-11- 激戦
地鳴りを轟かせ、周囲の瓦礫を蹴散らしながら、オロルドロスが迫ってきた。
エバンは右に、ルミアーナは左に、ふたりはそれぞれ逆の方向へと飛び退いた。集まっていては格好の的になる、まずは散開することが最優先事項だったのだ。
数秒前までふたりが立っていた場所を、オロルドロスが通過していく。すぐにその巨体は、後方に建っていた石造りの家屋に激突した。凄まじい轟音とともに、瓦礫が飛散した。
あの突進を喰らおうものなら、ひとたまりもないことは明白だ。たとえ突進を喰らわずとも巨大な足に踏み潰されるか、あるいはあの手で握り潰されるか。この戦いで自分が死亡する状況が、エバンの頭にはいくらでも浮かんでくる。
だがもちろん、黙って殺される気など微塵もない。
飛び退いて突進をかわしたエバンは、すぐに剣を構え直して振り返った。ルミアーナは再び杖に腰を下ろし、魔法を使って空へと浮かんでいた。
「はああっ!」
勇ましく声を発しつつ、ルミアーナがその右手を振りかざす。
すると彼女の手から青い光弾が放たれ、オロルドロスに向かって一直線に飛んでいった。あの巨体であれば、飛び道具を持つ彼女が狙いをつけることは難しくないだろう。
ルミアーナが放った光弾はオロルドロスに着弾し、爆発を引き起こした。
しかし巨大な魔物は怯んだ様子こそ見せたが、すぐにルミアーナのほうに向き直った。
「こざかしい、小娘ふぜいが!」
魔法の光弾による攻撃は手傷を負わせた程度で、致命傷には至っていないようだ。
破壊した家屋の瓦礫をその手で掴み上げ、オロルドロスはそれをルミアーナに向かって投げつけた。
さっきも繰り出してきた、瓦礫を投擲する攻撃――実質的に、それはオロルドロスが有する飛び道具といって間違いなかった。
投石器と同等か、あるいはそれ以上の威力を伴っているだろう。
一度でも喰らおうものなら、人間など粉々に砕け散ってしまうに違いない。
「危ない!」
エバンが叫んだ時、ルミアーナはすでに攻撃を中止して防御の体制に移行していた。
彼女は魔法による光の壁を展開し、オロルドロスが放った礫から身を守っていた。
「そんな軟弱な魔法の壁、叩き壊してくれる!」
次から次へと瓦礫を拾い上げ、それを細かく砕いては投げつける。オロルドロスは執拗に攻撃を繰り返した。致命傷にならなかったとはいえ、ルミアーナの攻撃を喰らったことで頭に血が上っているのかもしれない。
ルミアーナに意識が向きすぎて、ここにはもうひとり敵が――そう、エバンいることを忘れているようだ。
両手を前方にかざして魔法の壁を展開し、絶え間なく放たれる瓦礫を防ぎながら、ルミアーナが一瞬だけエバンのほうを向いて頷いた。
――私がこいつを引きつける、だから今のうちに!
そう言われたわけではなかった。しかしエバンは、ルミアーナの表情からたしかに彼女の意思を受け取った。
エバンは剣を構えたまま勢いよく地面を蹴り、オロルドロスの背中目掛けて突進した。地面に転がっていた木材の残骸を踏み台にし、両足に力を込めて跳躍する。
図体の大きい相手なので、そのままでは脚しか狙うことができない。しかし助走と踏み台を使って飛び上がることで、どうにかその背中を狙えそうだった。
一番の急所は顔や首だろうが、少なくとも脚よりは背中を狙うほうが効果的だろう。
「むっ!?」
迫りくるエバンの気配に、オロルドロスはようやく気づいて振り返った。
しかし、その時にはすでにエバンは間近にまで迫っており、回避も防御も間に合わなかった。
「おおおっ!」
勇ましい声を上げながら、エバンは剣をオロルドロスの背中へと突き刺した。
肉を裂き、骨が削れる感触――手ごたえはあった。
たしかにあったのだが、即座にオロルドロスは体勢を立て直し、巨木のごとき腕を振るってエバンを払い飛ばした。
「うぐっ!」
とっさに身を横に動かしたことで、直撃は免れた。
しかしエバンは後方へと飛ばされ、地を転がる。受け身を取って傷を最小限に留め、すぐに立ち上がってオロルドロスに向き直った。
エバンの片手には、剣が握られたままだった。オロルドロスの背中を突き刺した彼の武器は、払い飛ばされると同時に抜けたのだ。
「そんな攻撃が通じるものか!」
顔を歪めて笑いながら、オロルドロスが言い放つ。その言葉は嘘ではないらしく、エバンに突き刺されたことでできた背中の傷が、たちまち塞がっていくのが見えた。
背中を剣で貫かれれば、人間であれば致命傷は免れない。
しかし魔物相手では、そんな常識は通用しないのだ。
「化け物が……!」
そう吐き捨てるエバンに向かって、オロルドロスが走り寄ってきていた。
ルミアーナがいくつも光弾を放つが、それが当たっても怯むどころか、突進の勢いを弱めることすらない。どうやらあの魔物は、標的をエバンに絞り込んだらしい。空を飛ぶ能力を持つルミアーナより先に、エバンを叩き潰すことにしたのだ。
「逃げて!」
エバンに避難を促しながら、ルミアーナがオロルドロスに向けて光弾を連発する。
そのすべてが魔物の巨体に命中したが、今度は怯まなかった。怯むどころか、オロルドロスは突進の勢いを弱めることすらなかった。
このままでは叩き潰される!
エバンが逃げ出そうとした時だった。
勇ましい鳴き声が鼓膜を揺らす。振り向くと、赤茶色の馬が彼に向かって一直線に駆け寄ってきていた。
「っ!」
オロルドロスと遭遇した時、エバンが避難させた軍馬。ともにこの村の調査に赴き、ダルラグの襲撃を退ける手伝いをしてくれた相棒だった。
どこかからか様子を見ていたのだろう、彼はエバンの窮地に駆けつけてくれたのだ。
エバンを見つめ、馬は再度鳴き声を上げた。
――乗れ!
まるでそう言われたように感じ、エバンは馬が自分のもとにまで距離を詰めると同時に、その背中へと飛び乗った。疾走する馬にすれ違いざまに飛び乗る、それはエバンの乗馬技術があってこそ成せる業だった。
主人を乗せると同時に、馬はさらに速度を上げ、オロルドロスが突進する先から逃れた。お陰でエバンは攻撃を喰らわず、無事にかわすことができた。
「また助けられたな、恩に着る」
赤茶色の毛が生え揃った馬の頭をなでつつ、エバンは感謝した。
戦いに巻き込みたくなかったのでこの場から離れさせたが、彼も立派な戦力になることが身に沁みて分かった。
オロルドロスから距離を取り、馬は足を止める。
ルミアーナが杖に腰を下ろしたまま、エバンのそばへと降りてきた。
「攻撃が通じないわね、もっと強力な魔術を……」
「いや、その必要はない。君はもう一度、奴を引きつけてくれないか」
ルミアーナの提案を、エバンは制した。
馬は主人を背に乗せたまま、身構えるように様子を見ていた。
「だけど、どうするの? 相手は剣で突き刺しても傷つかない化け物よ」
エバンはオロルドロスの背中を突き刺したが、その傷はすでに塞がって跡形もなかった。おそらく何度同じことを繰り返しても、結果は変わらないだろう。
急所であろう頭を狙えれば倒せるかもしれないが、あの巨体だ。その策が現実的ではないことは、考える必要もなく理解できた。
物理攻撃が通じないなら、ルミアーナが有する魔術を頼るしかない。
彼女の提案は的を射ているように思われたが、エバンには奥の手があった。
「俺の奥の手を使う。出し惜しみは……もうしない」
エバンは衣服の袖をゆっくりと捲った。
薔薇の茨が巻きつくような模様が浮き出た彼の右手首が、そこから覗く。
できることならルミアーナには見られたくなくて、さっきは収めた。しかし今度は構わなかった、オロルドロスは、なんとしてでも倒さなければならなかったのだ。
ルミアーナが息をのんだ。
「その腕の模様、やっぱりあなたは髪長姫の眷属……」




