笑うトンネル
短編小説集
心霊スポットとして有名な廃トンネルに、四人で行ったのは八月の終わりだった。
大学のサークル仲間。川田、森、沢口、それと俺。誰かが「行こうぜ」と言い出したのか、もう覚えていない。ノリで決まって、ノリで車に乗って、ノリで山道を登った。
トンネルは、思ったより小さかった。
明治時代に掘られた旧道で、新しいトンネルができてから六十年近く放置されているらしい。入り口に錆びた柵があったが、鍵はとうの昔になくなっていた。
川田がスマホのライトをつけた。「じゃあ行くか」と言った。
中は、思ったより静かだった。
足音だけが響いた。水の滴る音がどこかからした。壁にスプレーで落書きがあった。先人たちが残した蝋燭の跡が、地面に黒い染みを作っていた。
怖くなかった。正直、少しがっかりした。
全長は百メートルもなかった。出口の光がはっきり見えた。
森が「何もないじゃん」と笑ったとき、俺は出口の手前に、子供が立っているのに気づいた。
七、八歳くらいの女の子だった。
こちらに背を向けて、出口の外を見ていた。
全員が止まった。誰も何も言わなかった。
川田のライトが、その子の背中を照らしていた。白いワンピース。黒い髪。裸足だった。
俺は「……子供?」と小声で言った。
その子が振り返った。
笑っていた。
ただ笑っていた。それだけだった。なのに、俺は後ずさった。川田が「走れ」と言った。
四人で、来た道を走って戻った。
車に飛び乗って、山道を下りた。誰も喋らなかった。国道に出てやっと、森が「なんだったんだ」と言った。
川田が「地元の子じゃないか」と言った。
「裸足で、夜中に?」と沢口が言った。
川田は黙った。
俺は何も言わなかった。笑顔が、頭から離れなかった。怖い笑い方ではなかった。それが、かえって怖かった。楽しそうだった。まるで、かくれんぼで見つけてもらったときのような顔だった。
家に帰って、風呂に入って、布団に入った。
眠れなかった。
深夜二時頃、スマホにメッセージが来た。川田からだった。
「なあ、あの子、出口の外にいたよな」
*「うん」*と俺は返した。
「出口から先、あのトンネル、崖だぞ」
しばらく、既読がついた後に返信が来なかった。
俺はその夜、地図アプリでトンネルの場所を調べた。
川田の言う通りだった。出口の先は、柵もない崖だった。
あの子は、崖を背にして立っていた。
それから一週間後、沢口が言った。
「あのトンネル、調べたら子供の事故があったらしい」
誰も、何年前か聞かなかった。
聞きたくなかった。
ただ俺はずっと、あの笑顔のことを考えていた。
怖かった。
でも、どこかで、あの子はずっとあそこで誰かを待っていたのかもしれない、と思った。六十年近く、誰かが来るたびに、出口の前に立って、振り返って、笑って。
それが、怖いことなのか、悲しいことなのか、俺にはわからなかった。
今でも、わからない。




