表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

世界の重なるとき

サブタイ:魔術師の強襲


二つの物語が合わさります。

魔術師の強襲


「――や」

 遠く、声がする。


「――んや」

 それは呼び声だ。誰かを、求めるもの。


「――しんや」

 それはいつしか明確な形へと変わる。



「あ……」

 急激に意識が浮き上がった。

「うわっ」

「……顔を見て驚かれるなんて傷つく」

 その美麗な御尊顔が間近にあり、標葉は小さく驚きの声でもって呼びかけに応じたのだが、それは不愉快な思いをさせたようだ。軽く溜息をして香寿は顔を遠ざけた。といっても、それほど遠くない。真上だ。その顔の横やらから見えるのは天井。室内。

 そこに自分は転がっているらしい。しかも丁寧なことに頭の下には柔らかな弾力。

(――豊に自慢できる、の前に嫉妬されてそうだ)

 香寿の膝枕を受けたまま視線を動かして、豊がこの場にいることを確認した。やけに固い笑顔で出迎えてくれている。しかし、それだけでもない。

二人の目前で姿を消すこと二度。しかもそのうちの一度は何の説明も心構えもないまま、一度はその説明をしようとした矢先。計られたようなタイミングなのが厄介だ。それでは説明をしてよいのか、よくないのかわからない天運。標葉に選ぶ権限はないにしろ、今回ばかりは対処法も分かっている為になんとか説明が出来そうだ。……それがいいことか悪いことかまでは判断することは出来なくとも、今できることをする。それはそうだ、できないことはどんなに頑張ってもできないことなのだから。それこそ得体の知れない何ものかによって妨害を受けるように、物事は上手く行かない。

「まず、布団被ってていい?」

 ――己の部屋。

 今まで転移場所が行きと帰りが同じだったのに、どうして今回はここにいるのかは別として、話すことを待つように、沈黙する二人に述べた。

「標葉は眼を合わせて話すし、それが礼儀だけどね。――それが必要なら」

「うん、ありがと」

 理解を示す香寿に感謝を述べ、体の下に引いてあった布団にぐむっと潜り込んだ。

 これで、移動に於いての視界を一つ、減らしたわけである。多角的に視られる他者からの視線を失い、標葉を映す媒介となるものはこれで自身が気をつければいいことだけだ。天からの恵みもない、屋内なのだから。

「順を追って話す。――最初は夢だ。死神と会った」

 死神と会ったのはあちらではなく、夢だ。完全に、それだけは言える。アレは現実にはない場所だと、ただっ広い上も下もないような色という感覚のない空間。

 そして、そこで何かを交わした。言葉を交わし、契約を交わし、――けれどその中身は何も覚えていない。だからこそ、それだけならば標葉は夢だと思えた。現実に繋がるものなど何もない、と。けれど、――シャワー室で、あちらに落っこちて、ユエに会った。そこから今まで、経った六日間。けれどその中で、五人もの人と出会い、親しくなり、友人となった。かけがえのない、大事な存在。豊や香寿とは年月を経た分重みが違うけれども、それでも失いたくない存在となった。濃密な時間が、仲間と結びつける。


「――それは迷惑じゃないのかよ?標葉が望んだことなのか?」

 深く、問いかける声が降ってくる。

「……最初は、意味分からんって感じで戸惑ったし、なんで自分なのかと思った」

 でも、違う。標葉が選ばれたんじゃない。標葉がいて、だからこそこうなったのだと、今なら分かる。標葉だったからこその、物語だ。

(俺じゃなかったら、そしたら、確実にサキは死んでいた)

 あの時、彼女を救えた事を誇りに思うから。だから、標葉はもう、自分を卑下したりしない。

 “普通”でない自分を嫌ったりしない。“特別”だったからこそ、嫌な思いをしてきたが、“特別”だったからこそ、得たものがある。

 ――魔力があるから、普通じゃないから、死神は俺と契約を結びに来た。

 そのことにはとっくの疾うに気づいていた。やっぱり始まりはそこなのだ。

「確かに、今回のことは全部、俺が魔力持ちだから起きたことだ。けど、俺はそれが良かったと思う。――守りたい人が、できたんだ」

 それは優しく、強く、けれど酷く弱い。脆くて、支えてあげたいといつしか思うようになっていたのかもしれない。世話をかけてばかりで、情けない自分が、けれど彼の人物の心に大きく住まわっていることは自他共に認められる事実だ。だからこそ、

 ――ユエを一人にすることは出来ない。

 手放せない。そんなことをしてしまえば愛しい魔物は哀れにも折れてしまう。心が、ぽっきりと、両断され引き裂かれ、……失われてしまう。

「危険は?ないの」

「あるよ」

 標葉は即答する。脳裏には初夜に見た化け物。あの存在を思うと体が震える。

なにより、その暴力的で醜い姿よりも、一撃に伏したユエの姿ばかりが眼に映る。広がる血は夜目にも赤く、色づき、急速に温度が冷えていった。己を犠牲にして標葉を守った恩人が目の前で死に行く姿。化け物にどう対処するかという打算的な考えと、人の気配も感じられない場所に一人残される孤独感。そして何か大きなものを失ったかのような喪失感を抱えて、あの時の標葉は吸血鬼へと手を伸ばした。


「でも、それはあそこが少し裏側に近い場所だということで、今ここで生活している時と何ら変わりようがない」

 同じ世界で起きている現象だから、変わらない。変わりようがない。場所が違えども存在はしている。ならば、あの“魔術師”のようにして、あの場所から危険がやってくるかもしれない。何処にいても結果は同じ。それでは知らないでいるよりも、“現実”を知ってよかった。

「それにさ、人よりも頑丈な身体になったって、言ったろ?これは大きなアドバンテージだ」

 吸血鬼との相互契約。それは互いの血を飲むことで成就する。二人の力を共有しあう橋渡しである。サキとの契約は標葉側の一方的な給与契約――魔力を与えるということだけのものであるためにその力を利用することはできない。

しかし、標葉はユエによって頑丈な体を得て、不死身予備軍となっている。これでは襲われたとしても生き残る確立は一般人とは比べ物にならないほど格段にアップする。だからこそ、勇者の一撃を受けても服が切れたのみで肌に傷一つつけなかった。いくら練習の素振りとはいえ、魔力を開放した状態の勇者――世界を揺るがす存在であるカレルの容赦ない一撃で、である。ならば、それに太刀打ちできるほどの貫通力を、実力を、標葉から魔力を奪いたいとまで思う者が持っているだろうか。そんなはずはない。


「標葉がそういうんだから、仕方ないよな……」

「豊!?」

 納得したような豊に香寿が不満の声を上げるが、豊は苦笑して頭に手を乗せた。

「いいだしたら止まらない」

 よしよーし、と子供にするみたいに大きく撫でてやればふくれ面な顔で恨めしげな瞳が下から上へと覗く。香寿は自覚していないが、それこそ上目遣いだ。それに顔を紅くする豊は力を強くして撫で、下を向かせる。

 そんな二人の様子を布団から頭だけを出した状態の標葉は微笑ましい気持ちで見守る。けれど、これでよく付き合っていないなどという言葉が出てくるのかも不思議だった。同性という分はあれどもこの雰囲気は甘く蕩けていて、誰もが思わざるを得ない。この美形二人だからこその違和感無しなのだけれども。


「――けど、挨拶にも来ない奴へ嫁に出すわけには行かないな」

 おや、と思う。標葉には余り向いて欲しくない話題の方向転換だ。

「……そうだね。会って見たいな、僕も」

 標葉が好きになった人、と香寿に続けられ標葉は言葉に詰まった。


「それは――ちょっと、問題があるというか、会わせたくないというか……」

(変態だから)

 会わせたくない。自分が変態をすきなのだと思われる事は、(例え事実だとしても)あまりよろしくない。更に、ユエの変態ぶりが二人の前で晒される(しかも自分被害者で)のも大変よろしくない。というか、ダメだろう。友人や親しい人が目前でセクハラに会うことほど気まずく嫌なものは珍しいと思われる。

……カレルたちとはユエの変態があった上で知り合いになったからなぁ。

 気にしない、以前に向こうが当たり前と思ってる節がある。

「――でも、そうだな。うん、会ってみればイイトオモウヨ」

 何か得るものがあるはずだ。……主にセクハラの対処法とか、逃げ出すタイミングとか。

 香寿よ、多くを学んでくれ。顔がいい奴に騙されるな、とか。

「カタコト?」

 不自然に思ったらしい香寿に、ちょろっと顔を出す。

「――ところで、布団を被ったのはあの移動、鏡とか“映すもの”を媒介に行われるからさ……」

 瞬間的に感じた違和感と寒気に言葉が途切れる。標葉は反射的に布団を跳ね上げ、二人に注意を促す。

「ッ!伏せろ――」

 次の瞬間、室内にも関わらず風が通り過ぎ、冷たい痛みがすぐ横を駆け抜ける。そして、窓を透過してきたナニカに二人は捕らえられた。

「ぁぐっ」

「は、がっ」

「豊、香寿――!」

 短い呼気が擦れて出る二人は空間に固定され、身体が圧迫されている。標葉を過ぎった風は頬に裂傷を与えていたがそんなことを気にしているほど悠長にはいられなかった。侵入者を振り返る。


「お前――」

 言葉が出なかった。


「久方ぶりだなぁ、小僧ども」


「“魔術師”……!!!」

 その者はかつて見た姿とは違っていた。以前は簡素ながらも清潔な着衣をし、自信に溢れたままにろくな抵抗もまともに出来ない標葉たちを嬲り、惨劇を起こした。けれど、今は豪奢な長衣でありながら、重く動きにくそうで、長年着ていたような汚れや埃などがそれを打ち消している。瞳は自信よりも妄執に取り付かれているようにギラギラとしている。何より、疲労によるものと思しき隈と皺がその容貌をがらりと変えて、老け込ましている。

 一年半――その間にどうしてここまで変わったのかと思うほどの劇的な変化だ。

 そのことに気付くと、標葉は背筋が寒くなった。

 どうも、この“魔術師”の変容振りにも自分が関係しているような気がする。そして、あちらで聞いた、“支配者”のことを思い出した。


『え?魔王と勇者の協定についてっすか?』


『ああ。もともとが平和で、二人が対立していなかったならなんで今更協議のためだけに勇者が一人旅をしてまで魔王のところに行くのかな、って』

 ちょっとした疑問だったそれに、カレルは思いのほか真剣に考え込む。

『――少し前まで、戦争があったんすよ。勿論、ウチ等じゃないっすよ。けどほら、標葉も魔物を見たんすよね?』

 標葉が頷くのを見ると、さらに詳しい説明をしてくれる。


『魔王の統制外にいる魔物は多いっす。彼は魔物を従える魔族の統括者っすから、下の者までは管理が行き届かない、ということで、人に危害を与えた魔物は勇者が真実かどうかを調査した後に判決を出し、狩人に始末をつけてもらう。それがルールっす』


『けど、近年の魔物被害は多くて、調査をしているうちに可笑しいって、誰かの指示に従っているんじゃないかって線が濃くなり、けどそんなことを協議してる間に――侵攻が始まった』

『侵攻――魔王のいる国と勇者のいる国の他に?』

 無言のまま彼女は頷いた。


『“支配者”――最初はただの魔術師。研究に人生をかけているような、どこにでもいる化石化したおっさんすよ。でも、その頭脳は天才的だった。――魔力を吸い取る術を開発したっす』



『標葉も気をつけるっすよ――今は牢に繋がれてますけど、油断は出来ないっす』


「“支配者”」

「む?なぜお前がその名を――」

「っけぇ!」

 単なる体当たり。けれど、魔術師は油断していた。ただの青年だと、何も出来ない小僧だと、標葉を勘違いしていた。確かに以前の標葉はただのガキだった。力の使い方も知らない、ただの子供(ガキ)だった。――けれど、今は違う。

 とても一般人では出せない速度の速さで歩み寄り、その見えない物体を握りつぶす。ぶっ叩いて、手で引き千切り、二人を解放する。

「二人とも、逃げろ――っ」

 掛け声をかけ、二人を背後に庇う。

 今の標葉は短いながらも旅をして、色んなものに出会い、変わった。

 今は――己の無力に嘆く必要はない。力を、得たのだ。


 ――けれど。

「そう易々と人質を逃すわけはないだろう?」

 魔術師は緩やかに、攻撃を開始した。


 透明だったものが、その迷彩を解いて襲い掛かる。あっという間だった。緑色の巨大植物の魔物は標葉の部屋を埋め尽くし、再び拘束した。

 人よりも優れた身体能力を得た標葉でも、魔術師と魔物の両方を相手取る事は出来ない。また、標葉には友人が、――何の力も持たない、庇護されるべき一般人がいるのだ。回避など、できるものではなかった。


「コレは未だに有効な手だと見える。人は脆いなぁ小僧?」

 万事休す――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ