23. 家族の夢を見た朝に父親のギターについて紅緒と話す
次の日の朝は早くに目が覚めた。
夢を見ていたのである。
夢の中で、父が胡座をかいてギターを弾いていた。
穏やかな優しい曲だった。
父のまわりに何人かが集まって静かに父のギターを聴いていた。
私はスカートを着ていて横座りしている。
隣は若葉。髪の長い美少女だ。
その隣にいるのは美登里姉ちゃんかな。でも、静かに聴いてるなんて、姉ちゃんらしくない。
その向こうにいる少し大柄な女性は母さんだな。
そういえば、父のギターを子供三人と母さんで揃って聴くって、あんまりなかったよな。
なんだか幸せな気分だ。
そんな幸せな気分に浸っていたら、台所の方から声がした。
「みんな、ご飯ができたわよ」
そんな母さんの大きな声で目が覚めたのだった。
目が覚めるとまわりには女子がゴロゴロと雑魚寝をしている。
まだアルコールが残っているが不快ではないし、頭は痛くないし、大丈夫だ。
ゆっくり立ち上がって、寝ている女子を踏まなように洗面台に向かう。
水の音がするので覗くと、紅緒がもう起きていた。ちょうど歯磨きが終わったところだ。
私に気づいた紅緒が朝のあいさつだ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
紅緒に洗面台を譲ってもらって、顔を洗って気分をシャッキリさせる。
「早いですね」
「紅緒もね」
「私はいつも早いですよ」
「変な夢を見て目が覚めちゃったんだ。父がギターを弾いてたのよね」
「お父さんのギターを使うことにしたから」
「うん、たぶんね」
「お父さんは何か言ってました?」
「いや、ただ弾いてただけだった」
「先輩のお父さんもギターが趣味だったんですか?」
「趣味?・・・ああ、まあね。よく家の中で弾いてたよ」
「実は、うちの父も、ギターが趣味なんです」
「へぇ、もしかして、それであの防音室?」
「そうです。それで、趣味でギターをいっぱい持っているんです」
「ギターをいっぱい?」
「素人の道楽だって言ってます。私がギターをやりたいっていったら、ひとつくれるって言ったんです」
そういう趣味の大人はいいギターを持ってそうだが、紅緒の白いやつは安い初心者用である。
「でも、やっぱり、自分のギターは自分で手に入れないといけないと思って、バイトしてお金を貯めて買ったんですよ」
紅緒は、えへへへへ、って感じの照れ笑いだ。
私も、バイトで稼いであの壊れた黒いやつを買った時は、嬉しくてしょうがなかったのを思い出した。あれを修理するかはわからないが、捨てる選択肢はないと改めて思った。
「私にとって、父親のギターは遺品だからなかなか使うのがためらわれてた、というか怖くて使えなかったんだけども、昨日のことは何かのいい機会だと思ってね」
「新しいギターで曲がどうなるか、楽しみですね。あ、でも、あんまり変わらなそうですけど」
「まあ大丈夫だと思うけど、当日にリハーサルがあるというからその時に合わせてみないとね」
早く起きちゃって、やることがないので、朝食の支度でもしようかと思った。
「ところで、朝食の予定は何だったっけ?」
「アスパラを巻いたオムレツにトーストです」
「食材は足りてる?」
「はい、冷蔵庫確認します」
紅緒も朝食の準備に前向きだ。
今日の朝食当番は和田っちとさとみんだったが、みんなまだ眠ってる。
早く起きたふたりで昨夜の後片付けと朝食の準備に入った。
朝食はみんなを叩き起こして揃って食べた。
私が作ったオムレツは、二日酔いのタイガーキャッツのみんなに絶賛されてしまった。
タイガーキャッツがホテルに帰って行った後は、やることがないので、けい君の試合をみんなで観た。
タイブレークからの続きなのに結構長く試合が続いていたが、結局、我が校は0対1で負けてしまった。
強力打線の高知鰹一本釣高校を相手によくやった方なのではないだろうか。
午後は、父のギターに慣れておこうと部屋の隅でひとり静かにギターを弾いたりしていた。みんなも個人個人でいろいろ練習しているようだ。
でも、さとみんは沈さんの「家庭でできる!簡単おいしい中華料理」の本を熱心に読んでたぞ。
夕食はカツ丼である。
食べながら、ライブでやる曲とか構成とかを決めていく。
さて、いよいよ明日は我々WBSYの第一次予選ライブである。




