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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

流浪汉

山中の講堂に集まった信徒達は、固唾を飲んで私を視る


私の立つ演壇は円形をしていて、総ての方向を座席に囲まれる位置に在る

聴衆の人数は夜闇の中で、千にも万にも私の眼には映っていた



開け放たれた窓からの風が、頬を撫でる

この夜の雰囲気が私は好きだった


虫の音だけが聞こえる

幾つかの蝋燭の揺らめきが厳かに人々を照らしている

なんとなく、「美味しそうだな」と私は思った


信徒達は一様に救いを求めていた

良い夜になる気がした


今夜は始まって以来、最大の法会(ほうえ)の日

代表の私が人々の前で言葉を話すのは雑誌媒体等を含めても初めての事で、それも信徒たちの注目を集めていた



「皆さん」


一階から三階席まで、総てを見渡す


「私は啓示の中で、人が死後に向かう先を視ました」


安堵のどよめきが聞こえる

信徒たちの中に、嬉しげに顔を見合わせるものの姿を私は視た


人々は救済を求めている


「人は生命果てたあと…」



「天国にも地獄にも行く事はありません」


講堂は既に静まり返っていた筈だったが、更に静まり返った様に思えた


「死ねば人は無になるだけです」



恐慌を孕んだ声が波のように静かにゆっくりと、しかし確実に広がっていく


理由は明白だった

私がいま話しているのが、『人々が私に求めていた話ではない』からだ

初めに行動を起こしたのは二階席と三階席の信徒達だった

彼らは雨垂れが堕ちるかのように、それが必然であったかのようにそこから身を投げた


高さが足らず死なない者も多く居たが、それらも歩ける者は一階の信徒達と合流し、一声も発する事なくふたたび上の階へ向けて歩き始めた


誰も何も言わなかった

その必要が無かったから


なにも彼らは、私が告げた言葉だけに恐慌をきたしている訳では無い


それまで私は、よくある「生前の善行による死後の救済」を説き続けてきた


そうした存在である私がこんな話をするというのは、どういう意味なのか?

──則ち、彼らが直面しているのは形而上学的な複雑な観念だけではなく、「私がお前達を見捨てた」「教団はお前達を救わない」という宣告だ


私自身にはそういう能力がある訳では無いが、人々の絶望がいまはっきりと私の両眼には視えていた

それは──立場上、絶対に口にするべきではないが、とても甘美だった



歩けなくなった者の中には、床に頭を打ち付け続ける者も居た

いずれにしても、誰もが死を求めているかのように私には視えた


それは

とても善かった


『講堂の通路が赤く染まっていく様は』『血管のようだ』と私は思った


そして、それら総ての血は私の居る演壇へと向けて注がれていた

既にこの場所に生きている者は、私以外居ないように思えた



実際には少数、私に近付く者が居た

信徒の最期ともいえる生き残り数名は、敬虔にも演壇の下の血溜まりの中を歩きながら私の元まで歩いてきた


私を問いただしに来たのだろうか

それとも私に対し、怒りがあるのだろうか

「頃合かな」と私は思った


隠していた光輪と背中の翼を解き放つ

この姿を視せるのは、当然初めてだ

信徒の生き残り達が息を飲んだ

光輪から放たれた光が、夜闇の中で彼らの顔を照らす


彼らは皆、「最後の望みすら絶たれた」といったような顔で私を呆然と視ていた


暫くして、信徒達はナイフを取り出した

祈るように跪くと、彼らはナイフを自らの喉に突き刺した

彼らにとってはこれが尊厳有る最期だったのかも知れないが、私にとってはその場に血の量が増えただけの事だった



「そこまでだ」

そう、私に言うものが在った


講堂の入口に武装した数名の天使が立っていた

二名は既に銃口をこちらに向けており、物騒な様子だ

私は両手を上げて抵抗の意志が無い事を示しながらも、「何が『そこまで』なのか伺っても?」と笑った


私に銃口を向けていた天使の片方が「こいつ…!」と引き金に指をかける

はじめに私に声をかけた天使が、それを手で制した

そして私に向き直る


「これだけの人間を死亡させた罪は、軽くないぞ」



私は対外向けの笑顔を視せると、「待って下さい」と言った

「そもそも、私の語った言葉と人間達の死には因果関係が有りません」


私が無計画にこんな仕事をしている訳が無い

あの無意味に長いだけの教典を幾度も熟読し、言動には細心の注意を払った

私の知識から判断するに、彼らがいま私を検挙する事は不可能であるし、私は司法にも『友人』が多い


私を逮捕したとしても、その先が彼らには用意されていなかった


──そうだ、と私は心の中で手を打った


せっかくだから敢えて拘束されて、不当逮捕を訴えても良いかも知れない

手間は無駄に多くかかるが、そうすれば眼前の天使達を総て処罰に導く事さえ可能かも知れなかった



「私は導くべき信徒が自死してしまい、哀しんでいるというのに…」


「貴方達は私を、いわれなき罪で検挙までなさるというのでしょうか」


笑ってはいけない場面だが、笑みが漏れてしまう

頭の中では、この場に溢れる血と死の売却価格に関しての計算がまだ続いていた 


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