-17- 血染めの再会
ラスバル村の有様を伝えるまでもなく、オプスキュリアは察していたようだ。
それでも、エバンは調査の結果を伝えなくてはならない。できれば思い出したくなかったが、否応なく村の惨状が脳裏に蘇る。
「ああ、手遅れだった。村は荒らされて、人々は魔物に喰い尽くされて……誰ひとり、生き残ってはいなかったよ」
この塔に立ち入れるのは、国王とエバンだけだ。さらにオプスキュリアに調査の結果を伝えることができるのは、彼しかいない。
いつものように、オプスキュリアは腕を組んだ。
「食糧生産に有用なラスバルをも容赦なく潰したとなれば、奴らはこの国の侵略も諦めてはいないと見える。ついこのあいだ、わらわが返り討ちにしたばかりだというのに……まったく、懲りない奴らだ」
オプスキュリアが言及しているのは、エバンがラスバル村に向かう前に起きたあの襲撃のことだ。
ロヴュソールと友好関係にあるはずのアストリアが、それを破って侵攻してきた。しかも、彼らは死者を魔物に変える魔術をも行使してきた。
それでも、オプスキュリアに阻まれて、ロヴュソールを陥落させることはできなかった。
あの戦を経て、魔妃の圧倒的な力は断じて嘘偽りではなく、まぎれもない真実として、ロヴュソールと敵対関係にある国々に改めて知れ渡ったはずだった。
だがオプスキュリアの言うように、おそらく魔族に下った国々はまだ、この国を落とすことを諦めていない。
推測だが、エルマを捕えることで、彼女の身に封じられているオプスキュリアまでをも支配下に置くつもりなのかもしれない。さらなる戦力を身につけ、そしてこの世界を完全に魔族の支配下に置こうと企んでいるのかもしれない。
「それから、ラスバルでひとりの魔女と出会った。アヴァロスタの特級魔導士で、魔物を倒す手伝いをしてくれたよ。この国に何か援助ができないか、力になってくれるって……」
「待て小僧、アヴァロスタだと?」
ルミアーナのことだった。
彼女のことはガルウィンにも話していたが、それを聞いた瞬間にオプスキュリアは顔を上げ、訝しそうにエバンを見つめた。
「ああ……どうかしたのか?」
「あそこからも、魔族の気配を感じていたところだ。その娘は信用できるのか?」
エバンは息をのんだ。
出会った当初、少なからずエバンもルミアーナに対して警戒心を抱いた。しかしそれは、見知らぬ相手であれば当然のことだと思っていた。
ともに魔物と戦ってくれて、そして村の人々を弔ってもくれた。そんな彼女が魔族の力に溺れているとは、考えたくなかったのだ。しかし、ルミアーナがどう考えているのかはもちろん、エバンには分からない。
オプスキュリアが提示した疑惑を否定できる歯切れのいい言葉を、現時点ではエバンは持たなかった。
「信用できる……とは思うが、実際のところ確証はない」
「ふん、だろうな」
オプスキュリアは、まるでエバンがそう答えるのが分かっていたかのようだった。
「ところで貴様、国王がアズルにも使いを送ったことを知っているか?」
「アズルにも?」
オプスキュリアが口にした地名を、エバンは繰り返した。
「ラスバルの代わりとして、あの村も候補に挙がっていたそうだ。使いの兵団が出立したのは、昨日のことだぞ」
兵団……ということはエバンのように単独ではなく、複数人で向かったらしい。
国王や重鎮達はエバンにラスバルの実態調査を命じる裏で、別の取引先の開拓のために手を回してもいたそうだ。
ガルウィンは、とくにそういった話は聞いていなかった。これといって隠す理由も見当たらないことだし、きっと調査から戻ったばかりで疲弊している自分を気遣い、あの場では伝えずにおいてくれたのかもしれないとエバンは思った。
アズル村は、ラスバル村には及ばずとも食糧生産で栄えている村だった。
ラスバルよりも遠く、輸送効率は落ちるかもしれない。しかし、あの村であればたしかに、代わりになるかもしれない……とエバンは感じた。
「使いに出向いた兵達が、無事に戻るのを祈っておくことだな」
エバンは思わず息をのんだ。
オプスキュリアのそれが、ただ兵達を気遣っての言葉ではないことは明白だったからだ。
「どういう意味だ、まさかアズルも……?」
オプスキュリアの真紅の瞳が、まばたきもせずにエバンを見据えていた。
「あの村からも……魔族の気配を感じる」
◎ ◎ ◎
翌朝、エバンは騎士団の訓練に参加していた。
昨日調査から戻ってきたばかりで、疲れが完全に消え去ったわけではない。それでも、兵士達がより強くなるために鍛錬に励んでいる中、ひとりだけ休んでいるわけにもいかなかった。騎士団の中で最年少ではあれど、エバンは副団長なのだから。
今日は特別な訓練が行われていた。馬に乗っての戦闘訓練だ。
エバンと兵士が馬に跨り、一騎打ちを行っていた。
すれ違いざまにエバンは剣を振り抜き、兵士が握っていたそれを天高く弾き飛ばした。鋭い金属音が屋外の習練場に響き渡る。
「っ!」
相手の兵士が息をのんだ。
彼の手から弾き飛ばされた長剣は、円を描くように回転しながら宙を舞い――そして地面に突き刺さった。
「剣を振る時の予備動作が大きい、それでは相手に読まれて隙を突かれるぞ」
馬に跨ったまま、エバンは自分よりもずいぶん年上の兵士に剣術指南を与えた。
大人顔負けの実力を持つ彼は、訓練に参加して兵士を鍛える役割も担っていた。これが今日初めての相手ではなく、エバンはすでに数人の兵士と模擬戦闘を行っていたが、誰も彼には敵わない。エバンと打ち合った者すべてが、今のように剣を弾き飛ばされて敗北していた。
たった15歳にして副団長という地位にあるのは、決して伊達ではない。
実際にエバンと剣を交えた者だけでなく、彼の戦いを見守っていた誰もがそう感じていた。
「は、はい副団長!」
エバンが剣技に秀でているということもあるが、彼が騎乗している馬もまた、その実力を引き出すことに一役買っていた。
彼は自身の指名で、ともにラスバル村に赴いた赤茶色の軍馬、ブルックスの背に跨っていた。
かねてより思っていたが、ブルックスはやはり優秀な軍馬だった。エバンが進みたいと感じたほうに進んでくれるし、後退すべきと感じたときは後退してくれる。まるで、主人の心を読んでいるかのように動いてくれたのだ。
やがて訓練の終了時刻を迎え、ブルックスを含むすべての軍馬が厩舎に戻される。
軍馬すべてが手綱を引かれ、厩舎へと戻されようとした、まさにその時だった。
「うあっ!?」
突然上がった悲鳴に、エバンは振り返った。
ブルックスが手綱を引いていた兵士をいきなり振り払い、駆け出したのだ。
そして彼は、まるで引き寄せられるかのように一直線にエバンのもとへと迫ってきた。
「何だ、どうしたんだ!?」
もちろん、馬が答えてくれるはずもない。
しかしブルックスは立ち止まってエバンを見つめ、絶え間なく鳴き声を発し続けた。
その様子は、まるで焦っているかのようだった。さらに、何かをエバンに必死に伝えようとしているようにも感じられた。
落ち着けようと頭を撫でてみるが、ブルックスは鳴くのをやめない。
「俺に伝えたいことがあるのか?」
彼が勇敢で賢い馬だということは、エバンはよく知っている。
ブルックスのこの様子、まるで重要な何かに気づいたかのようにも思えた。
胸騒ぎがしたエバンは、訓練の終了時刻を過ぎていることなど気にもせずに、再びブルックスの背に飛び乗って手綱を握った。
「皆すまない、ちょっと行ってくる。先に城に戻って休んでいてくれ!」
エバンが周囲の兵士達にそう告げると、ブルックスは一気に駆け出した。
兵士達が自分を引き留める声が聞こえたが、エバンは振り返ることすらしない。
ブルックスは全速力で駆けた。城門前で一旦止まったが、エバンが門番の兵士に開門を促して門が開くと、また一目散に走り始めた。
「どこに行くんだ? 一体何に気づいたんだ?」
ブルックスは、目標もなく走っているわけではない。確証はなかったが、エバンにはそれが分かった。
そして、エバンは答えを知ることとなる。
城門をくぐり、ロヴュソールを出てから数分が経った頃だった。
――荒野に、誰かがうつ伏せの体勢で倒れていた。
「あれは……!?」
近づくにつれて、その者が女の子であることが分かる。彼女が銀色の髪をしていて、水色のマントを身に着けていることが分かる。
それらは、エバンが知っている彼女の特徴と一致していた。
「まさか!」
それが『彼女』だと確信できるほどに近づいた頃、エバンは彼女の身が真っ赤に染まっていることに気づいた。
ブルックスが足を止めるのと同時に、エバンは彼女に駆け寄った。
助け起こして、ようやく彼女の顔が見えた。思ったとおり、エバンがつい先日ラスバル村で出会った魔女、ルミアーナだった。
「おい大丈夫か、おい!」
叫んでも、ルミアーナは答えなかった。エバンのほうを向くことすらなかった。
意識を失っている彼女の両目は閉じられ、その身から鮮血を流出させながら、がっくりと脱力しているのみだ。




