25. リハーサルと(有)気味原製作所製ギターの昔話
九条さんに引き連れられて、私たちは控室に向かう。
「あなたたちって、かたくなに他のバンドを観たくないって言ってたでしょ。だから、リハーサルは一番最後にしてもらって、到着時刻も調整したのよ」
九条さんは、わざわざそうしたんだから感謝しなさい、って感じである。
私は、つまらないことに気を使わせて申し訳ない、とか思うわけだが・・・
「おお」
「すばらしい」
「ありがとうございます」
「・・・」
みんなはなんだか喜んでいるみたいだ。
この点に関して、みんなちょっと神経質なんじゃないかな。
どうせライブ本番では、私たちの前に演るバンドの音は聞こえちゃうのに。
私たちが控室に入ると、共同の控室なのに他のバンドがいない。
楽器や荷物は置いてあるみたい。
私たちが、 どうしたのかな、みたいな顔をしていたんだろう。控室にいたスタッフの人が教えてくれた。
「リハーサルが終わったバンドはみんな外に行ってるわ。どこかでお茶するとか、地方のバンドは街を観光するとか言ってたわ。私はここで留守番してるから、荷物は置いておいても大丈夫よ」
私たちの準備が出来次第、すぐにリハーサルが始まるというのでのんびりしてもいられない。
楽器を抱えてステージに上がると、ホールではスタッフの人たちに混じって、九条さんとオーナー3人組が椅子に座ってこちらを見ている。
スタッフの人の言う通りにセットアップすると、とりあえず音が出るようになったので、みんなでカツ丼を演ることにする。
カツ丼の頭の方をちょっと演ったら、さとみんがストップをかけた。
さとみんが首を傾げてる。
来る途中の車の中で九条さんが言っていたが、リハーサルは自分たちのウォーミングアップというだけじゃなく、楽器の音量のバランスを取ったり、アンプの音質の調整をしたり、それから、自分たちの演奏がちゃんと自分たちに聞こえているか確認が必要なんだとか。
さとみんと若葉がちょっと話して、ふたりが交互にステージから降りて調整するとのこと。
さとみんがステージから降りて、カツ丼のポイントになるところを何度か演りながら、音量を上げたり下げたりするのだが、さとみんはまだ首を傾げている。
そんなことをしていたら、オーナー3人組が椅子から立ち上がって寄ってきて、さとみんに何か言っている。
若葉が呼ばれて、5人でなにか話している。
「どうしたんだろう」
と和田っち。
「大丈夫かしら」
と紅緒。
「ライブハウスははじめてって話したから、なんかアドバイスでもしてくれてるんじゃないの?」
と私。
3人組がさとみんと若葉から離れていくと、若葉がこちらにOKマークを出し、さとみんの顔からは迷いが消えていた。
それからは順調に調整が進むのだが、さとみんと若葉が細かいことをいろいろ注文するので結構時間はかかってしまう。
ふたりが納得したみたいなところで、和田っちが言う。
「じゃあ、もう時間がないから、カツ丼と天ぷらを最初の区切りまで軽く演って終わろう」
今日演る予定のカツ丼と天ぷらを軽く演って、私たちはリハーサルを終えた。
一番初めの雑然とした音より、スッキリとした整った音になったような気がする。
それから、私のギターが変わっても、曲の全体の雰囲気はあまり変わっていないと思った。
父の愛用のギターなんだけど、音は安物っぽい音なんだよね。
和田っちがみんなに声をかける。
「いい感じになったじゃん。
じゃあ、お世話になったようだからみんなでお礼に行こう」
「いいことをいろいろ教えてもらったからね」
「うんうん」
と若葉とさとみん。
私たちが揃ってお礼を言うと、和雄お父さんが言う。
「君たち細かいところまで詰めるんだね。カツ丼なのに高級フレンチみたいな作り方だ」
また笑えない冗談なのだが、私たちのカツ丼は上品なカツ丼なので、そういう感想になるのかもしれない。そういえば、舌平目は今日は演らないけれどもフランス料理だったっけ。
「それキミハラだろう、どうしたんだ?」
一郎お爺さんが突然の質問である。
「これは父のものを使っています」
「懐かしいな。キミハラは、昔、私の知り合いが作ったギターだ」
一郎お爺さんが語り始めた。
「気味原さんは私の高校の先輩でこのライブハウスによくお客として聴きにきてたんだ。町工場をやってたんだけど、趣味が高じてある時ギターを作るってんで、いろいろ相談に乗ってやった。
それでこいつを作ったんだけど、安い値段なりの安っぽい音しか出なくて、それで、あんまり売れなかったんだよな。
奥さんにいろいろ言われて、すぐ作るのやめちゃったんだけど・・・
でも、誰だっけ。昔、有名なやつが使ってなかったっけ」
お父さんが答える
「RRRSの高田グンデンベルグでしょ」
「そうそう、それでちょっとは売れたんだけどね」
「へえ、見たことない変なギターだと思ってたけど、そんなギターだったんですね」
と和田っち。
「そんなギターを弾いてたなんて、先輩と若葉のお父さんはマニアなんですね」
と紅緒。
「・・・・・・」
とさとみん。
「こう言っちゃあ作った先輩に悪いけど、普通はキミハラなんかは買わないわな」
とお爺さん。
私は父のギターのことをここでこんなかたちで聞くとは思ってもいなかったので、少し驚いていた。
知ってる人は知ってるんだな。
そう、これはそういうギターなのである。
ここで、息子の祐一さんが思い出したように言った。
「そういえば、昨日のイギリス人がこれと似た赤い変なギターを使ってましたよ」
「そうか、わしら昨日は来なかったからな。もしキミハラなら、この時代に2本も揃うのは珍しいなあ」
お爺さんが感慨深そうに言うのだが、 その時私は、単にへえっと思っただけで、そのことについてはあまり気にも留めなかったのである。




