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第五夜(後) 行方は知らずにはいられない

「……あー、行くかユエ。――ユエ?」

「すごい、嬉しい」

 どさくさに紛れて抱きついてくるのに、身体が硬直した。ユエも多分、気付いた。

 いつも通りの行動を心がけていたのか、テンションは同じだ。けれど、今日に限っては素早く身を離した。けれど、標葉は離れた体温を追う様に、その手を握った。軽く、けれど確かに。

 ……今日は、こいつのための日なんだ。冬で寒いし、これぐらい、いい。

 女子の計画通り、今日一日はユエと二人で過ごすことになった。冬なのに足を晒す短い口広・ローウェストのズボンに朱と紫の間のような色合いの膝上靴下。ロングブーツはテカテカとしながらも落ち着いた色合いの黒。上は重ね着をして若干モッサリした上にズボンより少し上ぐらいの長さのダッフルコート。そんな女子の用意した服を着てデートと相成っている現在。

(昨日あんなことがなければ、もっと、楽しめたかも)

 不自然な沈黙が降り、けれど歩き出す。城から、町へ。


 不自然なぐらいに明るく、町を観光しながら歩く。ユエが手を引いて、色んな店に顔を出していく。決して好奇心だけじゃない。標葉を、楽しませようとしているのだ。

 考えてみりゃ、記憶喪失なんだ。不安でしかたないはずなのに微塵もそんな様子を見せないので忘れそうになる。思えば初対面、テンションが高かったのはそういうものが出ていたのかもしれない。誰も知らないなかで初めて会った人物。縋りつきたくなって、手綱をしめていてほしくて、堪らない孤独感に包まれていたのだろう。印象が九割、なんていうものはたいていが当たっているものだから、そう接してきたけど、淋しかったはずだ。

 そういや、契約者を増やすのにすごい反対してたっけ。優しい奴だから最後には助けてくれた。あの後「見過ごせなかっただけ」とか言ってたっけ。俺の体にかかる負担を考えているんだろう、と解釈して「それでもいい!」とか考えなしに契約をしたけれど、ユエが抱えていたのは不安だったのだろう。自分の立場がなくなってしまうのが恐かったのだ。


「――居場所はきちんとあるから」


 まるで、尽すように行動するユエに告げる。

 この美しい魔物には帰る場所がない。だからこそ、今の居場所以外に、どこにも存在してはいけないような気分になる。そして、その場所ですら、いていいのかという不安が付きまとう。それは卑下の結果に付いて来たものだ。怯え、疑心暗鬼になる程に無限増殖する不安。

 だから、ここにいていいのだ、と示す。そしてこの場所だけが居場所じゃない、と教える。


「契約者が増えてもユエはユエじゃなきゃだめだ。代わりなんてないんだから」


 立場とか関係ない。

 俺とユエっていう関係以外に何もないから、

「吸血鬼も記憶喪失も関係ないただのユエだからこそ、隣にいてほしい」



「でも、標葉――」

「ここ、はいつでもお前の場所だ。永久保存。予約取りしたのはお前だ、キャンセルなんてさせないからな」

 言いかけたユエに反論は許さない。そんな弱気な言葉なんて聞いても意味が無い。欲しいのは、ただバカみたいな笑顔。変態な行動でいいんだ。悲しみも苦しみもなくていいとはいわないけれど、できるだけ笑って、楽しくいてほしい。


 ――だから、離れても大丈夫なのだ。

 本心では、昨日のように標葉を置いて行動もする。それは偏に他に興味が向いたから、でもあるけれど、標葉は今、仲間と共にいる。そんな安心感。

 周囲に人がいるから自分の場所がなくなるんじゃないか、という独占と自己の過小評価。でも逆に標葉は自分がいなくても問題ない、という雛を養うような庇護下からの移行による絶対の安心。

「お礼の一つもいえないのかよ?」


「――うん。ありがとう、標葉」

 微笑に華が咲く。


「しかし、話はそう簡単にいくものではないだろう?」


「――神!?なんでこんなところに……」

「魔王の支配下にない魔物の群が近くに出てな。勇者が遊びに行った。それを連絡しにきた」

 何かが違う。

 違和感は雰囲気。いや、存在そのものだ。

 瞳に宿るのは好奇心に満ちながらも冷めた見方をする、熱に浮かされたような熱さの瞳じゃない。冷静で冷酷。慈悲深さもない、神というより断罪官。幼子の癖に異様な気配を纏う。

「わかっておる。口調も見た目も自由自在なのだ、この存在は。多重神格者じゃからな」

 言って神は指を鳴らす。

「 っ」

 “書き換わった”――データが更新されたかのように、その姿は移り変わる。幼子から、少女に、少女から女性へ。そんな“ありえない”視界に瞬きすれば、そこにいたのは美女。

 妖艶にして冷たい鋭さを持つ美女。傾国。この世のものじゃない。――いや、だからこそ神。

「“アレ”は死神を追うという役目を持ったものじゃ。表に出ていたのもまたそういう理由から。しかしまあ、今我が出ている事は例外じゃて。最優先は世の流れを見守る役目」

 北欧神話を思い浮かべた。

ノルン三姉妹――未来を司るスクルド、現在を司るヴェルダンディ、過去を司るウルド。この神は差し詰め、“ウルド”……運命・宿命・死。

 そう考えれば、繋がった。テンは“スクルド”――義務と未来。そして彼女はワルキューレでもある。ワルキューレは戦女神であるとともに、死者を選定し、導く。

「勇者一人、サキュバス一匹、魔王一人、ウルフ一匹。……現在動かせる戦力はコレだけじゃ。お前はこの戦、勝つと思うかぇ?」


 ひた、と見据えられて。標葉は口を開いた。

「――勝つ。相手の戦力なんて知らない。けれど、一人でダメなら二人で。それがダメなら三人で。力を合わせればいい。諦めたら終わりだが、諦めなければどこまでも続く」

 標葉はこの世界が夢でないことを、もうわかっている。痛みも苦しみも、命が消える事だってある。だから安易に“勝てる”とも“戦え”とも言わない。それがどういうことなのか、その恐怖は標葉自身にも身に覚えがあるからだ。

 ――何よりも怖いのは、自分が、力を扱いきれないこと。扱いきれずに敵を倒せないこと、扱いきれずに人々を守れないこと、扱いきれずに……傷つけてしまうこと。怖いことだ、それは。身体が震え、恐怖に、そして恨まれることに……恐れを感じる。


「――“信じている”から?」


 温度のない瞳に見つめられ、標葉は背筋が凍るような気がした。

 それでも、瞳は逸らさない。気持ちは変わらない。偽らない心だから。折れない気持ち。

「アホらしいな。……しかし、いい答えだ」

 フッ――と微かな笑みが表情に浮ぶ。

 それに幼子(テン)の面影が過ぎって、標葉は安心した。

「敵は少数。群と言っても数体だ、バカたれめ。勇者が、世界を動かす力の持ち主がそんなものに負けるはずもなかろう」

 ……“遊びに行った”と言ってたな、こいつ。

「――しかし、忘れるな。ここは、お前の識っている場所だ」

 ……知識として、現実として、視覚として。どの“しっている”場所なんだろう?

「地図を見れば、最初から分かっていたろうに……」

「標葉……」

 ユエの心配の声が背中にかかる。


「ふざ――けんな。っだよそれ……!」



「認めたらよかろう。我は神じゃ、人間」

 ふっ

 小さい息を、生意気そうに、偉そうに、標葉が漏らす。

「上から目線だな。そんなに偉いのか、神は」

 標葉は、キャラなど気にしない。元々、あの場所得ない限り、標葉は自分を破壊した。無口で、言いたいことだけを紡ぐ。周囲に向ける興味や関心など、極少数で不快にならない限りは許容が広い。けれど、そんなものは幻想でしかないことを標葉は己自身に見ている。

 臆病で、勇気がない。自分を変える一歩を踏み出すことさえも恐れて、噂話に疎いのではなく聞かないように。人と係わり合いになりたいと思って、でも躊躇って。

 けれど、ここではそんな標葉を知らない。ここにいるのは、ありのままの標葉だ。

「偉いさ。人間が作った存在だ。願いが形になった存在でもある」

 だからこそ、この場を壊す存在を許さない。平穏を揺るがすこの場は、けれど嫌いになれない。ここにはユエがいる。カレルもサキもいる。他にも色んな奴らが暮らして、笑いあって、そこに自分も混ざっていられるなら――何も考えず、ムコウとコチラを行き来しているだけなら、問題は何もないのに。……神は追ってきた。

 そして真実を突きつける。


「人間を幸せにする義務がある。上に立つ存在は下にいる存在のために存在する」

 微かに、寂しそうに笑い、彼女は指を鳴らした。


「あの子を連れ戻すことが目下、頭の中占領してますです」

 幼子が一度現われ、けれど言葉を残して消える。困ったような顔だ。

「いつかきっと、姿を現すはずだからね、君の傍に」

 一瞬にして姿が。瞬間移動?

 それは憧れだ。そんなものがあったら嬉しい。学校に遅刻せずに行くためには必要なものだ。直前までゆっくりと寝られる。帰り道は、まあ、二人と帰る場合は歩いて、けれどそうでなければ出来る限り時間は短縮するために。どこでもドアではないけれど、某アニメの死神どもが使う瞬身という術やらなにやら。かっこいいじゃないか。何より、戦いにおいては有利に事を運ぶ。一撃離脱が戦闘では有効。少量でも時間をかければ倒せる。攻撃を受ける前に攻撃を。一を撃たれる前に二を。二を撃たれる前に十を。――素早さは必勝を生む。

「標葉」

 ゆっくり、できるだけゆっくり、振り向いた。ユエの泣き笑いのような顔が見えた。

 ……俺も、そんな顔をしているのだろうか。

 瞳は、覗き込めなかった。

 (――そんな現実逃避をしても、今更、意味がない)



「二度と、口にするな。――怒るぞ」

「嘘じゃない」

 低く、唸るように言えば素早く否定が帰ってくる。

「ここは現実だ。夢じゃないし、――異世界でもない」

 そしてユエは“携帯”を取り出す。カチカチ、と二三の動作後、標葉のポケットが揺れた。

(“携帯”だ。受信している)

 電話が掛かってきている。いつの間に登録されたのか、現代の、日本製の、携帯は『ユエ』と登録され、画面の中のアイコンが動き、鳴っている。

「……。ユエ」

 何も考えず、受話ボタンを押す。耳に押し付け、流れる機械音声を聞いた。

「君が生きる世界。生き続けなければならない世界。隠されていただけの真実」

 耳に入る声とユエの声は若干違う。けれど、同じ口調、同じ言葉。同じタイミング。

 ――話している。現代の携帯で、目の前にいるユエと、自分が。


「この世界には魔物がいて吸血鬼がいて、勇者がいて、魔族がいてハンターがいて、神がいて、魔王がいて、魔女がいて、死神がいる」

 吸血鬼と契約した。巨大ムカデのような魔物に襲われた。勇者と友になった。魔族のサキュバスに会った。神に付きまとわれた。魔王にも謁見して、――死神と、約束した。


「そして、その中でも君は特別な存在」

 契約者は限られる。

 契約を出来る器を持っている必要がある。魔力の素養。

 けれど、それだけならば稀なだけだ。けれど、高位の魔族は契約するのに、負担が大きい。死に掛けのサキュバスを養えるほどの魔力。高位魔族の中でも頂点の一族、吸血鬼に目覚めの血を与えるのにも――二人と契約するのも

(……尋常ではない)

「変わらない、事実」

 電話を切ったユエが近づく。標葉の手を取った。


「――俺、キレるっつったよな」


「そうだね、正確には怒るだけど」

 標葉は手の引かれるままに、ベンチへと歩みを進めた。


「……キレていいんだよな」


「うん、当然の権利だもの」

 隣をポンポン、と叩き座るように標葉を促しながら、ニコニコと笑顔で、でも若干陰のある表情で、確認する標葉に同意する。


「 っ」

 想いが、砕ける。


「声出せばいいよ、不満を言えないなら、態度に出せばいい」

 掻き抱くように、縋りつくように、目の前のユエに腕を回した。胸元に顔を埋めた。力いっぱい、隙間をなくすように、ユエに、密着する。


 ――崩れていく。

 目の前にあるものが、すべて。偽りのものだったと知る。

 それがどんなに怖いことか、自分は知っていた。あの時、一年半前に体験した。

 それでも、信じたくなくて、偽りに偽りを重ねて、どんどん圧迫されていったのに、それでも、自分は嘘を塗りこめていった。



「――本当は、知ってた」


 認めていた。単に、受けいれたくなかったのだと、気付かされた。すべて、自分が引き起こした。自分が中心だった。自分が原因だった。


「俺さ、昔、大事な人を殺しかけたことがある。本当は生まれた時から不思議だったんだ」

 本当は、分かっていたんだ。ずっと、昔から。

 早いうちの方が、まだ対処も出来たかもしれない。そのほうが傷も浅かったかもしれない。こんな、こんな胸が張り裂けそうな思いになることはなかったのかもしれない。

 それでも、幼かったから。

「何で俺は死なないのだろう――て」

 何度も死にかけて、でも生きてた。それも今考えれば俺を殺しに来てたのかもしれない。傷が付いてもすぐ治って、それはとても回復が早いなんてものじゃなかったし、掠り傷とかできたはずなのに無くなっていて、俺は俺が不気味で自分が恐かった。

 俺が連れ去られそうになった時、傍にいた香寿が人質になって、豊は傷を負った。なのに、


「――あの二人は今でも、俺の傍にいてくれるんだよ。変わらないんだ、前も後も」


 それがどれだけ嬉しかったことか。それがどれだけ悲しかったものか。痛みが胸を突く。



「最高の友達で大切な人たちなんだ、もう二度と傷つけさせないと思った」


 ――人を越える存在も、神の祝福も、多大な魔力も、俺はいらなかったのに……っ!


 わかっていた。いつだて、ユエの手は優しかった。カレルは明るく笑って、サキは支えてくれた。――背に回る腕は、温かく、宥めるように重ねられている。



「なんで、奪い合う?」

 こんなちっぽけな存在のために。

 力をもつ責任なんて果たせない。力は利用するものだ。平等にもなれないし、好き嫌いも多い。怒るし憎む。感情に反応するのが魔力なら、それを衝動のままに使う。俺は俺の欲望のままに行使する。あの時、人殺しになって、自分を嫌悪した。

「でも後悔だけはしてないんだよ」

 人の命奪っといて、何様だか。

 もっと冷静にいられたら……もっとマシだったのかも、しれないけど。


「アメリカや中国、ロシア、カナダ、オーストラリア……ここはどこだ?」



「――日本はある?」


「……名もない国」


 ――認めたくない心が認めた現実に、ポツリと落ちる空の悲しみ。それは少し前に見たものと同じで、空は繋がっているのだというのが本当なのだと理解した。ようやく、理解した。


「少し、向こうで整理したい」

「うん。――テン」

「……聞こえてるよ」

 声をかけて、ユエの背後に幼子が現われる。全知全能、という奴か。それとも千里眼か。


「行って来ます」

「うん、いってらっしゃい」

 けれど、どちらが家でどちらが外なのか、帰る場所はどちらなのか、それは判然としない。

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