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13. Into the Bright Madnessとの交渉


 さて今日は、Into the Bright Madnessとの交渉の日である。


 朝一番で練習を終えた私たちがスタジオの待合で待っていると、彼女らは時間通りに入り口に現れた。


 私と紅緒が立ち上がって近づくと、彼女らもこちらに気がついたようだった。


 Into the Bright Madnessの4人は、本番でもないのにみんな遠目から見てもわかる厚化粧で、そのうちのひとりが私たちの方を見て、すごく嬉しそうに笑ったのが見えた。確か、ステージで激しく歌っていたボーカルの女性である。


 そして、彼女が私に向かって言った。


「うふふ、千草でしょ・・・久しぶり・・・」


 ますます嬉しそうなボーカルの彼女。

 隣にいるギターを背負ったお姉さんが怪訝な顔をして私を睨んだ。

 紅緒は驚いて私を見ている。


「うふふふふふふ・・・ここじゃあなんだから、私たちの部屋に来てよ」


 Into the Bright Madnessの4人が受付のチェックを終えてスタジオの奥の部屋に歩き出すと、私たちは彼女らに付いて歩いていく。


 歩きながら紅緒が私に聞く。

「いったい誰なんですか?お友だち?結構美人ですね?」


 いや、それが私にもわからないんだよ。

 いったい、彼女は誰なんだ?

 どうして、私を知っているのか?

 しかも、かなり親しげなんですけど?

 顔には見覚えはない・・・しかし、化粧が濃くて、本当の顔がよくわからないだけかもしれない・・・


 私たちが彼女らに続いて部屋に入り、ドアを閉めると、私を知っているボーカルの彼女が私を部屋の隅に呼んだ。


「千草・・・こっちに来てよ」


 二人で部屋の隅で立ち話である。


 私と向かい合うと、彼女の顔が迫ってくるのである。化粧の香りが強い。女性にこんな風にグイグイと近づいてこられると、ちょっとドキドキしてくるのである。


 顔が近いので、私は小声で聞いた。


「いったいどなたなんですか」


 彼女はニコッと笑って小声で囁いた。


「俺だよ」

「は?」


 女の人が俺って・・・なんだよ?


「ふふふ、わかんねえか」

 まったくわからない。

「すいません」


 すると、彼女は私の耳元に唇を近づけて囁いた。


「名田だ」


「え?・・・名田?」


 名田って、私はひとりしか知り合いはいないんですけど・・・しかもそれは男だし・・・


「ばばあほどじゃないけど、俺もそれなりに美人だろ」

「はぁ?・・・本当に名田なの・・・」

「ああ、久しぶり」


 カールした長い髪、化粧していて睫毛が長いし、ずいぶん痩せちゃって、スタイルが良いし、たしかに美人で色っぽいし・・・でも・・・よく見ると確かにこいつは名田なのであった。


 まったく、こんなところで、ふたりともこんな姿で再会するとは・・・

 ふたりで思わず笑って、抱き合ってしまった。


 で、名田が言う。

「用件は曲のことだろ」

「おう」

「すまなかった。ネタがないので使わせてもらった」

「それはいいんだが、俺たちも同じフレーズの曲がある」


 ちょっと間を置いたが、すぐに彼は言った。

「お互いインスパイヤーってことでどうだ」

「おう、それを言いにきた」


 気心知れた仲間とはすぐ話がつくものだ。部屋の隅のふたりだけの短いひそひそ話しで問題は解決したのであった。


 これで、一安心である。


 で、さらに、頭を付き合わせてのひそひそ話が続くのである。


 名田が言う。

「それから、若葉と佐藤ちゃんがいるだろ。俺が男とバレると困るからあいつらとはあまり話したくない」

「知り合い?」

「同じ音楽学校で、俺が中学の時に面倒見たことがある」

 そんな話は初めて聞いた。世の中は狭いと思った。

「わかった。お前が男だってことは黙っているから、俺と弟の女装のことも内緒に頼むぜ」

「ふたりだけの秘密ね」

「ふふふ、お願いよ」

 ふたりで顔を合わせて微笑みあったりするのだった。


 名田と別れて、みんなの方に戻ると、紅緒がなんだか不機嫌そうである。

「あの女の人と、なにをいちゃいちゃしてたんですか」


 若葉、和田っち、さとみんが次々質問してくる。

「あの女は何者?兄貴の女装を一目で見破るなんて・・・深い知り合い?」

「もしかして先輩の昔の彼女?」

「・・・?」


「はぁ?・・・深い仲?・・・いちゃいちゃしてた?・・・私の彼女?・・・」


 美少女の私とまあまあ美女の名田が、実は男同士なんだけど、ふたりでひそひそ話をしていたのが、みんなには、男の私が深い仲の女性といちゃいちゃしていた、と見えていたらしい。


「・・・・・・」


 相手を男とバラさずにあの状況をどういう風にうまく説明しようか、と悩んでいたら、部屋の反対側で大きな音がした。


 バシィ!

 で、ドタンバタンと人が転がる音。


 見ると、名田がギターのお姉さんに張っ倒されていた。

「あんた、なーに、あの女はなーに」

「ちょっと、待った、待った」

「この浮気者!」

「だから、落ち着け」

 床に倒れてお姉さんに踏みつけられそうになりながら、名田がこちらに叫んだ。

「おーい、助けて・・・」


 仕方がないので助けに行くことにした。


 さっきからこっちを睨んでいる紅緒に声をかける。

「紅緒、一緒に来てくれ・・・いや、みんな一緒に行こうか」


 みんなでそろって近づいていくと、名田を踏みつけたお姉さんが私に向かって怒鳴った。

「あんた、うちの名田のなんなのよ」

 彼女に踏まれて苦しそうな名田が声を絞り出す。

「ここ・・・こいつは・・・男なんだ」

「は?何言ってんの?」


 本当に仕方ないので、ここで私が自己紹介をする。

「どうもこんにちは。こいつと高校の時に一緒のバンドやってた同級生の馬場です」


 こっちと名田を交互に睨んでお姉さんが言う。

「は?男だけのバンドって言ってなかったっけ?」

「だから、こいつ、男なんだ」

「は?何言ってんの?これが男のわけないでしょ!」

「いや、だから・・・」

「なに言ってんの、この、この、この、この」


 ふたりの揉めごとが収まりそうもないので、その間に、紅緒をはじめとするうちのみんなに名田のことを紹介することにする。


「で、あの踏みつけられてる彼女が、名田くんって言って、私の・・・っていうか俺が高校の時に一緒にバンド組んでいた男だ」


 こちらもみんな驚いたようだ。

「は?女装?」

 と和田っち。

「え、もしかして、伝説のバンドのボーカルで、教師を殴った・・・」

 と紅緒。なかなかするどいね、その通りだ。

「もしかして・・・・ナーダのにいちゃん・・・」

「!!!!」

 なぜか、若葉とさとみんも気づいちゃったよ。そういや名田って苗字は地元じゃ珍しいからな。


 とかいってるうちに、名田の方も少し落ち着いたようである。


「あなた、本当に男なの?男なのにこんな美少女??」

「いえいえ、名田くんほどじゃありませんから・・・」

 とりあえず、謙遜してみた。


「はぁ?何言ってんのあんた馬鹿なの?」

「昔からこいつは馬鹿なんだよ・・・」

 足下の名田が言うと、すぐにらまれた。

「あんたは黙って!」


 股見せろとか言われかねない勢いだったがそれだけはまぬがれた。胸は、ちょっとずらしてみせて、付け胸と納得してもらった。


「それから、こいつは若葉君っていって、千草の弟・・・男だから」

 名田に紹介された若葉が挨拶する。

「なつかしいな、ナーダのにいちゃん・・・だよね」

「おう・・・佐藤ちゃんも久しぶり・・・」

「・・・・!」


 ギターの彼女さんがますます驚いている。

「えええええ?・・・妹じゃなく弟?・・・」

 そして、和田っち、紅緒、さとみんを指して言う。

「じゃあ、あんた達も・・・もしかして・・・」


 和田っちが即答する。

「いや違います」

「でも、このふたりが男だったら、当然あんたたちも男でしょう!」

「いや、私たち3人は女ですから」


「えー、そんな馬鹿な」


 うろたえるギターの女性に名田が下から言う。

「おい、まゆみ。それぞれのバンドにはいろいろと事情があるわけだし、いろいろ隠さにゃいけないこともあるわけだし・・・あんまり深く追求するのは・・・」

「はぁ・・・まあ・・・わかったわよ」

 名田の説得で「まゆみさん」もなんだか納得したみたいだった。


「でも、全員女装のガールバンドってのもすごいわね」


 でも、まだまゆみさんには誤解があるようなんだけれども・・・


 まゆみさんが私たちに言う。

「ごめんなさいね。こんなところをみせちゃって・・・まあ、悪いのはこいつなんだけどね」

「俺は悪くねぇよ」

「あんたは黙ってなさい!」




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