-21- ENEMY RAID 忌まれし女学徒達
多勢に無勢、まさしくそれを絵に描いたような状況だった。
100人ほども集結した魔女達に対し、ルミアーナはたったのひとりだ。圧倒的に不利な立場にあることは、誰よりもルミアーナ自身が理解していた。
これほど大勢の魔女に取り囲まれれば、もはや陸に取り残された魚のように無力だろう。
しかし、ルミアーナは毅然とした面持ちのまま、両手で杖を構えた。彼女には命乞いをする気も、黙って倒される気もない。誰の目にも圧倒的不利と分かるこの戦いに、真正面から身を投じるつもりなのだ。
「みんなお願い……魔族に魂を売るだなんて、あってはならないことよ……!」
両手で杖を構えながら、ルミアーナは魔女達に呼びかけた。
面識がある者も、そうでない者もいたが、ともにこのアヴァロスタ女学院に属し、魔術を学んだ少女達だった。もちろんルミアーナは、かつての仲間と戦いたくなどなかったのだ。
しかし、彼女の言葉は届かない。
「ルミアーナ、あなたもこっちにおいでよ……一緒に新しい世界に踏み出しましょう?」
そう言ったのは、ルミアーナの友人で同い年の魔女だった。
「ルミアーナさん、バルバーラ様を裏切るつもりなの?」
続いたのは、まだたった8歳の少女だった。
彼女はまだ、このアヴァロスタ女学院に入ってから数年しか経っていないはずだった。
「特級魔導士様方もおっしゃっていたでしょう? 闇の力を崇めれば、私達は幸せになれるのよ……」
ルミアーナより年上の、先輩にあたる魔女がそう言った。
年代は様々だったが、皆武器である杖をその手に携えていた。うわ言のように呟きながら、薄ら笑いを浮かべて歩み寄ってくる魔女の軍団――もはや、彼女達は完全に魔族に取り込まれているようだった。
魔力による洗脳を受けたのかもしれない。
そう考えたルミアーナは、檀上に立っているバルバーラを睨んだ。もはや、諸悪の根源と判断して間違いないであろう彼女は、特級魔導士達を身近に控えさせながら、その顔に笑みを浮かべてこの様子を傍観していた。
もしかしたら、自分の教え子達の心に毒を吹き込み、魔族に魂を売るように仕向けたのかもしれない……怒りが湧いたものの、今は手出しができない。
魔女の集団が、いつルミアーナに襲い掛かってきても不思議ではない状況だったからだ。
「っ……!」
かつての仲間達と戦う――葛藤は、凄まじく大きかった。
だがルミアーナは説得を断念し、杖を構えた。迷いを完全に振り切ったと言えば嘘になるが、ここで倒されるわけにはいかなかったのだ。
「さあ娘達よ……おやりなさい! 母に歯向かう彼女に、正義の制裁を!」
バルバーラの言葉が、戦闘開始の合図となった。
魔女の集団が杖を振り、ルミアーナに向けて魔術の光弾を放った。
彼女達の杖に取り付けられた水晶の色は、多種多様だった。ルミアーナと同じ青、緑、黄色、赤、紫……放たれる光弾も、それと同じ色だった。とはいえ、殺傷能力はどれも変わらない。
ルミアーナは、もちろん黙って喰らうつもりなどなかった。
「はああっ!」
彼女もまた、対抗するように杖を振った。
すると目の前に青い光の壁が形成され、魔女達が放つ光弾を阻み、弾き返した。
ただ攻撃を防ぐだけ魔法であれば、そこまで難しいものではない。しかしルミアーナが用いたのは、受けた光弾などを相手にそのまま『反射』、つまり打ち返す能力を持つ光の壁だった。
習得難易度はそれなりに高く、誰にでも扱える魔術ではない。
「うぐっ!」
「ぎゃっ……!」
自ら放った光弾を反射され、それを喰らった魔女達が声を上げて倒れ込んでいく。
かつての仲間達を傷つけている――その事実を見せつけられるようで胸が痛んだ。しかしそれでも、ルミアーナは光の壁を解こうとはしなかった。
原因こそバルバーラにあるのかもしれないが、それも所詮確証はない。自らの意志で魔族に下った可能性だってある――闇の力に身を染めることを決めた時点で、もう仲間ではなかった。ルミアーナの前にいるのは、魔族の手先達なのだ。
自分にそう言い聞かせ、ルミアーナは絶え間なく放たれる光弾を弾き返し続けた。
彼女の周りの壁や床にも流れ弾が着弾し、頑丈な石材が音を立てて抉り取られていく。これが人体に命中すれば、深手を負うのは避けられないだろう。
「撃ち続けなさい、いくらルミアーナといえど、この数の攻撃をいつまでも防ぎ続けてはいられないはずです!」
魔女達の誰かが、そう叫んだ。たしかに、光の壁が破られた時こそが決着の時だろう。防ぐ手立てを失うと同時に、ルミアーナはたちまち光弾で全身を貫かれることになるだろうから。
しかし、それは間違いだった。特級魔導士たるルミアーナが有する魔力は、末端の女学徒である彼女達とはまさに桁違いだった。
数で圧せば突き崩せる、そう考えてこの数の魔女を招集したのだろう。しかし、それは間違いだった。彼女達は、完全にルミアーナの実力を見誤っていたのだ。
(この光の壁を破る術を、彼女達は持ち合わせていないはず……)
ルミアーナは、バルバーラや特級魔導士達を瞥見した。
彼女達であれば、この光の壁を貫く技量を持ち合わせているのかもしれない。しかし、彼女達が攻撃に加わってくる様子はなかった。
理由は分からない、傍観者に徹するつもりなのだろうか?
いつまでもバルバーラを注視してはいられなかった。光の壁で攻撃を阻んでいるとはいえ、敵は目の前に大勢いるのだ。
「お願いみんな、もうやめて……!」
哀願したところで、聞き入れられるはずなどなかった。
その後も魔女達は懲りる様子を見せず、ルミアーナに向けて光弾を放ち続けた。きっと、いずれは魔力が尽きて破れるだろうと思っていたのだろう。
彼女達が攻撃し、それが反射されて返っていくたびに、直撃を受けた魔女達は倒れていった。自分が放った光弾を受けて倒れていくその状況は、自滅に他ならなかった。
光の壁を解除したい。続々と倒れ伏していく魔女達を目の前に、ルミアーナは幾度もそう思った。
そのたびに、目の前にいる魔女達はもう仲間ではなく、魔族の手先なのだと自分に言い聞かせ、杖を下さなかった。
「娘達よ、このまま続けても無駄です。一旦攻撃の手を止めなさい!」
大聖堂の中に大勢の魔女が倒れ伏す中、バルバーラが叫んだ。
それに呼応するように、魔女達が杖を下げる。しかしルミアーナは光の壁を張り続けた。油断を誘って、その隙を突くつもりなのかもしれなかったからだ。
ルミアーナへの猛攻が止まった大聖堂内を、静けさが覆い包む。光弾によって壁や床のあちこちが抉り取られ、飾られた調度品や肖像画が破壊されていた。
「はあ、はあ……!」
ルミアーナは息を弾ませていた。
彼女は無傷だったが、光の壁を解除するかどうかの葛藤に心が締め付けられ、心臓が鼓動を速めていたのだ。
倒れ伏した魔女達は、すでにかなりの数に上っていた。自滅であるとはいえ、ルミアーナによって倒されたともいえる。
あえて彼女達から目を逸らし、ルミアーナはバルバーラに注目した。
「さすがですね、ルミアーナ……これほどの娘達を招集しても相手にできない。あなたはやはり、別格だわ」
当然、褒められても嬉しくなどなかった。それどころか、ルミアーナはバルバーラを睨みつけた。
「『娘』だなんて言わないで、あなたにそんなことを言う資格なんて、ないわ……!」
光の壁越しであっても、その言葉はバルバーラの耳に届いたようだった。
「本当に悪い子ね……そして馬鹿な子。では、方法を変えるといたしましょう……」
バルバーラは、自分のそばに控えた4人の特級魔導士のうちのひとりを振り返った。
「『アロスティーネ』……あなたに任せます、『恩寵』を使いなさい」
「はい、お母様……」
バルバーラに指名を受けた彼女は、アロスティーネという特級魔導士だった。ルミアーナより少し年上で、特級魔導士達の中ではルミアーナの次に若く、年齢は20歳前後だった。
若く美しく、聡明な魔女だったが……彼女はさっきルミアーナを誘惑した者達のひとりだった。バルバーラへの忠誠心は強く、血縁関係がないにも関わらず『お母様』と呼んでいることからも、それが窺えるだろう。
アロスティーネは壇上の中心に立ち、そして剣を抜いた。刃にびっしりと呪文が刻み込まれた、鈍い輝きを持つ不気味な装飾の施された剣だ。
「アロスティーネ……!」
ルミアーナは彼女を呼んだ。しかし、アロスティーネは何も言わなかった。会話など、もはや不要だと感じているのかもしれない。
アロスティーネは特級魔導士達の中でも仲が良く、ルミアーナが姉のように慕っていた魔女だった。知り合った当初は、ルミアーナは『姉様』と呼んだ。しかしアロスティーネから呼び捨てにするよう言われたので、そうしていた。
そんな彼女も、もはやルミアーナには敵意しか抱いていない。
かつての『妹』を蔑むような目で見つめ、武器を抜いている今の様子を見れば、アロスティーネも魔族に取り込まれたことに疑いの余地はない。
「主よ、私めに力をお与えください……!」
目を閉じ、神に祈るように呟く。
そしてアロスティーネは両手で剣の柄を強く握りしめ、鋭い切っ先を自分の腹部に向けた。
「えっ……!?」
それ以上何かを言うことはできなかった。
何をする気なの? そう思った次の瞬間――アロスティーネはためらいもなく、その剣で自らの腹部を刺し貫いたのだ。
ザシュッ、という肉を裂く音が、大聖堂中に鈍く響き渡った。
「ひっ!」
驚愕にルミアーナは目を見開き、絶句した。
思わず光の壁を解いてしまったが、魔女達がその隙を突いてくることはなかった。彼女達もまた、壇上で突如自ら腹部を貫いたアロスティーネに驚いている様子だった。
「うううっ、ぐぶっ、ぐぐぐ……!」
苦悶の声とともに、アロスティーネの口から鮮血が溢れ出た。
激痛に身を折り曲げながら、彼女は自ら腹部に突き刺した剣を勢いよく引き抜いた。突き刺した時と同じように、肉を裂く音が再び響き渡った。
「ギャアアアアアアアアアッ!!!!!」
人間の口から発せられたとは思えない凄まじい悲鳴が、大聖堂に響き渡る。
栓を失ったアロスティーネの腹部の傷から、大量の鮮血が吹き出した。まるで噴水のように勢いよく飛散したそれが、大聖堂の床やテーブルなどを真っ赤に染め上げる。ひとりの人間の体内に、これほどの血液が存在していることが信じられなくなるような光景だった。
大量の血液を失い、アロスティーネはたちまち瀕死の状態に陥った。
その手から赤い光を失った剣が滑り落ちたと思った次の瞬間、アロスティーネはぐらりと背中から床に倒れ込んだ。
「ぐげっ、ぐ……ば……」
周囲に血の水溜まりを作り出しながら、不気味な声を発しつつ、少しのあいだビクビクと身を痙攣させていた。しかしそれも数秒、アロスティーネはすぐに動かなくなった。声も出さなくなった。
彼女の充血した瞳は天井に向かって見開かれ、悶え苦しみながら絶命したために手足が意味不明な方向に伸ばされ、その死に様はまるで失敗作の人形のようだった。傷口からは内蔵らしき物体がうねりながらはみ出しており、とても腹部を直視してはいられなかった。
ルミアーナは、両手で口を押さえ、目を見開いてその様子を見ていることしかできなかった。
剣を自ら腹部に突き刺しての自害……姉弟子がどうしてそんな行動に走ったのか、まったく分からなかったのだ。
「アロス……ティーネ……!」
驚愕と困惑に支配されながらも、ルミアーナは思わずアロスティーネに駆け寄ろうとした。壮絶な光景を目の当たりにして、思わず彼女が魔族に下ったということを忘れていた。
しかし、ルミアーナは足を止めてしまう。
――物言わぬ亡骸と化したであろうアロスティーネを、不気味な灰色の光が覆い包み始めたのだ。
「っ!」
この光は……!?
そう思ったルミアーナだったが、答えはすぐに分かった。分からされた。
絶命したと思っていたアロスティーネ、彼女の下半身を覆っていたローブが裂け、その奥から不気味な紫色の肉塊のような物体が現れた。ボコボコと気味の悪い音を立てながら、それはみるみる肥大化していき――やがてアロスティーネの身の数倍はあろう大きさまで膨張していった。
肉塊にやがて、左右に大きく裂けた口が形成される。8本の脚とも腕とも分からない物体がそこから伸びる、蜘蛛とも蟹とも思えるその化け物は、脚を床に突き立ててその身を支え、ぎこちない様子で立ち上がった。
――アロスティーネの上半身が肉塊から生え出ており、彼女の瞳が真っ赤な光を放っていた。
「アハハハハハハハ! これが魔族の力……素晴らしい、素晴らしいわ!」
驚いたことに、アロスティーネは蘇生していた。
剣で刺し貫いた傷口はそのままであるというのに、痛みを感じていないようで、声まで発した。
しかし、もはや人間ではなかった。真っ赤な光を放つ瞳に、裂けた巨大な口から何本もの牙を剥き出しにする、蜘蛛とも蟹とも分からない巨大な下半身……その様相はまさしく怪物であり、化け物だった。すでに彼女は人間の姿から乖離しすぎており、あまりの不気味さに目を逸らしたくなるほどだった。
ルミアーナは思わず、数歩後退した。
目の前で起きた恐るべき出来事に、まばたきすら忘れてしまっていた。
「死者を魔物に変える魔族の術、弟子を魔物に変えるなんて、正気なの……!?」
杖を落としてしまうそうなほどに、両手に汗が滲み出ていた。
魔物と化したアロスティーネの隣に、バルバーラがゆっくりと歩み出る。
「ああ、私の可愛いアロスティーネ。とても素敵よ、その姿……すごく似合っているわ」
「ありがとうございます。この恩寵に感謝いたします、お母様……」
魔物に変じてもなお、アロスティーネが有するバルバーラへの忠誠心は揺るがないようだった。
耳を疑ったが、彼女は今『恩寵』と言った。あんな姿に成り果てたというのに、喜んでいるのだ。
肉塊と化したアロスティーネの下半身、そこに形成された巨大な口が呻き声を発した。汚く濁った唾液が、ボタボタと滴り落ちているのが見えた。
「さあ、アロスティーネ……お食事の時間ですよ、たらふく食べなさい」
肉塊に触れながらバルバーラが告げた。
ルミアーナは杖を構えた。今の言葉はつまり、自分を襲って捕食しろという意味だと思ったからだ。
しかし、アロスティーネが襲い掛かった先にいたのは、ルミアーナではなかった。
――ルミアーナを倒すためにこの場に収集されたであろう、100人にも及ぶ魔女達だったのだ。
「ひいっ!?」
「うわあっ!」
聖堂内は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
魔物と化したアロスティーネが、その8本の脚……いや、恐らく腕を用いて手当たり次第に魔女達を捕らえ、その口へと運び始めたのだ。
大聖堂内には逃げ道などなく、腕は8本もあるうえに非常に長いので、逃げることなどできなかった。
口に放り込まれた魔女は、生きたまま巨大な牙に噛み砕かれ、丸呑みにされていく。魔女達の悲鳴と、捕食の咀嚼音が絶え間なく聖堂内に響き続けた。
「やだ! やだあああああ!」
ルミアーナの近くまで、幼い魔女の少女が泣き叫びながら走ってくる。しかし、すぐに彼女もアロスティーネの腕に捕まった。一片の慈悲も容赦もなかった、彼女も捕食対象なのだ。
「やっ……やめてっ!」
ルミアーナが叫んだ。しかし、中断されるはずがなかった。
アロスティーネは、まだ幼い彼女をも口に放り込んだ。
「お喜びなさい愛する娘達よ、命をもって私達に尽くせることを! これこそが、あなた達にとって最高の幸福なのです! さあ、存分に徳を積みなさい!」
アロスティーネによって魔女達が次々と喰い殺されていく中、バルバーラが両手を広げ、歓喜に溢れた表情で叫んだ。それは、この状況にはあまりにも不釣り合いな言葉だった。歪んだ笑みとともに言い放つその様子は、まさに狂人だった。
ルミアーナには何もできなかった。
魔女達はルミアーナを襲うためにこの場に招集されたのかと思ったが、違った。彼女達は、魔物と化したアロスティーネの生餌にするために集められたのだ。魔力を吸収させ、強化するためなのだろう。
喰い殺された魔女達の一部は、上半身だけを食いちぎられてゴミのように放置されていた。断面から内臓と血液を溢れさせながら床に転がるそれを見て、ルミアーナは吐き気を催しそうになった。
だが、彼女には吐いている余裕すら与えられない。
「さあ、メインディッシュはあなたよ、ルミアーナ……!」
魔女全員を喰い尽くしたアロスティーネが、ルミアーナに向き直った。
このままでは、ルミアーナも魔女達と同じ道を辿る。あの魔物に肉も骨も砕かれながら喰い殺され、生餌にされるだろう。もちろん、そんな末路を受け入れる気などない。
「アロスティーネ……!」
変わり果てたかつての姉弟子を前に、ルミアーナは杖を構え直した。
今の彼女に与えられた選択肢は……その身も心も魔物と化してしまったアロスティーネと戦うことだけだった。




