだけが目で標葉を見送った。
「はぁ……」
廊下に出て、溜息をする。どこか一人になれる場所があればいい、と出てきたのだ。少し歩いてみる。――城の中は普通に豪勢だ。一夜を過ごした場所ではあるし、案内も適度にされたが、その時はそれほど余裕を持って見渡したことがなかったために、道が複数入りくねっていることも、城にいる人がそれほど多くないことも知らなかった。見かければ挨拶を返してくれるここで働いている者たちは、けれど身分など考えているような人たちではなさそうだった。作法は身についているようだが奢りもなく気安い。――それだけでリベルの人柄が見えてくるようだった。ここに居る人達は魔族でありながら、温かい。魔力もあるだろうに、普通の人と同じだ。町には人と魔族が一緒に住んでいる。小説や何かであるような魔界とは違うと感じた。
――現実にある。
それが心にじんわりと伝わる。ユエはここが名前のない国だと言った。
どこか開拓されていないような島か、地図上にはあっても国として認められていない土地なのか――結界か何かで隠された土地にあるのか。
「やっと、会えた」
「――死神」
いつの間にか立ちどまっていた標葉は振り返った。
「友だちが、ほしかった」
少女は言った。
「巻き込みたくはなかった。だが、そっとしておいても何かが起きるのなら、と巻き込んだ」
謝る少女はあの時と変わらない。その言葉は表裏がない。嘘もない。
あの時、会った時に彼女はもう既に魔術師の行動を読んでいたのだろうか。神に追いかけられることは解っていて、その逃亡に標葉を巻き込むことがわかっていてもそうしたのは――魔術師の存在があったから、そのために標葉に力を与えたのだろうか。――再会の約束とともに。
(いや、そんなことはどうでもいいか)
今必要なのは、友達がほしかった、という少女に言葉を返すことだけだ。思考などいらない、本心からの言葉。
「友だちだ。――皆で一緒に旅してきただろう?」
少女は一瞬小さく驚くと、はにかむように笑んだ。
「名前を、教えてくれないか――そして、皆のところへ行こう?」
「私の名は……ないんだ。つけて、ほしい」
「――キズナ。みんなの架け橋となった存在だから、“絆”だ」




