召喚呪文「ニホンジンは知らないと思うが」
この世界は瘴気に満ちている。瘴気は、魔物や人々の負の感情から生み出され、それらは決して無くすことができない。魔物は狩れば良い毛皮や肉が獲れ、人の感情など無にすることはそれこそ現実的に考えて無理なこと。
しかし、瘴気を浄化しなければ、私たちにとって毒となる。私たちでは瘴気を浄化することはできない。その代わり定期的に異世界より浄化能力を持つ人を召喚することができる。召喚された人は聖人あるいは聖女と呼ばれ、浄化が完了するまで私たちの世界に滞在してもらう。浄化後は聖人聖女たちにも元々の生活があるから元の世界に還ってもらう。もちろん時間を調節して、召喚直後の時間に帰還できるように調節している。異世界から私たちの勝手な理由で人を招くのだ。それぐらいの配慮はすべきだろう。
それを繰り返すことで私たちの世界はそうやって生き延びてきた。
今回もまた同じように瘴気がだいぶ溜まってきたので、浄化してもらわなければならない。
私はある王国の宮廷召喚士として国に仕えている。宮廷召喚士となってもう数十年経ったが、毎度異世界から聖人聖女を召喚する召喚呪文だけはどうにも首を傾げてしまう。なんというか、それって呪文としてどうなのだと思ってしまう文言なのだ。それでちゃんと召喚される彼らも感心してしまうが。
「召喚準備完了しました。これより聖人聖女の召喚の儀を開始致します。」
『ニホンジンは知らないと思うが、我が国にはクラーケン吸盤の燻製ステーキというものがある。もっとも肉厚な胴体と大吸盤の塊を、世界樹のチップでじっくりと燻製したあと、豪快に直火で焼き上げた一品だ。外はカリッと、中は驚くほどジューシーで弾力のある食感が特徴だ。私のおすすめの食べ方は、一口目に何もつけずにそのまま食べることだ。これにより世界樹のチップが香る燻製の風味と、噛んだ瞬間に溢れ出るクラーケンの魔力という名の旨みエキスをダイレクトに楽しめる。そして二口目から白珊瑚のレモンバターソースと一緒に食べる。燻製のスモーキーさとバターのコクが調和し、レモンの酸味がクラーケンの脂っぽさをさっぱりと引き締めてくれてね、ペロリと食べられるんだ。食べ進めて味変をしたくなったときは、エルフの森から採れる朱美ペッパーをかけるといい。バターの濃厚さで少し口が重くなってきたところに、この赤いペッパーを1〜2粒、吸盤の空洞にポチッとハメて噛み締めるんだ。口の中でプチンとはじけた瞬間、フルーティーな香りと、柑橘系とは違うシャープな辛みが広がり、レモンバターのコクを劇的に引き締めてくれるんだ。今年はクラーケンが豊漁でね、私たちでどれだけ消費しようにもまだまだ底が見えないぐらいにはあるんだ。良かったらこの文言を聞いている君も食べに来てくれないか?』
長い長い召喚呪文を唱え終わったら、召喚陣は光を帯びて暫くして1人の人間を喚んだ。
本当に毎度のことながらこんな呪文でよく召喚できるよな。ニホンジンって凄い。
「初めまして、異世界より招かれし聖人様。私は貴方様を召喚した者でございます。突然のことに混乱なさっているかもしれませんが、まずは私たちのお話を聞いてください。」
「…ん?アレ?異世界っぽい飯テロが突然頭に響いたら、マジで異世界転移しちゃった系?めっちゃお腹空いちゃう飯テロだったけど。」
「はい。先ほどの文言は私たちの世界に伝わる召喚呪文でございます。とは言っても必要な文言は『ニホンジンは知らないと思うが』だけでして、あとは私個人の言葉でございます。」
「へーめっちゃ美味しそうな食レポだったよ。」
「ありがとうございます。私たちの世界にとって必要な聖人様はニホンジンでありますので。貴方様には聖人としてこの世界を浄化していただきたいのです。ああ、ご安心ください。危険なことはさせません。私たちの世界に誓いましょう。貴方様はただこの世界に暫くの間だけ滞在すればいいだけです。時が来たら元の世界に戻すことも約束します。勿論、そのときは貴方様を召喚した直後の時間に戻します。」
「すっごい至れり尽くせりだけど、俺って本当に滞在するだけでいいの?何にも出来ないよ。」
「はい、必要なのは貴方様が今現在も無意識に行っている瘴気の浄化ですので、本当にここにいるだけでいいのです。」
「本当にいるだけでいいならやるよ。それにちゃんと還れるみたいだし、この手の話でよく見る一方通行な異世界召喚じゃなさそうだもん。召喚士さん(?)の態度も誠実っぽかったし、俺信じるよ。」
「ありがとうございます。それでは早速クラーケン吸盤の燻製ステーキをお召し上がりになりませんか?聖人様は私の召喚呪文に釣られて、こちらの世界に来られたのです。他にも気になる食べ物があれば、滞在中は何でもお申し付けください。よほどのものでなければ、用意できるでしょう。勿論、食事以外でも必要なものがあれば、私たちにお申し付けください。」
「いいの⁈あの飯テロのおかげでお腹が空いちゃったんだよな。なあ、他にはどんな異世界飯がある?いろんなおすすめ料理を食べてみたい!」
「そうですねえ、ドラゴンとオークの肉を使用したハンバーグですかね。赤竜の涙のデミグラスソースとの相性が抜群です。」
そうして此度の聖人も三ヶ月ほど滞在し、無事に元の世界に帰還していった。やはり召喚するならニホンジンに限る。
嘗てこの世界に異世界人を召喚した当初、現れた聖女はこの世界の料理を拒否しあわや餓死寸前の事態にまでなったという。そうなる前に帰還させたが、彼女はイタリアジンだったそうで、クラーケンの料理を出した時には「悪魔の使いの料理を食べろと言うのか!」と激昂したらしい。それ以降も度々スペインジン、イギリスジン、アメリカジンと召喚して瘴気を浄化してもらったが、彼らは一様に私たちの世界の料理を拒否して食べようとはしなかった。
これには流石の私たちも困ってしまった。私たちの都合で喚び出したのだからせめて滞在中は不自由なく過ごしてもらうよう精一杯のおもてなしをしようにも、食事の時間になれば皆拒絶し、水以外何も飲み食いしないのだ。
しかし、あちらの世界の料理を再現しようにも召喚される人物は毎度違っていて、宗教上の理由や文化的な問題で、再現が難しい。
そんなとき、ニホンジンの聖人が召喚された。今までと同じように諦め半分で同じように料理を出したところ、恐る恐るといった風体だったが口をつけてくれた。そうして「え、意外と美味しい!」と喜んでくれたのだ。
そのニホンジンの聖人に今までの聖人たちの様子を語り、どうして貴方はこちらの食事を食べられたのだと聞いてみた。
「うーん。私が日本人だからじゃないでしょうかね?日本人って他の人と比べると食への興味が高い傾向にあるんです。他の人なら食べないものも私たち日本人なら平気で食べるってことも私の世界では知られた話なんですよ。だから今後は召喚するなら日本人に限定した方がいいんじゃないですかね。お互いのためにも。」
それを聞いた私たちもニホンジンに限定して召喚することに決めた。しかしながら、ニホンジンだけを狙って召喚できる呪文など思い浮かばない。だからその聖人にどうすればいいのか相談した。
「日本人だけを召喚したいなら、やっぱり飯テロですね!そうですねえ、枕詞に『日本人は知らないと思うが』ってつけて、皆さんのおすすめ料理をプレゼンするんです。そうしたら、興味を持った日本人を狙い撃ちできますよ。」
さて、次の召喚のために、今度は何をおすすめすればいいのか考えなくてはならない。呪文を考えるために宮廷料理人たちに新作料理を聞きにいって、味見をしなければ。




