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魔術師と吸血鬼と――死神。

はいさ、死神ちゃんのことを詳しく書きましたです!

前回の続き。


 ドゴ――ッ!!!

「じゃまっすよ、おっさん」

 非常識な登場の仕方をしやがった、あの痴女(バカ)


「遅かったかな?」

 くるくると回転しながら敵の頭に着地した上に踏んだ後から邪魔だと批判する勇者。そんな彼女とは反対にすたっと華麗なる着地を決め爽やかな笑顔を……同じく敵の上で振りまく魔王。

リベルは自らの下の存在に気付いたのか、早々と横に逸れる。しかし、

「まだ、間に合ってるっすよね?」

 確認しながら踏み出すカレル。

「へばってないし、勝手に殺すな」

 これでも、半人外だ。

 しかし、それは標葉の話である。

たった今まで敵対していた相手が生きているのかどうかは、まあ、生きているだろうが……。

その所在をジト目で見つめていれば、カレルは無言の視線の先に目を向けて、

「うわっ!鼻血っすか?いくら若いこのパンツ見たいからって下に潜り込むのは変態すよ」

 ……思わず味方に対して常識のないものを見る目を向けてしまった。

「ん?標葉も見たいっすか?もう、言ってくれればいくらでもサービスで見せてあげるっすよ」

 標葉はとくべつー。とかのたまう仲間、のはずの痴女になんと言おうか。


 頭上から降ってきた痴女(へんたい)に踏まれて変態扱いの批難を受けた魔術師は最終的にドロドロと血を流しながらムクッと身を起こした。咄嗟に標葉は敵味方を忘れて同情の生暖かい目を向けてしまった。しかしまあ、狙っての行動じゃなかった、ということに驚きだ。

 追い詰められた標葉のこの状況に、雰囲気から払拭するような登場をしたというのは変態に対して期待のしすぎである。リベルはどこ吹く風、と標葉の隣に来ては植物の魔物を倒し、豊と香寿を颯爽と人質状態から解放してくれた。のだが、――カレルには飛行系の術がないので彼が飛ばしていたのだろう。つまりはカレルが魔術師の真上に着いたのはリベルの策というわけだ。……少なくとも、リベルは狙っての登場。爽やかなくせに案外腹黒だ。魔王だからか?


 ここまで話をしていて、待っていても二人の他に人は来そうにない。

「ユエは?サキも……」

「サキは向こうで足止めをしてるっす。ユエさんは――少し用で外してるんすよ」

 サキの能力で敵を多く引き付けているのだろう。しかし、彼女自身に戦闘能力はない。味方が脇から倒していくことこそがその戦法なのだ。ユエがそこにはいると思った。

 けれど、いないのだ、とカレルは述べる。

「……一人残してきたのか?」

「アルファルトも一緒だよ。動かせる戦力は動かしてきた」

 魔王の従者だ。それなりに能力は強いのだろう。それこそ、魔王を叱れるほどの存在なのである、信頼も厚い。……けれど、不安は拭えそうもない。

 標葉はアルファルトの実力なんて見たこともないし、信用があるかといえばない。顔見知り程度で話したのも数回。信頼は出来ても信用ができるほど濃密な時間は過ごしていないからだ。それを言ってしまえばリベルも同じなのだけれど、戦況を任せてくるのと隣にいるのとでは掛ける信用の度合いが違うのだ。嫌いなわけではない。けれど、好きというほどに知っているわけではないのだ、彼を。

 それにサキは――自らの身体に気を配らない。無理して倒れるようなことがなければいい。けれど、魔力の供給を受けなければ倒れてしまうような特性のサキュバスはいくら契約をしているとしても、契約者がこんな離れた場所にいればその供給も十分とは言い難い。しかも先日倒れたばかりなのだ、そう楽観できるほどに体調は回復できていないと見ていいだろう。


「向こうで騒ぎを起こして自らは本命に乗り出すか……利巧、というより狡賢いね、君」

 リベルは一歩、標葉の前に踏み出し牽制するように魔術師を鋭く観察する。

「以前は怯えて前線にも出ずに逃げ回って、増やした僕で消耗戦を仕掛けてきたっけ」

主旨が変わったね、とにこやかに微笑むのだが、何分言葉は皮肉が入りまくっている。王子様のような白く爽やかな笑顔が毒々しい。

「そうさなぁ。それは貴様らも同じではないか?万が一はあってはならぬ、と我の前には一度たりとも姿を見せなんだ。魔王も勇者も仲が宜しい様で」

 ふぁふぁふぁ。と好々爺と笑う魔術師。しかし、その笑みは毒と皮肉を含み、敵意と混ざり合って見るに耐えないほど醜いものだ。標葉はぞっとして、背後にいるだろう香寿を思う。



      ***      ***      ***      ***


 香寿は標葉の予想通り震えていた。あの時の恐怖を思い出し、豊にしがみ付いていた。刷り込まれた恐怖はどれだけ気丈に振舞ったとしても身体が拒絶する。震える体は、先ほどよりも大きい。――豊から手を放すことを恐れていた。

 始めから、関わらなければよかったのだ、と思う。ただ足手まといになるだけならば、首を突っ込まなければ良かったのだ、と。前の場合は巻き込まれたと同時にそれが起こる原因ともなった。だから、仕方ない。……けれど今回は、香寿自身には全く関係のないところで起きていた。ならば、標葉へと近づきすぎなければ、話すのを躊躇う彼に強要するように話を向けたのは他ならぬ自分だからこそ、思う。けど、

(違う。そうじゃない。踏み込みすぎた、なんてそんなものは防衛のためだけの欺瞞だ)

 自分の心を守るために都合のいい理由を作って……そうして友人が巻き込まれていることに、悩みに、無視していてよいはずがない。

 ――自分が彼女を二人に紹介したことで起きたことなのだ。

 標葉のストーカーとなった玲菜は相手にされないことに苛立ち、香寿への態度は徐々に目に余るほどのものになっていた。意志とは逆に、標葉に疎まれるようになった――その腹癒せに、彼女は“魔術師”の甘言に乗った。そして、陥れたのだ。

 その時点で、彼女は魔術師の目的を知らなかったに違いない。ただ、利用されていた。しかし計画の一部に組み込まれていた。

――まず、香寿をいつものように嬲り、豊を誘き寄せ、捉えた。そして二人を人質に、一人になった標葉を魔術師は捕らえた。人質で人質を作る。そんな下地を作って彼女がやりたかったのは――結局、嘲笑うことだった。


「魔王も勇者も世界に発生する存在だ。僕らがいなくても、本当は、大丈夫」

「だから安心して自己犠牲もできる。身の危険なんて考えてたら戦いに勝利はないままですよ」

 怯むことなく、標葉たちの前に立ちはだかる二人の助っ人。けれど、この時点で二人は無傷ではなかった。特に少女の方は腹部と背に大きく傷を負っていた。

「 っ」

「……その傷――!?」

小さく、殺しきれなかった息に標葉が傷の深さに仰天した。抑えた患部からドロッとした液体が流れるのを見て、止血もしていないのだと知る。旅の途中、暇があれば手入れをされていた彼女の愛剣は純白の縁取りがされた蒼白の刀身を誇っていたが、今ではその影も零さない。赤というよりは黒に塗れていて、切れ味が相当鈍くなっていることも伺い知れた。

「大丈夫。勇者の回復力なら大した傷じゃない。それより、今は戦いに集中してください標葉」

 敵から視線を外さないカレル。勇者の驚異的な回復力は幾度か見かけたことがあったが、けれどそれをもってしても未だ治癒できないこの傷はかなりの深手――傷は癒えても血が足りないのはどうしようもないはずである。また、戦闘となれば傷が癒える暇はない。


ごく――っと息を飲む。

深呼吸をして、目を瞑り、集中する。己の感覚のみに頼り、朧気なそれを掌に集め――

「――魔力を扱うか、小僧」

 ひくっ――と喉が音を出し、集中は途切れた。

 緊張にジワリと汗が滲む。掌に集めた欠片ほどの魔力の塊を逃さないように意識を集中するが、けれど

「できるのか、本当に?また、同じ失敗を繰り返すつもりではなかろう?」

 不安を煽るような声に、過去を思い出す。――無意識に集めた魔力を暴発させてしまったときのことを。


(神前玲菜――)

香寿が友をつくる事を許さず、また自分を軽んじる標葉への復讐に起こした事件。

彼女は三人がどうなろうと関係がなく、豊が殴られ続けるのを見て、香寿が男たちに踏み敷かれることに愉悦を感じ、そんな二人を盾に標葉が魔術師に従うことを、――殺されそうになるのを笑って見ていた。

 香寿の危機に豊が反抗し、重症を負った。香寿は悲鳴をあげて叫び、――その時、標葉は己の罪を知ったのだ。



      ***      ***      ***      ***


――魔力を奪われる事はいい。

そのせいで誰かが不幸になるのかもしれない、その力が誰かを不幸にするのかもしれない。けれど、そうは思ってもそんなものはただの幻想だ、と。そんなもののために二人が傷付くぐらいなら、拒むことなく明け渡した方が、二人を解放できると思った。

魔力も魔術も、当時の標葉にはどれも現実的でなく、遠い世界でのことだった。その妄言に付き合うことでこの状況が改善されるなら……そう、思ったのだ。

 けれど、そんな場面を見て、死にゆく友と嘆き悲しむ友を見て――標葉は、暴走した。


 残ったのは、廃墟。


 抉り取られた地面が、事実をつきつけてきた。


 死んだと、思ったのだ。何もかも。

 神前玲菜も、魔術師も――豊も。



「命を救おうと思うなら、その対価を差し出せ」

 その声は、ただ標葉の心の中に届いた。

「私は死神だ。命を持っていく役目がある。けれど、――それを曲げさせるならば、それほどの意志があるのならば、教えてやろう」

 厳然とした声。冷たい声なのに、どこか温かみの感じられるような気がしたのはその時の標葉の心のほうが寒かったからかもしれない。失ってしまった命に対する絶望――。


「死の予言だけならば影響は大してない。当てても当てなくてもそれはコチラには関係のない出来事だからな」

 わけのわからないことを、声は続けた。そして「だが」と続けた。

「運命を捻曲げ、命を救おうとするなら、それは重いぞ。……それは理に触れる行為だ」

 命を救おうとする――その言葉に、標葉はのろのろと頭を動かす。少女だ。黒い衣服を重そうに引き摺っている少女が、大きな鎌を持ってそこにいた。――死神。

 その言葉も、その時には信じられるような気がした。魔術師がいて、自分に魔力があるといった。そして、その結果自分はそれを暴走させ、この場を“こんなふう”にしたのだ。だから、この少女が死神だと言って大きな鎌を持ち歩いていても、どれもが現実感のない世界でならば信じられた。

「繋がりは深く、やがてこちらへと引き寄せられ戻れなくなる。死ぬのだ」

「代償は魂?」

 標葉は自分でもわからないままに渦巻く疑問を投げかけていた。

神様仏様、どうして自分はこんなにも罪深いのでしょう――?どうして後から出なくちゃ解らないんだろう――?

ぼんやりとした思考で考える物事は酷く愚鈍で、その上仮想的だ。

「そうだな。私がもらうことになるよ」

 一人の命は一人の命で補う。それがルールだ、と少女は言う。だから標葉は

「じゃあ、いい」

 否定した。重い罪を、けれどその方法で償うことを拒絶した。

 失った命が一つでないのならば、己の命一つで取り戻すことが出来ない命はどうなるのか。そのことに思い至ったからだ。そんな優劣をつけていいわけがなく、また死ぬことで贖うなどということは、死者に対する冒涜だ。今まで失われた命、全てに対する侮辱である。

 そんな軽い罪ではないのだ。生きて、罪を償うべきだ。一つでも命を救うべく――。

「そうか、面白い奴だ。――また会えるなら、会いたいものだ」

 そう、言って少女は姿を消した。


 そして茫然自失となった標葉の前に、傷を負った豊と香寿がいたのだ。不自然に軽い傷を負った二人が。――軽度の打撲しかなかった香寿と、大きな擦傷がついただけの豊の手当をして、警察とかが来る前にその場を後にして……と忙しくなって、忘れていた少女の存在。



   ***      ***      ***      ***


「ああ、――あの時から、始まっていたのか」

 標葉は口に出し、笑みを浮べた。

 あの時、標葉は少女と契約を交わすことは無かった。けれど――再び出会った死神に、その頼みに、標葉は頷き、契約した。

 だから、あの出会いは、この魔術師は、実は意味があったのだ。この魔術師がいなければ、死神に会うことはなく、今回もまた死神に会うことはなかっただろう。そして、カレルにもサキにも、テンにも、リベルにも、アルファルトにも――ユエにも、会わなかった。

 そのことには、感謝した。今だけは感謝する。


 標葉は手を伸ばした。青い空へ、昼の月へ、手を繋ぐように。

「――ユエ」

 名を紡ぐ。標葉が名付けた、その大切な名前を。


 そして、繋がった。感覚の触手で、心で、その手で、繋がる。

「標葉――」

 優しく、強い、そして美しい声が標葉の名を呼んだ。


「ああん!!さみしかったよぉー!」


「うぐっ」

 抱きつく、変態。

 そのままグリグリと頭を標葉の胸へと押し付け、その華奢な長い腕を背に回し、細さに似合わない怪力でぎりぎりと締め付ける。そして手はそのまま身体をまさぐる。


「昨日ぶりの標葉。ああっ標葉の匂いっ!この肌触りに感触――たまらないっ!!」

「――っどこ触ってやがる変態!!」

 ぎょっとする。

 服の中にいきなり手を突っ込まれたらそうせざるを得ないだろう。標葉は恒例となりつつあるセクハラに鉄拳を打ち込んだ。


「アイタタタタ――酷いな、もうちょっと優しくしてよ」

 何故こんなギャグに?

「でもこの痛みも標葉が与えてくれたのだと考えると……ふふふ。癖になりそう――」

 そんなもの、コイツが変態だからだ。


「さぁ、本領発揮と行くかな――今日は調子がいいし」

 ユエは月色の髪をさらっと背に流し、昼の月を背後に携え壮絶な笑顔を浮べた。

 ――それはやっぱり、月に似る、優しくて冷たい、鋭く残酷な月。



「……そうか。吸血鬼一族の特性――満月。今夜はしかし、望月ではないが?」

 一瞬でユエを吸血鬼と断定する魔術師の審美眼は優れている。しかし、

「――新月だよ」

 満月の日は魔力の高まる時。それは魔の属性を持つものならば共通の事項。

けれど、昼の月にも魔力を溜められるのはそれなりの“実力”というものが必要で、――契約持ちは他との差が大きい。新月は、ユエにのみ、その威力を発揮する。

「なるほどのぉ?――しかし、それだけでどうやって我に勝つと」

 魔力の量で競うならば、人と魔族は魔族の方が多い。また、耐性もある。

 だからといって、“魔術師”は人であって人ではない。他者の魔力を己のものとする術を身につけた者だ。――その貯蓄がどの程度のものかはわからない。しかし、その量は一般の魔族すらも凌ぐ。でなければ戦いを仕掛けてなど来ない。牢に繋ぎ、長い時を過ごすことで身体ともにすり減らしてきただろうに、その魔力は底知れない。


「帰ってきたっていうことは、――大丈夫っす」

 凛とした、カレルの声が魔術師の余裕ある言葉を遮る。その口調はいつもの調子を取り戻している。――戦闘時の、冷たく通る声ではない。いつもの、どこか余裕のある勇者の声だ。

「時間稼ぎは僕らに任せて」

 そう、リベルは言うと、カレルと眼を合わせ魔術師と対峙した。代わりにカレルが標葉達の守りに入る。ウジャウジャと己を食べて増殖していく植物の魔物を高速で切り落とす。

「これ以上、彼らに近づけさせないっす」


「俺も――」

「待って。標葉、――俺たちは、俺たちのやることがあるよ」

 リベルとカレルの様子に戦いに身を投じようとする標葉の腕をユエは掴んで引きとめ、言った。――やるべきこと。それは二人にしか出来ない。

「記憶のないままでは、十分に戦えないから。だから、行ってきた――魔女の館に」


 魔女の館?と首を傾げる標葉にユエは告げた。

「標葉。記憶、取り戻してきたよ」

「――え?」



「言葉を紡いで。同じように、ゆっくり慎重に。でも緊張はしないままで――謡おう、一緒に」

 手を繋ぐ。促されたままに、標葉は古の魔術を、唱える。


「「血の絆は強く濃く 流れるは星の導きありて 誓いは暖かに、力を求め 示すは繋がり」」


 カレルが触手を阻む。長い祝詞に強大な力を持つ術だと知った魔術師をリベルが阻む。

「「名付けは刻む 命と魂は名の下に 古より個より深き誘いに我ら 求めしは契約の起源」」


 勇者が守り、魔王が攻撃する。敵はただ一人、――魔術師。天分を越えし者。

「「重なりはいつしか同じに 同一はいつしか個別に 深き絆は血と魂、心によって繋がる」」


 ユエと標葉の鼓動は重なった。呼吸は掌を繋がって、魔力を編み出し、それを形成した。

「「――契約を履行する」」



 光が、眩く、標葉はそれを見る事はできなかった。けれど、途轍もなく大きなものが身体の中を通りぬけ、世界を揺るがした。


 目の前、魔術師は光の縄で拘束されていた。

「どうやって牢から抜け出したのかはしらないけど、もう、逃がさない」

 いつのまにか、標葉の手とユエの手は離れている。その手には血色の大剣が握られ、魔術師の上に振りかざされていた。


「標葉の危険は今ここで、消す――」


「ゆ、」


「そこまで――ぇ!!」


「……」

「ちょ、そこ止まってよっ!僕を無視するなぁー!!」

 ユエの温もりを求め、そしてその手を血で汚して惜しくなくて伸ばした手は届くことなく、言葉は届くことなく――そのことに胸が締め付けられそうになった、その時。声が乱入する。

 幼子の、場違いに元気の良い声。――テンだ。

「僕の役割を知ってるくせにっ標葉のばか!!」

 場違い、という言葉を読んだらしきテンは場の凍った雰囲気に、それまでの殺伐とした雰囲気に不満をぶつけ、ついでに標葉を批判した。子供の癇癪だ。

「神様だぞっ僕は!」


「戦いには口を出さないのではなかったのですか、――神」

 リベルが冷静に問いかける。

魔術師を殺す意は国を荒らされた魔王も勇者もユエと同じだ。こんな存在をのさばらしても、決していいことになるわけがない。――そして神は基本的に人の世には干渉しない。

……例外として標葉には関わっているだが。

 そのことを鑑みて、現在の原因となった魔術師にも過干渉を行うというのだろうか。


「うん、そうだけどね?そうなんだけど、結果は見えたでしょ?終わったでしょ?――だから、命を刈り取るかどうかは、僕が決める」

 運命の三姉妹神の末としての義務。――死者の選定。


「罪深き人の子。業深き、神信者。――“魔術師”」

 その声は幼子にもかかわらずその場を満たし、威圧した。


「己が欲に塗れ、領分を越え、力量を超える力を望むか」

 魔術師はその選定を待つように、深く頭を垂れている。


「――その罪は深き闇にて償え。かつての望みのままに絶望に染まり行く道を歩み続けよ」

 声が答えを出した時、神を前に逃れる事はできぬとしていた魔術師はグリンと頭を上げ、大きく目を見開き、罵った。神を、侮辱し、汚らしく蔑んだ。けれど神は人を、感情のない目で見下ろし、頭に手をあて、――全てを終えた。


「力なき自らを呪い、己が天分を恨み、永獄を味わうが良い」

 翻す。――神はそのまま姿を消した。



      ***      ***      ***      ***


「魔力も持たないただ人となった彼は、不運と不遇に悩まされ続けるのだろうね。命の期限を延ばそうとしていた彼だからこそ、その恵みは深い感銘でもあり、絶望でもある」

 神に魔力を奪われた男は暫く牢に繋ぎ、その後解放するとの決定だった。

 しかし、男には帰る場所も行く場所もない。魔王と勇者の名の轟く地では男は入国さえ許されない存在となったのだ。――それこそ、今までとは全く別の、表の世界でしか生きていけない存在、となったのだ。魔力も魔術も魔物も勇者も魔族も魔王も、――関係のない、平凡な道。

 けれど、神に見放された男はそれさえも険しく、不運と不遇にまみれていると決められた。


 男は長い時を生きることを望んでいた。

だからこそ、それが適うようになって、でも神に見放されたこれからの地獄に、その夢自体が間違いであると、絶望するのだろう。最初から、全ての意味が無くなる。根本から、覆されることになる。



「標葉――」

 香寿の声がする。そうだ、忘れていたが問題はそれだけじゃない。

べたべたとくっついてくる変態を引き剥がして、コホンと息をつく。


「あー。えっと、……こいつが俺の守りたい奴です」

 なんだか照れくさかった。


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