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-31- 魔妃と魔女


 命じられるままに、エバンは部屋を出た。

 ルミアーナをオプスキュリアとふたりきりで残しておくのには、不安があった。ルミアーナに対してオプスキュリアは興味を示していたようだし、結界を解除することで彼女をこの塔に招き入れもした。

 しかし、何かの拍子で危害を加えられたりしたら……そう考えると、心配でならなかった。

 ルミアーナは、オプスキュリアが認めるほどに強い魔力を持つ少女だ。並大抵の魔女ではないのは分かっているが、今の彼女は健常ではないし、杖も剣も所持しておらず、丸腰なのだ。いや、たとえルミアーナが健常で、杖や剣を所持していたとしても、オプスキュリアに立ち向かえるとは思えなかった。

 もし、中の様子がおかしくなれば――オプスキュリアがルミアーナを襲うような物音でも聞こえれば、扉を開けてすぐに駆け込もうとエバンは考えていた。

 

(何もなければいいが……)


 エバンは壁に背中を預け、腕を組んで目の前の扉を見つめた。

 この向こうで、彼女達はどのようなやり取りを交わしているのだろうか? 多少は気になった。しかし、彼にはそれを知る術はなかった。



 ◎ ◎ ◎



 オプスキュリアに退室を促され、エバンが出ていった。

 残されたルミアーナは、目の前にいる少女を――正確には、彼女に宿ったオプスキュリアと視線を重ねていた。

 膨大な魔力と戦闘力を誇る魔妃、その存在はロヴュソールにおいて最重要機密とされている。だが彼女はこれまで幾度も戦場に投入され、圧倒的な力をもって魔物を蹴散らし、ロヴュソールを勝利に導いてきているはずだった。ロヴュソールに魔族の侵食は及んでいないと聞いているが、彼女こそがその立役者と考えて間違いはないだろう。

 長大な金髪を有する美少女だということは、すでに知れ渡っている。その身に魔妃オプスキュリアが宿っているという事実は、限られた者しか知り得ていないはずだった。しかし、アヴァロスタ女学院の魔女達の中でも最上位に近い地位にあったルミアーナは、その情報もすでに掴んでいた。

 とはいえ、まさか自分が彼女と対面しようとは、夢にも思ってはいなかった。


「娘、貴様に問う……」


 赤い瞳は、美少女には不似合いな鋭さと威圧感を帯びていた。

 ルミアーナは、返事をしなかった。いや、できなかったと言ったほうが正しいだろう。魔妃の威圧感と、肌で感じ取れるその魔力に、口を開けなかったのだ。

 強い魔力を有するルミアーナは、相手の魔力を感じ取る能力にも長けていた。だからオプスキュリアを前にしては、身動きを封じられたような心地になる。まばたきすらはばかられ、一瞬でも視線を逸らそうものならば、たちまち命取りになると感じてしまう。

 

(これが、魔妃の魔力……)


 魔力に留まらず、彼女について気になることは他にもあった。

 部屋の隅々まで届き渡るほどの彼女の金髪は、どうしてこれほど異様に伸ばされているのか? 身動きを封じるように裾の長い白いドレスには、何か意味があるのか? それ以前に、オプスキュリアの依り代にされているこのエルマという少女は、何者なのか?

 疑問はいくつも浮かんできた。だがルミアーナには、それを問うことなどできない。

 この場の会話の主導権は、完全にオプスキュリアに握られていたのだ。

 いったい、何を訊かれるのだろうか? ルミアーナは、自分が唾を飲む音が頭の中を反響するのが分かった。


「何が、そんなに悲しいのだ?」


 しかし、オプスキュリアから投げかけられたのは、まったく予期しない質問だった。


「えっ?」


 意味が分からなかったルミアーナは、思わず目を丸くしてしまう。

 オプスキュリアは、目を細めた。 


「何がそんなに悲しいのかと訊いている。貴様からは人間離れした魔力を感じていたが、同時に心からは深い悲しみを感じる……その仮面のような表情の裏に、何を隠しておるのだ?」


 オプスキュリアは、ルミアーナに向かって右手をかざした。

 どうやら、ルミアーナが質問に答えるのを待つ気はないようだった。


「少し、貴様の心を覗かせてもらうぞ」


 かざされた右手が、赤い光を放つ。

 次の瞬間、身内から忌まわしい記憶の数々が突き上がるかのように込み上がり、思わず叫び声を上げた。


「ううっ!」


 頭部を串刺しにされるかのような鋭い頭痛に、ルミアーナは両側頭部を抱え込んだ。

 身をよじらせた彼女の頭に、次々と過去の記憶が呼び起こされる。

 まず最初は、村人達の姿だった。年端もいかなかった当時のルミアーナを蔑み、罵り、虐げ、石を投げつけて村から追い出す者達の姿や怒声が、まるで昨日の出来事であるかのように鮮明に蘇った。

 次は、つい先日に経験したアヴァロスタで経験した壮絶極まる出来事の数々だった。

 その光景はまず、姉のように慕っていた特級魔導士達が『さあおいで』と繰り返す様子から始まった。それは、ルミアーナを魔族に引きずり込もうとする悪魔の囁きに他ならなかった。

 次は、自らの腹部を剣で刺し貫き、恐るべき魔物へと成り下がったアロスティーネの姿。直後に、彼女が魔女達を次々と喰い殺す光景が浮かび、その時の無数の悲鳴がルミアーナの頭の中を反響した。喰い殺されて無残な有様になった遺体の数々や、ゼノフィリウムの餌食となった無数の魔女達の亡骸、さらに地獄さながらの惨状を目の前に、歓喜の笑みを浮かべるバルバーラの姿までもが再生された。

 続いて、逃走する際にバルバーラが放った紫色の光線、それによって肩が貫かれた際の激痛が再現される。

 ルミアーナは、もう耐えられなかった。


「やめて!」


 喉が嗄れるような声で叫ぶと、数々のおぞましい光景は頭から消え去った。

 しかし、心の痛みが消えるはずはない。

 両側頭部を抱えたまま、ルミアーナはどうにか顔を上げた。彼女の顔には汗が浮かび、走った直後であるかのように呼吸が荒いでいた。

 再び視線が重なった時、オプスキュリアはすでにかざしていた手を下ろしていた。

 今の忌まわしい光景の数々は、オプスキュリアの魔法によって再現されたものだった。ルミアーナの頭に記憶を蘇らせ、あの魔妃はそれを盗み見て、彼女の身に何が起きたのかを強引に探ったのだ。


「裏切りに次ぐ裏切りか……やはり人間の邪悪さは、時として魔族を凌ぐものがあるな」


 オプスキュリアの言葉に、ルミアーナは答えられなかった。ただ、乱れた呼吸を続けるのみだった。


「だが、不思議なものだ。娘、貴様は怒りこそ感じてはいるが、本心より復讐を望んでいるわけではない……貴様は、何を望んでいるのだ?」


「分からない……」


 絞り出すように答えた。


「でも、これだけははっきり分かる。私はまだ、死ねない……!」


 この場所に連れて来られる時、エバンにも同じことを言った。

 オプスキュリアが言ったように、ルミアーナは心から復讐を望んではいなかった。どうしてかは分からないが、そんなことをしても後には何も残らないと感じていたのかもしれなかった。

 しかし、特級魔導士達を唆した挙句に多くの魔女の命を奪ったバルバーラに対しては、明確な怒りを抱いていた。どう考えても、あんなことが許されるはずがなかった。

 

「呪いを解いてほしい。そのためなら、私は何でも……!」


 抑え込まれているだけで、ルミアーナがバルバーラに受けた呪いは今も彼女を蝕み続けていた。オプスキュリアがルミアーナに施したのは解呪に結びつくものではなく、一時しのぎにしかならない応急処置だった。

 魔妃である彼女が、単なる善意から人を助けるはずはない。呪いを完全に消し去るためには、オプスキュリアとの契約が必要だった。


「利用価値があるかもしれんな、あの小僧と同じように」


 笑みを浮かべつつ、オプスキュリアは言った。

 あの小僧、というのが誰のことなのかは容易に想像できた。


「こちらに来い」


 冷徹な口調で、オプスキュリアは命じた。

 それに従い、ルミアーナはおぼつかない足取りで、彼女のほうに向かった。裸足である彼女が歩を進めるたびに、ひたひたと音が鳴る。呪いの影響か、あるいはさっき記憶を盗み見られた際の頭痛の影響か、全身がひどく重かった。

 オプスキュリアから目と鼻の先の場所で、ルミアーナは膝を崩してしまった。


「娘、貴様の名をわらわに差し出せ」


 顔を上げたルミアーナを、赤い瞳が見下ろしていた。


「ルミアーナ……」


 名乗ったルミアーナの顔に向けて、右手が再びかざされる。


「汝、今この時より我が眷属となりて、我オプスキュリアに忠誠を誓うか」






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― 新着の感想 ―
前回予告があった美少女対談(?)、楽しみに拝読しました。 ルミアーナはとてもいい子ですね! オプスキュリアも彼女を気に入った様子。ラストは予想外の展開でびっくりしました。 あ、でもまだ返事をしていない…
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