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28. これがWBSYのカツ丼だ


 前のバンドが演奏を終えてステージ脇に引き揚げて来るやいなや、我々は急いでステージに上がって準備を始める。時間がないので薄暗い中でスタッフの人に手伝ってもらって手早く行う。


 準備が出来たところで、司会の女性が場内へ開始を伝える簡単なアナウンスをする。


「次はWBSYのステージです」


 ステージの照明が灯って我々WBSYがお客の前に姿を現す。

 お客が見ているだろう春の地方予選の映像では不揃いの私服で演奏していたのだが、今回はお揃いの高校制服風のかわいい衣装である。


「おお・・・」


 場内が少しどよめく。


 さあ、これから和田っちのMCがあって、天ぷらを演奏するのである・・・と思っていたら、場内で手拍子が始まった。


 そして、最初は小さな声だったのが、手拍子に乗ってそれは徐々に大きな声となっていく。


「カッツ丼!・・・カッツ丼!・・・カッツ丼!・・・カッツ丼!・・・」


 お客がみんなでするカツ丼コールは会場全体に響き渡った。


 乗りの良いお客だとタイガーキャッツのお姉さんたちが言っていたのを、私は思い出した。


 カツ丼コールの中、和田っちが話し出すのを待っていると、和田っちが静かにドラムを叩き始めた。


 カツ丼の「豚のテーマのリズム」である。


 バンドメンバー全員が和田っちの方を見て、目と目で彼女の考えを確認する。

 お客にこういうコールをされたら、それに応えるのが一番でしょう。


 カツ丼コールの中、和田っちの大声が会場に響き渡る。


「WBSYです!カツ丼行きます!」


 場内のカツ丼コールがスッと引き、カツ丼が始まった。


 若葉のキーボードが、ブーブブーブブとリズミカルな音を出す。ドラムの変則リズムにギターとベースで、音に厚みが加わって、豚のテーマの始まりである。

 若葉の歌は豚とか肉とか厚いとかキラキラとか叫んでいるだけだが、透き通ったよく伸びる高音が気持ち良く、これは調理台の上でキラキラ光る特上の豚肉なのだ。


 お次は、卵のテーマがギュンギュングルグル回って卵が溶かれ、パンのテーマがギュンギュングルグル回ってパンが砕かれていく。紅緒のギターが細かく弾いてパン粉が出来上がりである。


 そして、豚と卵とパンのテーマが各楽器によって渾然一体と弾かれると、そこに豚カツのテーマが現出するのだ。


 出だしは多少控えめな豚カツのテーマがどんどん展開していって、豚カツが油の中で熱く揚がっていくように、曲は最初の熱い盛り上がりを示す。


 お客の動きから、場内が盛り上がってきているのがはっきりわかる。


 ひと盛り上がりしたところでいきなり転調、キャベツの千切りだ。

 ざくざくざくざく、キャベツざざざざざざ、くくくくくく・・・

 私が包丁でダイナミックにザクザク切って、キャベツの葉が次々切られていく様を紅緒が細かい音で刻んでいく。


 ちょっと調子に乗ったところで再び転調。


 ご飯のテーマがキーボードで高らかに鳴り響くと、豚カツ、キャベツがそれに乗っかって展開し、曲はラストに向かってさらに盛り上がっていく。


 牛丼よりカツ丼、どんどんどんどん、どどどどっどどど・・・


 お客が、どんどんどんどん、どどどどどどど、と合わせてきたので、演奏する方もますます乗ってくるのである。


 カツ丼カツ丼カツ丼カツ丼・・おいしいカツ丼・・カツカツ・・・どんカツどん・・・


 場内がカツ丼コールで埋まって、大盛り上がり。


 曲は、ここまで出てきたいろいろなテーマが混ざり合って神々しい雰囲気を醸し出し、カツ丼賛歌として、ラストへと雪崩れ込むのである。


「うおーーー!」

 パチパチパチパチパチパチパチパチ


 場内のすごい盛り上がりに心を打たれる暇も、カツ丼をしっかり演れた満足感に浸る隙もなく、和田っちのドラムが天ぷらのリズムを打ち始めた。


「次は新曲!今日がお披露目です」


 和田っちの大声が場内に響く。


 これは、用意していたMCは全部やめということだな。


 みんなで顔を見合わせる。

 

 天ぷらの準備はOKである。


「天ぷら!・・・いきます!」


「うおー」


 次の曲も食べ物シリーズと知ったお客から声が上がった。


 天ぷらは、エビやらキスやらアスパラやらいろいろな食材が、ハイテンポでテンション高く軽やかに揚げられていく明るい曲だ。

 カツ丼とは曲調は違うがリズムや展開は似ており、カツ丼と同じく上品な感じでどちらかっていうとハードロックなのである。


 カツ丼であれだけ盛り上がったお客だったらこの天ぷらも絶対受けると確信を持って、私はキミハラのギターを再び鳴らしはじめるのであった。



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