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落ちる。落ちる。落ちる。

「契約するか、人間」

そう、持ちかけられたのは神無月の終わる一週間前だった。


「あー今日もだるぃぃぃぃぃぃい」

べたーと机に張り付くようにしてだらける。

金に染めた髪の毛が陽に照り、余計に暑苦しい。それを本人も自覚していた。

標葉(しんや)は茹だる様な暑さにすっかり参り、汗を額から流す。降参、といってもこの暑さは変わってくれない。

「確かに今年、暑いよな。あと一週間で11月になるっていうのに」

俺のダチ1号。一匹狼の喧嘩好き不良。更にイケメンさん。

「異常気象ですよ、これは!」

はい、第2号。オカルティマニアの天才眼鏡君。隠れ美少年。

しゅーりょー。

(……友達少なくないか、俺)

いやいや、これは狭く深くであって、別にこの年になって人見知りとか、そんなんじゃありませんよ。広く浅くよりかマシだろう、幾分。

「あーシャワー浴びて帰ろうぜ」

「おっ。いいな、そうするか」

水の冷たい洗礼を浴びるために飛び起きた標葉に対し、冷たい視線を投げる香寿(かず)。眼鏡の奥からの視線はけれど標葉には目じゃない。威力なんてその美少年振りからは感じられない、というのが本音。大きな瞳に睨まれても涙を溜めて見つめられているようにしか思えない輩は多いだろう。標葉もその一人。(ゆたか)はどうだろうか、と視線を向ければ香寿からは意図的に視線を逸らしてる。

(そうきたか……)

「僕に、またあれをやれっていうんですか」

低い声を無理矢理に出す香寿。

「帰るまでにまた汗掻くでしょうに」

「うー。そうだけどさぁ。一時的にでも涼しくなんじゃん」

下から見上げる視線に動揺したように標葉は視線を豊へと移した。

「……アイス買ってやるよ」

ポンと香寿の頭に手を乗せて宥める豊には標葉がこう押し通すとテコでも動かないと知っているからの行動だ。普段は不満だけ言って何をするにも無気力。

積極的とは正反対の性格で流れに任せたままピンチになることもよくある程の自主性のなさで、行動や意思を主張する事は皆無だ。

「……わかりました。チョコミント味ですよ?」

「はいはい」

「しゃわー」

背の高い豊を上目遣いに眼鏡の奥から見る香寿とシャワーとしか言わなくなった標葉に親心を抱えて豊は立ち上がった。二人も荷物を持って立ち上がる。

標葉の滅多に言わないわがままに振り回される二人だが、中でも豊は二人の宥め役を仰せ付かっている。これが日常なのだ。平和でくだらない、どこにでもある風景。

(あの夢、何だったのかな)

妙に現実感のある体験だった、と標葉は柄にもなく考え、けれど暑さに集中を途切れさせた。


「何時にもましてウザかったな、部長」

「それはこっちの台詞ですよ、バカ標葉」

「落ち着けって、香寿」

グチグチ言い始める香寿は被害者だ。責められるわけもなく、豊は言葉をかける。標葉が反論しないのは自分の言動のせいだと分かっているからだ。つまり、今回に限っていえばシャワー室を使う権限を持つ部長を香寿に口説き落としてもらった。

美少女のなりをした男子高校生である。いくら可愛くても、と思いつつそのオネダリには断れないのがモテナイ男の性。別に豊がやったって効果はありそうなのだが、如何せん、フォローは出来ても口車に乗せるということを豊は得手としていない。

(俺がやってもしょうがないしー)

無言で服を脱ぎつつ思う。標葉は自身の容姿に関して不満を持たない。けれど、だからと言って美形でもないのだから、と思っている。口には出さないのでそのことに関して誰も突っ込みを入れない。本来ならば標葉の容姿は見目麗しい、といって過言ではない。けれど標葉はこの学校ではある意味有名だ。だからこそ近寄らないし、彼女もできない。それを標葉は自らの容姿のせいだ、と思い込んでいるのだが。

「なーんでかな、友人の幅が広がらない」

ぼそりと呟きを置いてシャワー室に入っていく標葉を二人は溜息をつきそうになりながら見送った。気付かないとは何とも幸せだな、と感想を持ちつつ二人も個人ブースへと入っていく。

 標葉が恐れられている理由。1年半以上前のある事件からだ。高校入学式に始まったその事件は3ヶ月程続いた。けれど標葉は全く気付いていない。引き起こした当人だというのに自覚がなく、事件になっていることもしらない。まあ、過去のことだな、と豊は考えを断ち切った。

 標葉は沈黙し、壁に背を預けた。シャワーの音があるから誰もしゃべらない。肌を打つそれに耳を傾け、静かに、眼を閉じていた。

(契約、って何のことだ)

黒い衣装を纏い、目の前に降りたその存在は赤い眼を覗かせて、でも顔を見せず、ただ低い声で持ちかけた。深紅の柄に湾曲した漆黒の刃がくっついたそれを手に持ち、掲げ、標葉の首に宛がった。標葉は言ったはずだ、その時に首が微かに切れ血は漆黒に混じった。

 現実の標葉は首に手を当てる。そこには何の傷もない。けれど、触った瞬間に幻痛を感じた。

「何だったんだろう、あれは」

蛇口を閉じた時にきゅっと音がなった。シャワーの音が止む。他の二人はもう出たのだろうか。ブースから出るのに扉へ手をかけた。

(なんだ?何か、変)

そこには誰もいない。二人は外へと出たのか?ここには扇風機もあるのに暑い廊下へ?入る時には鳴った、扉の老朽化した悲鳴が聞えない。標葉は疑問を抱えながら己の服へと手を伸ばす。


《逃げて。神に見つかる前に》


耳元で、囁くような声。リィン――と鈴の音が鳴ったような気がして、振り返る。

 踏み出す。


(え――――)

 地面がなかった。ポッカリ、黒い穴。

(落ちる)

 体が斜めく。動揺し、何も動けないでいるのは自分らしくない。

 でも何かしようにも、出来ないのに気づいた。

 利き手に握っているのは服だ。自分はさっきまでシャワーを浴びていたのだから、勿論裸。この場合、どうなるとしても服を着ていなければ完全に変態だ。動けないし、誰かに見つけてもらうにしてもそんな格好ではいけないだろう。つまり、手は放せない。

 もう片方の手?そんなのもう、

(おちてるしぃぃぃぃいい――――!!)

 絶叫。けれど直ぐに終わる。

 どぽんん。

 標葉は穴の中、何か水の中に潜ったような膜を突き抜ける感覚に、気絶した。




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