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笑うトンネル

掲載日:2026/03/20

短編小説集

心霊スポットとして有名な廃トンネルに、四人で行ったのは八月の終わりだった。

 大学のサークル仲間。川田、森、沢口、それと俺。誰かが「行こうぜ」と言い出したのか、もう覚えていない。ノリで決まって、ノリで車に乗って、ノリで山道を登った。

 トンネルは、思ったより小さかった。

 明治時代に掘られた旧道で、新しいトンネルができてから六十年近く放置されているらしい。入り口に錆びた柵があったが、鍵はとうの昔になくなっていた。

 川田がスマホのライトをつけた。「じゃあ行くか」と言った。

 中は、思ったより静かだった。

 足音だけが響いた。水の滴る音がどこかからした。壁にスプレーで落書きがあった。先人たちが残した蝋燭の跡が、地面に黒い染みを作っていた。

 怖くなかった。正直、少しがっかりした。

 全長は百メートルもなかった。出口の光がはっきり見えた。

 森が「何もないじゃん」と笑ったとき、俺は出口の手前に、子供が立っているのに気づいた。

 七、八歳くらいの女の子だった。

 こちらに背を向けて、出口の外を見ていた。

 全員が止まった。誰も何も言わなかった。

 川田のライトが、その子の背中を照らしていた。白いワンピース。黒い髪。裸足だった。

 俺は「……子供?」と小声で言った。

 その子が振り返った。

 笑っていた。

 ただ笑っていた。それだけだった。なのに、俺は後ずさった。川田が「走れ」と言った。

 四人で、来た道を走って戻った。

 車に飛び乗って、山道を下りた。誰も喋らなかった。国道に出てやっと、森が「なんだったんだ」と言った。

 川田が「地元の子じゃないか」と言った。

 「裸足で、夜中に?」と沢口が言った。

 川田は黙った。

 俺は何も言わなかった。笑顔が、頭から離れなかった。怖い笑い方ではなかった。それが、かえって怖かった。楽しそうだった。まるで、かくれんぼで見つけてもらったときのような顔だった。

 家に帰って、風呂に入って、布団に入った。

 眠れなかった。

 深夜二時頃、スマホにメッセージが来た。川田からだった。

「なあ、あの子、出口の外にいたよな」

*「うん」*と俺は返した。

「出口から先、あのトンネル、崖だぞ」

 しばらく、既読がついた後に返信が来なかった。

 俺はその夜、地図アプリでトンネルの場所を調べた。

 川田の言う通りだった。出口の先は、柵もない崖だった。

 あの子は、崖を背にして立っていた。

 それから一週間後、沢口が言った。

「あのトンネル、調べたら子供の事故があったらしい」

 誰も、何年前か聞かなかった。

 聞きたくなかった。

 ただ俺はずっと、あの笑顔のことを考えていた。

 怖かった。

 でも、どこかで、あの子はずっとあそこで誰かを待っていたのかもしれない、と思った。六十年近く、誰かが来るたびに、出口の前に立って、振り返って、笑って。

 それが、怖いことなのか、悲しいことなのか、俺にはわからなかった。

 今でも、わからない。

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