1話「私は…貴方様を信じておりました。」
この物語は、とある少年が神を信じなくなるまでのお話。
戦場とは、地獄である。
戦争とは、伏魔殿である。
腐った死体と新鮮な人型の肉片が無造作に
置かれ、血で赤みがかった大地に…
まるで地獄の釜の底のような戦場に…
少年は座っていた。
その足は地雷によって既に原型を留めていない。
戦うことも、逃げることも、目の前で殺されていく味方を庇って死ぬことも出来ない。
「神よ…何故ですか…何故なのですか…。」
少年が高く、細く、か弱い声で囁く。
「私は貴方に…貴方様に祈り、願いを捧げてきました。戦争の終結を…この国の繁栄と存続を…民達の、恒久の平和を…。」
敵の返り血と自分の血で赤黒く染まって見える曇天を見ながら、少年は自らの思いに馳せていた。少年の目に既に光は見えない、耳に音は聞こえない、鼻は何も匂わない。光を、音を、匂いを感覚として感じることはできるが眼前の惨状は【見えない】し【聞こえない】し【匂わない】のだ。
少年は戦場の情報をあえて遮断している。
故になにも感じない。
「どうして…なぜ、なにゆえ…救ってくれないのですか…。」
少年は同じことをひたすら繰り返し囁いていた。
神が自らの祈りと願いを聞き入れず、
戦争は終わらず
これから国は滅び
民は敵国に支配され、反逆する兵は殺される。
平和とは真逆の情景が眼前に広がっていたからだ。
撃ち殺され、切り殺され、突き殺され、叩き殺され、噛み殺される味方の兵達。
「撃てえ!撃て撃て撃て撃て!!撃ち殺せえ!!弾が尽きたら剣で切れ!突け!叩け!剣も尽きれば首を噛み千切れ!目に映る敵全員殺せえ!我が国の敵を!殺せええええ!!」
「う…うわああああああ!助けてくれ!殺さないでくれ!俺達の敗けだ!降伏する!降参だ!だから助けて…ガア!?…アアア…」
声が聞こえる。怒号と悲鳴と命乞いの声。
音が聞こえる。銃弾が脳天を貫く音、剣で肉が裂ける音、抉られた首から血が吹き出る音。
目に映る。怒りに満ちた敵と恐怖に呑まれた味方の表情、血まみれで倒れている人間と人間だった物達。
匂いがする。鉄に似た生臭い血の匂い、死に絶え腐り鼻をつんざくような形容しがたい不快な匂い。
こんなものを情報として処理するのは
余りに酷だ。全てを受け入れてしまえば
狂気の渦にのまれて正気を保つことは出来なくなるだろう。
「僕は…こんな情景を望んではいない。誰も望んではいない…。酷い末路だ…。ここはこの世の成れの果て…。僕たちの終わり…。信じていたのに…祈りと願いを捧げたのに…捧げ続けたのに…なぜ貴方様は無視するのですか。
私達は戦いなんて…望んでいません。人を殺すことも、殺されるのも…何も望んでいないのです…ただただ…平和でありたいと願っただけ…。平和を…平和を…」
「平和が…なんですって?」
少年の憂いの言葉を遮るように、
男の声が高らかに響き渡った。
「あらあら?随分とひっどーいザマになってるじゃない。ああ~こわこわ。なによその足、骨見えてない?ひえ~…あたしグロ画像って嫌いなのよねえ。モザイク処理必須だわあ~。うげ…まぢきっも~。」
「…」
見た目は筋骨隆々大男のくせに女性口調で意気揚々と喋る男。
「…何のようだ...男女」
「はあ…いい加減そのふざけた呼称はやめてもらえないかしら。失礼なのよ!あんたは!!私にはデレノア・ヴァレンティーノっていう素敵な名前があるのよ!失礼しちゃうわよまったく!!その綺麗な顔面!てめえのズタボロの足みてえにしてやろうか!ああんゴラア!!」
先程まで余裕たっぷりな態度だったデレノアが急に少年に怒り怒鳴り声をあげた。
「姿は男で口調は女、だから男女と言ったんだ。おまえもいい加減そのふざけた口調をやめろ。気色悪い。」
「るっさいわよ!あんたこそ姿は女で口調が男の男女じゃないのよ!何よその整いすぎてる顔立ち!逆に気色悪いのよ!キー!羨ま妬ましいわよまったく!!」
デレノアがさらに激昂する。
少年の容姿はデレノアが言う通りとても男とは思えないものだった。闇夜のごとく漆黒の長髪、海を連想させる深い青色の瞳。左右対称に整った色白の顔、身長は150cm程で筋肉によるゴツさまったく無く、その姿は美少女そのものだった。声もその容姿にピタリと合う小雀のさえずりのような可愛らしい声だった。
もちろん少年は男なのだが。
「その姿を見てると腹が立つのよ!何故同じ男なのにこんなにも違うのかってね!初めて見た時…あんたをまだ女だと勘違いしていた時でさえその容姿に!声が羨ましかったわ!男のくせになんなのよあんた男ナメてんのお!?」
「…何を意味不明なことを言っている。見た目なんてどうでもいいだろ。」
「はあ!?ふざっけんじゃねえわよこの天然記念物のくそったれが!あんたは見た目がいいからそんなこと言えんのよ!見た目がいいから!ハイ大事なことなので2回言いました!ただしイケメンに限るみてえな台詞が私はいっちゃん嫌いなのよ!」
男でありながら【美しく可愛く強い素敵な女性】になることに憧れているデレノアにとって、何の努力もせずに美しい容姿と声と強さを手に入れている少年は妬みと怒りの対象以外にならなかった。そんなことは露知らず少年はデレノアの怒りの理由を皆目理解出来ずにいた。
「…あんたには随分と苦しめられたわよ。主に私のか弱い心がね。でもそれ以外に、何度も私の国の兵士達があんたに殺された。まったくひどい話よね。あんたが無惨にも殺した兵士の中には私が目を付けていたハンサムやイケメン達がいたのよ!イケてるメンズは国宝と同等!というわけで国宝損壊罪であんたを今からぶっ殺しちゃいます。覚悟はいいかしら?私は出来てるわよ?【戦争の血鬼】ちゃん?」
デレノアの周りの兵達が一斉に少年に銃を構える。
「…死ぬ覚悟は初めて人を殺した時から出来ている。地獄に堕ちる覚悟もだ。皆自分と誰かのためにお前達と戦った。殺される恐怖を乗り越え戦い抜いた。そして…死んだ。僕もその一人…平和を願い戦って死ぬだけ…なんてことはないさ。せいぜいひどい殺し方をするといい…今まで殺した人々の苦しみは全て受け入れよう。」
少年がか細い声でデレノアのふざけ交じりの問いに答える。その目には一切の光が映っていなかった。少年はデレノアの国から【戦争の血鬼】という名で恐れられていた。
人間とは思えない鬼のような形相で単身敵部隊に突っ込み、次々と敵を皆殺しにしていく様からついた異名である。その姿は敵だけでなく味方おも恐れさせていた。
「あら、随分と潔いわね?化物のくせに物分かりがよくて助かるわあ。ちょっとしらけちゃうくらいに。最後に何かないわけ?仲間がどうとか、お前を呪ってやるうとか?死ぬのよあなた?最後に何かして残そうとか思わないわけ?」
少年の死を受け入れる態度に呆れたデレノアがさらに問う。
「別になにもない。今から僕は殺されて、残りの兵も殺されて、国は侵略される…。国民達は家族と自由を奪われたことに涙し絶望し、平和が消えて無くなるんだ。それで終わりだ。僕はずっと願っていた。お前達と戦い初めた時から。戦争の終結を…国の存続と繁栄を…民達の恒久の平和を…。だがどんなに祈りを捧げても神様は願いを聞き入れては下さらなかった。戦争は結局終わらず、国は支配され、兵も民も多くは殺され平和ではいられなくなる。もう何もかも終わりだ…何もかも…。」
少年の顔には何の感情も現れていなかった。
ただひたすらの虚無を表現し、曇天を見上げていた。
「…あっそ。情熱的じゃないわねえ…。ほんっと嫌いだわあんた。見た目も中身も大嫌いだわよ。ホントに…。くだらないわねえ。」
デレノアが少年のもとにスタスタと近づき額に銃を突き当てる。デレノアは先程までの怒りが消え、とても冷徹な態度で少年を罵った。
「あんたは特別な人間よ。アルフレート・ノーゼンベルク。出生も見た目も戦闘能力も何もかもあんたは他の有象無象どもとは違う。ねえ知ってる?あんたの異名は【戦争の血鬼】だけじゃないって。それはあんただけの【ネームド】。それ以外にね、いんのよ。あんたのようなありとあらゆる面で通常の人間の能力をはるかに上回る人型の化物が。私達はそいつらを【神人類】と呼んでいるわ。あんたが失望してる神に選ばれた人類ってね。だからあんたの討伐にも神人類の研究をしている私が選任された。そして、人の感情や殺気を感知し動きを予測して銃弾を避けまくるあんたに対して、感情も殺気もないただ仕掛けてそこに置かれていた地雷であんたを今こうして戦闘不能にしている。これがどういうことか分かるかしら?ボーイ?」
「……わからない。」
「……あっそ。」
少年、もといアルフレートの答えを聞いた瞬間デレノアは。
ズダン!っとその額に一発の銃弾を放った。
「そんなこともわからないなんてね。ホントにもったいないわよ…ホント宝の持ち腐れ…。」
「ガア…!はぁ…」
頭から生暖かい血が吹き出す。体の制御が一瞬にして利かなくなり、目の前が赤黒くなって意識が薄れていく。今まで食らった銃弾の中で一番気持ち悪い感覚にアルフレートは飲み込まれていった。
「んあ…はあ…があ…あう…。」
「おい、何だアイツ…銃弾を頭に食らったのに、
まだ生きてるぞ…。」
「あんなにもがいて…あれ死後の反射行動…とかじゃないよな…。一体なんなんだ…。」
頭を撃たれ、地面に倒れこみ手をもがき動かすアルフレートに対して、デレノアの側にいた兵達が恐れを抱きざわつき始め、銃の構えを解いてしまう。
「Shut up!!わめくな馬鹿ども!!」
デレノアのその強烈な一言で辺りに沈黙が訪れ
アルフレートの呻き声のみが辺りに響いた。
そしてデレノアが兵達に怒り叫ぶ。
「まったく肝の小さいやつらね!男ならどんな時でも胸をはりなさいよ胸を!男は度胸って言葉を知らないのかしら!!この小心者どもが!男ナメてんの!?
相手は神人類よ!私達と同じ基準で物事を考えるんじゃあない!【戦争の血鬼】!化物として考えるのよ!いいわね!!」
「は…はい…申し訳ありません。ヴァレンティーノ隊長…。」
「以後…気を付けます…です。」
デレノアの激昂に圧倒されて謝罪する兵達。
「うんうんいいわあ。分かればいいのよ分かれば。戦場で動揺することは死を意味するわ。どんな時でも冷静に状況を理解することが生き残る秘訣なのよ。この状況だって想定外だけどなんら問題はないわ。これが神人類としてのあの子の能力なのよ。これまで研究してきた神人類にも特殊な能力を持つものはいたわ。時速200km近い速度で走る者、体を鉄のように硬化させる者、果ては電気を放つ者まで。あの子の能力はいわば、【完全再生】。
みんな見なさい!あの子の足を!!」
デレノアに言われもがき苦しむアルフレートの足をみる兵達。そこには、地雷によってふくらはぎまで吹き飛ばされたはずの両足が再生していたのだ。
「う…!何だ!?足が…足が治ってる!?」
「馬鹿な!!完璧に吹き飛ばしたはずだ!?さっきデレノア隊長と話してる時は"ああ"なってはいなかったはずだ!?」
アルフレートのあるはずのない両足を見て驚くデレノアの兵達。
「excellent!素晴らしいわ!今までにないタイプの特殊能力!一体どんくらいのスピードで細胞分裂してんのよ!まさか脳まで再生するとは!コンディションによっては、最もてこずった相手だったでしょうねえ。ホントにもったいやつよあんた!!」
「んあ…があ…なん…の…ことだ…!がっ…」
デレノアが歓喜するなか、アルフレートが脳を再生し意識を取り戻す。
「あら、もうしゃべれるの?凄いわねえ。コミックに出てくるヒーローにでも出会った気分だわ。お次はなあに?手から鉄の爪でも出すのかしら?」
「うる…さい…!があっ…はあ…はあ…はあ…!!」
「随分と気分悪そうね。脳を再生した影響かしら?それとも、完全に再生できていないからかしら?その状況じゃあ結局詰みね。一斉射撃でこんどこそThe Endってやつにしてあげるわ。ハイみんなもっかい銃構え!」
再度アルフレートに一斉に銃を構え始めるデレノアの兵達。
アルフレートは会話ができるほど意識が回復したものの、言葉では形容できない気持ちの悪い感触に侵されていた。視界が歪み、動機と吐き気が止まることを知らない状況だった。
「あんたの敗因を教えてあげるわ。なぜこうなってしまったのか?冥土の土産に教えてあげるわよ。あんたはねえ、恵まれてたのよ。ここにいる敵味方の誰よりもね。銃弾を避けるほどの身体能力!脳を撃たれても生き続けられる再生能力!第六感による感知能力!何よそのスペックチートじゃない!!FPSゲームじゃあ即チーター扱いでBANよBAN!!あんたみたいなやつ存在すること事態あたし達にとって害悪だわ!ゲームナメんじゃないわよクソチート!」
「んえ…げほっげほっがはっ…」
意気高々にアルフレートの敗因を語り出した
デレノア。しかしゲームの存在事態知らない当の本人には全く理解できていなかった。
デレノアの言葉にくすくすと笑い出す隊員も
数人いた。
「あんたは私達を殺せたわ!そんなスペックしてるんですもの当然よ!今まで何部隊何人あんたのせいで失ったことか!普通にかち合えば負け確のクソゲー…。だからあたしは考えたのよ!どうすればあんたに勝てるか!あんたのことをずっと観察していたわ。斥候を通じてね。ただの斥候じゃあないわ!自身の姿、音、気配を消せる神人類の斥候よ!あたしの大事な側近の一人、スラム中で泥棒してたガキん時になんとか捕えて教育したこの世で最も見つかりにくいあたしの最高傑作の一人!でてきな!エアリス!!」
デレノアの号令とともに何もない空間からいきなり人間が現れた。血生臭い戦場にはとても似合わない綺麗な少女だった。
「彼女の名はエアリス!あんたと同じ神人類で特殊能力は【存在隠蔽】!自身から発するあらゆる情報を外部から遮断することができるのよ!よって彼女の姿も音も気配すら誰も感じることは出来ない!これほどまでに完璧で究極な斥候がどこにいるかしら!まさに斥候界のアイドルってやつよ!!」
「それどんな例えですか?マスター。」
デレノアのおかしな例えに冷静にツッコミを
入れるエアリスという少女。
髪は金色の長髪、翡翠色の瞳で容姿端麗、
何より特徴的だったのは耳である。丸みがなく
長く尖っている形をしているのだ。
「ちょっとエアリス、そのマスター呼び止めなさいよ~。いつもみたいにママって呼んでちょうだいなあママって。」
「私のかっこいいキャラがブレブレブレーメンなので、いきなり秘密を暴露するのは止めてくれませんかママ。後ろの兵隊たちの目が突き刺さります。今日の晩御飯はオカズ抜きですよ。」
「あらやっだあ~。反抗期~。かわいいわあ~。さすがあたしの娘。もさいっこ☆」
現れたとたんいきなり和気あいあいと親子喧嘩を始めたデレノアとエアリス。それを見て周りの兵士たちは若干の困惑を覚える。
「そんなことよりマス…ママ、今は眼前の敵の対処をしましょう。どんな時でも冷静でいろと兵達に言っていたではありませんか。窮鼠猫を噛むと言います。追い詰められた獣ほど何をするか分からない…だから!」
「待ちなさい!エアリス!!」
装備していたダガーナイフを喧嘩交じりに突如取り出し、アルフレートの脳天めがけ投擲しようとするエアリス。そしてそれを制止するデレノア。
「まったく相変わらず落ち着きのない娘ね。まだあの子とは話の途中なの。そんなに心配せずともあと少しで殺させてあげるからステイしてなさい。あの子はみんなで殺すのよ。いいわね。」
ギラリッと目を細め声の度合いを低くし、エアリスに威嚇しながら指示するデレノア。
「……了解です。ママ。」
数秒静止した後、デレノアの指示に従い武器を納めるエアリス。二人の関係は親子のようだが、明確な上下関係があるようだった。
「ありがと。良い子ね。そんな子にはご褒美として今日の夜は最高級のガトーショコラをプレゼントしてあげる。ワンホール丸々あげちゃうわ。オレンジジュースも一緒にね。」
「ぶふぉお!ええ!!ガトショコ!?オレンジくれるの!?やったあ!!わあいわあい!!イエーイ!!」
ガトーショコラとオレンジジュースという単語を聞いたとたん、先程まで冷静だった態度が一変し誕生日プレゼントをもらった子供のようにエアリスがしゃぎ出した。その態度の変わり様を見てその場にいたデレノア以外の人間が全員驚愕する。
「エアリス!ガトショコとオレンジ大好き!!ありがとママ!!ありが………はあああああ!?」
好物の入手が確定し完全に浮かれていたエアリス。唖然としているデレノアの兵達を見て我を取り戻したようだ。
「あ…ああ…ああああ…!」
かすれそうな声を出しながら顔がどんどん真っ赤になっていくエアリス。
「うわあああああ!!見るなあ!見るなああ!私を!見るなああああああああ!うわあああん!」
「あ〜あ…キャラ崩壊もいいとこね。クールキャラに憧れてキャラ作りするならもっと徹底しなさいよ。本来の性格としては間逆なんだから、ちょっとのヘマでこのザマね。ジャッパンのアニメとマンガを見せすぎたわ。どうしてみんなニンジャに憧れるのかしら。クールキャラなんて私から見たらただのコミュ障よ。何考えてんのか表情と言動から読みづらいから嫌いだわ。」
本性を見せてしまうエアリスに呆れかえるデレノアと見てはいけないようなものを見てしまい困惑を隠せないデレノアの兵達。エアリスは自身の姿を【存在隠蔽】の力で隠しどこかへ行ってしまった。あたりに数秒の静寂が訪れる。
「はいはい。お茶の間の戯れはこれで終了。かわいい娘の紹介も済んだし話を戻しましょ。エアリスを通してあたしはあんたの間抜けな行動をずっと見ていたわ。言われるがまま戦って、言われなくても神に祈ってたわね。何も考えずに。まずそこがダメダメなのよ。あんたはだあれ?神人類でしょ。自分がまわりの有象無象とは"違う"ということは分かっていた筈よね。なのにずっと同じことを繰り返していた。敵を殺して、神に終戦だの平和だのを祈りふけってまた明日殺してって。まるで機械みたいだわ。AI積んでる機械の方がよっぽど面白いことしてくれるわよ。ホントくっだらないわ。」
「……。」
静寂を切り開いたデレノアの言葉をアルフレートは地面に伏しながら聞いていた。
失った両足は指先まで完全に再生し脳の損傷もほぼ再生した。意識が明確になり吐き気も動機も収まった。戦える状態まで回復したがアルフレートは動かず聞いていた。
「神に祈る?で、どうなったのよ?神様は何かしてくれたのかしら?ずっと祈ってくれたあんたに"ナニカ"を!いいえ何も!!NO!NO!NO!
何にもしてくれない!何もなかったじゃない!何にも変わらないじゃない!!いつまで祈ってんのよ!3日祈って願って何にもなけりゃあガキでも察するだろ!神なんかいないって!いたとして何もしないって!なのにあんたは変わらず同じことを今朝まで続けていた…。はあ…言語化するとほんっと馬鹿よねあんた。少しは頭使って考えなさいよヴァアカ。」
「………ちが…。」
「違くないわよクソバカがあ!!」
アルフレートの反論を許さんとばかりに
デレノアが糾弾する。
「神なんかいやしねえのよ!あんたの信じているものは全てまやかし!どんなに祈っても願っても天から光が指すことなんてない!摩訶不思議な力で空から舞い降りて汝の願いを聞き入れたなんて事は言ってこない!だって!いねえんだもの神なんて!!いなかったでしょ神様なんて!!なぜ自分でどうにかしようとしなかった!あんたほどの力があれば戦況なんてあっという間に逆転できたのよ!強くて死なないんだもの!もっと仲間達と協力しあい、自身の能力を!戦況を理解しあんたを中心とした作戦を立て実行していけば確実に"こう"はなっていない!あたしは苦戦し、兵だってここまで失うなんてことは無かったでしょう。だから散々もったいないって!宝の持ち腐れだって言ってんのよ!ヴァッカ野郎が!!こうなったのは全部!あんたのせいよ!」
「…………。」
デレノアの言葉にアルフレートは困惑していた。自分の今までの行動全てを真っ向から否定された。
しかし、それに対しての反論が思い浮かばないどころか、肯定している自分がいるからだ。
確かにずっと祈り願っても今日の今まで神は姿を見せなかった。囁き声すらも聞こえなかった。
ずっとずっと願った。毎日欠かさず祈っていた。しかし何も起きなかった。それは何故か?
【神】なんてものは、最初から存在していないからではないか。
自分が他の人より違うことは知っていた。所謂【普通の人間】は、発射された銃弾を避けることは出来ない。骨が見えるほどの怪我を負っても数分で傷跡残らず回復することはない。防弾服を着ている兵相手に防弾服ごと手刀で腹を突き刺し貫通出来るほどの腕力を持っていない。それ故【戦争の血鬼】なんて名前で恐れられてきた。自分が他と違うのは、神様が力を与えてくれたからだと思っていた。だから戦った。
誰よりも最前線へ突撃し、一人でも多くの敵を殺した。仲間の兵が殺されないように、敵兵を殺して心を病まないように殺しまくった。
自分だけが傷つけばいい。誰にも頼らず自分だけが頑張ればいいと思った。
その結果が"これ"だ。アルフレートが地雷により戦闘不能になった途端味方の兵が次々とやられ始めた。兵達は油断していたのだ。アルフレートがいるこの戦線はいつも余裕だったから。
黙っていても敵が殺されていくため邪魔をしないよう塹壕に隠れているか、敵の注意を引くだけでよかった。それ程までにアルフレートの強さは圧倒的であり依存せずにはいられなかった。
(僕は…間違えたのか?神様なんて…いなかったのか?僕のせいで…みんな死んだのか?これから死ぬのか…?僕のせいで…。)
アルフレートが荒い息を吐きながらひどく動揺する。今まで最善と信じてきた行動が最悪の結末を招いてしまったのだ。もっと違う行動を、選択をしていれば良かった。ああしていていれば、こうしていればと一気に後悔の波が押し寄せ絡み付いてくる。
「ぼ…僕はみんなを、一人でも多くをたすけ、助けてあげたくて…だから神様に祈って、戦って…そして…」
「そして、誰も助けられず神には助けてもらえずこれから死ぬ。…なんて顔してんのよ。かわいい顔が台無しだわね。」
「……。」
「違くないでしょ。それが真実。あんたが守ってきた仲間はみんな死んだわ。誰も守ってくれなかったからね。祈りを捧げた神様もなにもしなかった。どんなに惨たらしく殺しても叫び声しか聞こえなかったわあ。私と同じでグロいの嫌いなのかもね。おたくの神様は。」
「………!」
デレノアの言葉により今まであえて遮断していた"背景"に、意識が向き始めてしまったアルフレート。地獄のような景色、音、匂いが感覚器官に伝わってくる。
「っはあ…はあ…はあ…はあ…ああ…あ…。」
鼻をつんざく生臭い鉄の香り、小さく冷たく鳴る風の音と呻き声、赤黒い大地と…かつて味方だった大地に倒れている物体(人間)。それを見て
思い出す。自分が今座している場所がどんな所だったのか。
「ああ…あ…エリック、ミルズ、ドレイク隊長…。あああ…ああ…ああああああああああああああああ!!」
仲間の死に様を見て涙し、絶叫するアルフレート。視界に入った仲間達とは決して深い仲だったわけじゃない。化物と恐れられたこともある。しかし彼らには家族が、友人がおり、帰る家があった。この戦争が終わったら結婚するんだと将来に希望を持つものもいた。それだけでアルフレートにとって彼らは守るべき大切な存在だった。家族も友人も帰る場所もなく、生きる意味も幸福も知らない彼にとって、その全てを持っている彼らはとても輝いて見えたから。
しかし眼前にあるのはその輝きが消えた未来も過去もない抜け殻だ。それが何よりアルフレートの心を抉る。
「あら、今になって泣くのね?つーか、仲間の死に泣けるくらい情熱的なとこあったのあんた。いいじゃない。そこは素敵ね。大方、あえて"意識"していなかったんでしょうけど、現実逃避はダメよ。ちゃんと見なさい。この有り様を。あなたが招いた結果をね。」
「くう…!う…うるさい!黙れえ!!こうなったのは全部!お前のせ…!」
「あんたがまともにメシ食ってたら、たぶんあたし達負けてたわよ。」
「………え?」
様々な負の感情に呑まれていたアルフレートを一言で一蹴したデレノア。
「…な…何を…言っている…?」
「さっき言ったわよねあたし。コンディション次第であんたは最も手こずる相手だって。あんた、自分の食料を他の兵士達に配っていたでしょ。いらないっつって水だけ飲んで、食事は1週間に1食だけ。エアリスを通して知っているわ。そこが良くなかった。本当に良くなかった。」
「………。」
アルフレートは配給や奪った食料のほとんどを
兵達にあげていた。食料の配給が滞り腹が減ったとぼやく兵達の姿が可哀想でならなかったのだ。
戦時下でまともな量の食事をとれるのは最初だけ。戦いが長引けば国民は疲弊し生産力が低下し兵達の食料も減る。戦争が始まってもう6ヶ月を超えた。デレノアの国が一方的に宣戦布告し始まったこの戦争。目的は豊かな鉱物資源だった。アルフレートの国は戦争当初から防戦一方で戦線を維持するだけで精一杯であり、時と共に侵略される国土を広げ今では4分の1程度を奪われてしまった。
「あんたの能力は【完全再生】。能力の詳細は恐らく、超高速の細胞分裂による再生と健康状態の維持。再生能力は四肢欠損や脳の損傷すら完璧に修復するほど自由度が高い。恐らく常時発動型で傷ついた瞬間にその部位が爆発的に治癒される。ってところかしらね。能力発動に必要なのはエネルギー。つまり食事ね。だけどあんたは周りの雑魚どもを気遣って愚かにも食事をほとんどしなかった。恐るべき馬鹿だわね。あんたがたらふくメシ食って万全の状態なら、再生する力と速度は今の比じゃなかったでしょう。地雷で足を破壊しても、瞬く間に完璧に再生し何食わぬ顔で私たち襲いかかったきたていたはず…ほんっと…ほんと恐ろしいわあ。言語化するんじゃなかったわブルっちゃう…。」
デレノアは冷や汗混じりにアルフレートの能力を解説した。エアリスを通して彼の能力を調べていたデレノア。能力を知った当初はとても恐怖した。神人類の身体能力、武器を頼らずとも高い戦闘能力、傷を瞬時に癒す再生能力。こんなのを相手にしなくてはならなかったからだ。
「あんたは強いわ。能力も戦闘向けよ。戦いは強いものが勝ち生き残る。だからあんたは今まで生き残った。だがあんたは弱っていた。弱者を生かそうと自分を犠牲にしたから。だからあんたは弱者のあたしに負けて、あんたにすがっていた弱者は死んだのよ。あんたさえ強いままなら…私の手札じゃ良くて相討ち、悪けりゃ全滅だったわ。ああ、こわこわ。汗止まんねえわまったく。お化粧崩れちゃう。」
「ママ。さすがにこんなガキに私が負けるイメージがつかないのですが。」
デレノアの横にいきなり再び姿を表すエアリス。
「ちょ!?エアリス!驚くからいきなり現れんじゃないわよ!ったく、あんたじゃ相性悪いわよ。神人類といってもあんたは女で戦闘経験もないわ。真正面からあれと戦っても殺しきりゃしないわよ。あんたは斥候と暗殺がベストよ。いいわね。」
「ぶー。ママの意地悪。私だってもっと派手に戦いたいのに~…。」
「……僕が…」
「ん?」
デレノアとエアリスと再度痴話喧嘩を再度始めそうだった時に黙っていたアルフレートが口を動かした。
「僕が万全の状態なら…お前達に勝てたのか…。」
「ええ。勝てたわおそらく。戦いとは【個々の強さ】と【数】と【道具】で勝敗が決まる。今回私達が勝てたのは、あんた達より数と道具の点で上回っていたからよ。個々の強さではあんたが優勝。弱ったその状態でもね。真正面から戦えば、あんたならこちらの数を軽く蹴散らせる。だから地雷という道具を使った。道具は弱者でも強者を倒せる切り札よ。でも、あんたが万全の状態なら、道具なんてお構い無しの強さを持っていたら…負けてたでしょうね。」
「……そうか。」
「そうよ。せめてあんただけでも強いままなら、あいつらは小腹を空かせるだけで生き残れたかもしれない。戦争はあたし達が今勝っているけどあたしを倒し、指揮系統を失ったエアリス達神人類の側近を倒し、他の有象無象共を倒し続ければ、戦争はあんた達が勝っていたかもしれない。みなもしもの話だけど、あたしさえ倒せれば可能性は十分あったでしょうね。」
「…そうか。僕がするべきことは…神に祈り平和を願うことではなく、空腹を我慢せずご飯を食べることだったのか…。馬鹿げた話だな…。まったくもって度しがたい馬鹿だな僕は…。ははは…はは。」
「あら、初めて笑ったとこ見たわあ。ま、呆れ笑いってところでしょうけど。さて、もう終わりにしましょうか。」
「ああ…そうだな。終わりにしよう。」
自らの行動が守るべき国を、民を、兵を陥れてれてしまったことに呆れ返り、ついには笑ってしまったアルフレート。体は力尽きたように脱力し、心は不思議と穏やかな状態となっていた。
まるで、体が死を受け入れた準備が出来たかのように。
「神って、いなかったんだなあ…何にもしてくれないんだなあ。ああ…神様…。私は貴方を…貴方様を……。」
赤黒かった曇天が晴れ、少年に一筋の光が差し込む。その姿はまるで、神から天の祝福を授かっているようだった。
そんな綺麗な空を見て、最後に一粒の涙を流し
乾いた笑顔で少年は言う。
「信じておりました…。」
戦争とは人間を鬼に、悪魔に変えてしまう。人同士が、人ならざることを平然と行使しあってしまう。殺したり殺されたり、騙したり騙されたりする。故に戦争とは化物ひしめく伏魔殿なのだ。そんな化物達が生み出すのものが戦場であり、地獄なのだ。そこには神などいない。いくら祈ろうとも願いを叶える者などいない。それは"神"という存在が始めから存在していないからなのか、それとも愚かにも戦争を行使し、戦場を生み出す人間に失望し、姿を見せないだけなのか。
それは我々ではどうにも図りしえない。
「…神って、何なんでしょうね…。一体何人騙せば気が済むのかしら。」
「全くです。散々"いる"とは言われているくせに、姿は一切見せず何の力の行使も協力もしない。でも何故か"いる"と言われ続けている。絶対いねえですよ神なんて。」
「そうね…。あたし達もかつては彼のように、神を崇拝し祈っていた。幸福に生きることを願って。違いは、死ぬ前に神などいないと気づかされたこと。世界は広く、人には可能性がある。神への盲信がそれを蝕み尽くしてしまう。宗教なんてただの集団洗脳よ。国際問題になるからこんなこと軽々しく言えないけど。」
「ネットで見ましたよ。スタイリッシュ国際問題ってやつですね。」
「うっさいわよ。」
兵達の一斉射撃を受け身体中に風穴が空き、血塗れになった笑顔の少年の死体を見て、デレノアは哀れんでいた。彼もまた、神という虚ろな存在に自らの願いの全てを委ねてしまったばっかりに、何も叶えることなく虚ろな眼をして死んでいったからだ。神を狂信したものの末路はいつも胸糞悪い。皆最期は何故か笑って死んでいく。嬉しくも楽しくもないくせに笑っているのだ。デレノアがこの世で最も嫌悪する顔で死んで逝く。自分もエアリスもかつてはこうなりかけた過去が脳裏に流れ、より不快感が増す。
「さ、やることやったし撤退よ。死体は回収なさい。解剖して能力の詳細を分析するわ。新時代の再生医療を生み出せるかもしれない。仲間に出来なかった分最大限利用するのよ。いいわね!」
「はい!デレノア隊長!!」
「やったあ~♪今日はガトショトとオレンジ~♪いっぱい食べるぞお♪」
不快な気分を振り払い、アルフレートの死体を持ち帰るよう兵に指示するデレノア。ご褒美のガトーショコラとオレンジジュースを心待ちにするエアリス。戦いは終わったのだ。これから
アルフレートの国はデレノア達によって滅ぼされる。一方的な侵略が始まるのだ。デレノア達の戦いは続く。だがしかし、それはまた別のお話。
「ねえ。もし、来世なんてものが存在して、生まれ変わるなんてことが出来たら…神なんて信じんじゃないわよ。あんたはきっと生まれ変わっても特別なやつだと思う。なんとなくそう思うだけだけど。生まれ変わってもまだ誰かを守りたいと思い続けていたなら、あんたが神に成り代わってその誰かを守りなさい。どんな手を使っても。あんたならきっと、それが出来るわ。」
アルフレートの死体を見て囁くデレノア。
その顔は哀れみと優しさを表現していた。
アルフレート・ノーゼンベルク
享年15歳。
最期まで誰かを想い、神に祈り、平和を願い戦った小さな英雄は、その眼を閉じたのだった。