20. タイガーキャッツの雨降りライブ
「19. タイガーキャッツのアパート訪問」に、タイガーキャッツの演奏予定曲目などについて小修正がはいりました。
「1曲目が終わって、場内がワーッと盛り上がった時に、スプリンクラーが水を噴き出したんだ」
「もう、びっくり」
「えーって感じ」
「どうなってるのかわからなくて、呆然としてたら、ガモがね・・・」
3人が蒲生さんを見る。
「瞬間的に身体が動いたのだ」
蒲生さんがそう言うと3人が続いて言う。
「スプリンクラーの放水で、お客が悲鳴を上げると同時に、ガモが『豪雨のテーマ』を激しく弾き始めたのよね」
「ガモのやりたいことがすぐわかったから、私たちもすぐに追いかけたのよ」
「ほんとに瞬間的な判断よね」
「今回のコンペのために『雨上がりの月を見上げて』という新曲を準備していたんだ」
蒲生さんが説明する。
「これは、激しい夕立でびしょ濡れになった男女がお互いの愛を確かめ合うという内容で、激しい雨を歌う激しい曲調の『豪雨のテーマ』から始まって、雨上がりの月を見上げてお互いの想いを語る情緒たっぷりのバラードになるという曲なんだけれども、仕上げるのに直前までかかってしまってライブではまだ一度もやっていなかったので、今日やるのはやめていたんだ」
「それを急にやったんですか。相談もなしに」
若葉が驚いて聞くと、蒲生さんはしれっと言った。
「ああ、だって状況にピッタシだろう」
「みなさんもびしょぬれになんですよね」
紅緒が聞く。
「舞台のやつが作動しなかったのが瞬間的にわかったので弾き始めたわけだが・・・舞台も水浸しだったら音は出なかったんじゃないかな」
「びしょぬれでも弾いたわよね」
「弾いた弾いた」
「ドラムはびしょぬれでもOKさ」
「お客の悲鳴が歓声に変わるのがわかって、もらったと思ったよ」
「ふえー」
「すごいな」
「なんなんですか」
「……!」
うちの4人が感歎の声を上げる。
「スタッフの人達も理解してくれたみたいで、変な場内放送もなかったのよね」
「ガモがあれだけ大声で歌いはじめたら、普通、変な放送は流せないでしょ」
話を聞きながら状況を想像するのだが、想像を絶するとてつもないことが起こったように思えた。
タイガーキャッツの状況判断と結束もすごいが、水をぶっかけられて歓声を上げるお客ってどんなお客なんだろう。
トラブルが起こっているのに、予定外の曲を歌わせちゃう会場スタッフもすごいな。
「それで、スプリンクラーがいつ止まるかわからないから、止まるまで夕立のパートを繰り返してたんだけど・・・あれってピタッとは急には止まらないのね。勢いが落ちて来たのを見てから、バラード部分に進行するタイミングを計るのが大変だったよ」
「そこは、私たちは、ガモにお任せよ」
「うまく移れたと思う」
「うん、なかなかうまくいったね」
「その後は、夕立でびしょ濡れ男女の愛のバラードだから、スプリンクラーでびしょ濡れのお客には実感を持って聞いてもらえると思って、演奏には力が入ったよ」
「みんな気合いが入ってた」
「うん、うん」
「曲が終わったら大盛り上がり」
「これで、次のライブは決まったと思ったわ」
「機転を効かせてアクシデントを乗り切ったことを実力として評価したと、ライブ後に言われた」
「だけどもね。私らの後のバンドはかわいそうだった。お客がびしょ濡れという異常な状況にビビったのか、みんな乗れきれない演奏だったのよね」
他のバンドの話が出たので、私は聞いた。
「ところで、実力者のBeatiful Bloody Birdsとスレイリーが居たでしょう。彼女らはどうだったんですか」
「BBBとスレイリーは落選したよ」
「えっ」
「彼女らは、私らより前にやったんだけれど、両方とも淡々と演奏してた」
「あなた達ももらった動画を観たでしょ。動画ではすごい演奏していたけれども、それとは全然違って、低調なパフォーマンスだったの」
「それを見てたから、私たちは気合を入れて頑張ろうってなったんだけどね」
「それから、彼女ら、落選しても特に残念がるでもなく、さっさと帰っていった」
「全然悔しそうじゃないのも謎だったわね。なにか事情があったのかもしれないけど・・・」
「でも、結局、勝ち残ったのは・・・」
「そう、勝ち残ったのは・・・」
「勝ち残ったのは・・・」
だんだんと盛り上げてきたタイガーキャッツの4人は、最後にコップをかかげて声を揃えた。
「勝ち残ったのは私達よーーー」
「おめでとーーー」
と、WBSYも声を揃える。
大声出すと近所迷惑だから、静かにしてほしいんだけどね。
「さあ、飲むだけじゃなくて食べてください」
若葉がみんなに言って、祝勝会が本格的にはじまった。




