タイトル未定2026/01/29 18:05
ある午後の日曜日。
暖かく、動けば汗ばむほどの陽気だった。
寝室でスーツに着替えたマスターは、リビングにに行った。
マスターの気持ちは沈んでいた。
誰が見ても、無愛想とわかる顔をしていた。
まさにbar「ジェシカ」とは違う、プライベートの顔になっていた。
今日は、数日前から父親に言われた「お見合い」に行く日だった。
リビングでは大門が入学式の時に着たスーツを着ていて、側で家政婦のまちこが見守っていた。
リビングに入ってきたマスターに、まちこが呆れた声で言った。
「坊っちゃん、もう少し笑顔になってください。それからそのスーツ、大門君の入学式の時に着たスーツじゃないの」
「これしかないんです」
平気で嘘をつくマスターに、まちこはため息をついた。
マスターは無愛想な顔から一転して、いつもの柔らかな表情で大門に言った。
「大門。着替えが終わりましたか?」
「うん!七海も入学式の時に着た服だ」
「今日は、一日お付き合いしてください」
大門は、大きく頷いた。
マスターが大門と一緒に玄関口に行くと、まちこもついてきた。
玄関口で靴を履くマスターの背中に、まちこは言った。
「坊っちゃん、今日がなんの日かわかっていますね」
マスターはまちこの問いには答えず、「行って来ます」と言って大門と一緒に出かけた。
マスターは歩きながら、大門言った。
「今から、昼間ボクが仕事をしている病院に行きます」
「病院?大門が学校に行っている時、七海は病院でお仕事をしているの?」
「はい。病院には、ボクの父親がいます」
「父親?」
「ボクのお父さんが、います」
「お父さん……?」
大門の父親は大門のことを息子とも思わず、好き勝手にやっていた。
その腹いせで母親は、大門に虐待をしていた。
恐怖から大門は、両親の記憶が一切ない。
大門の両親は、既に他界している。
とまどう大門の肩にそっと手を添えながらマスターは言った。
「ボクは、病院がある家で生まれて育ちました。今から、そこへ行きます」
大門は不安になったのか、黙り込んでしまった。
「ボクがついています。いつもの大門でいれば良いですよ」
「うん」
大門は、小さく頷いた。
そんな大門にマスターは、父親に会った時の挨拶を教えながら歩いた。
やがて、マスターが勤めている診療所が見えてきた。
マスターは大門を連れ職員通用口から入り、扉がついた靴箱に靴を入れ、自宅に通じるドアを開けた。
リビングでは、父親がソファーに座って携帯を見ていた。
リビングに入ってきたマスターに気が付き、父親は顔を上げた。
マスターは、父親に大門を紹介した。
「一緒に暮らしている大門です」
マスターの後ろに隠れていた大門は、ゆっくり前に出てきた。
「……初めまして、大門です」
そう言った大門は、マスターの後ろに隠れた。
マスターの父親はニコリともせず、軽く頷いただけだった。
携帯をしまうと、ソファーから立ち上がった。
「車を出すから、外で待ってろ」
返事も聞かず、リビングから出て行った。
マスターの後ろに隠れていた大門は、ずっとマスターの服を掴んでいた。
「父親は、ずっとあんな感じな人です。怖かっですか?」
「怖かった」
「大門は、ボクの側にいれば良いですよ。無理に、しゃべらなくていいです」
マスターの服を掴んでいた手を離した大門は、マスターの手を握った。
父親の態度がいつにもまして悪いのは、今日のお見合いに大門を連れて行くことをマスターは、条件に出したからだ。
職員通用口を出ると、外では既にエンジンをかけたままの車が止まっていて、運転席にはマスターの父親が乗っていた。
マスターは後部座席のドアを開けて、大門と一緒に車に乗った。
マスターと大門が車に乗ると、車は静かに動き出した。
誰も何も喋らず、道中車内は気まずい雰囲気が漂っていた。




