10. タイガーキャッツのスタジオ訪問
スタジオで練習をはじめたものの、いつもと違うことが多くて、いろいろと戸惑ってしまうのである。
アンプが違うせいかギターの音が違うような気がするし・・・でも、みんな平気で演奏してるし・・・紅緒にそう言っても
「気のせいじゃないですか?」
とか言われちゃうし・・・
でも、和田っちのドラムがいつもよりも調子いいのは、みんな気づいたようである。
「どうしたの?なんだかいつもよりいい感じじゃない」
若葉が聞くと、和田っちが得意げに言う。
「このドラムは、わたしのやつより良く響くよ。なんだか気分いいし、乗ってきたぞ」
私はドラムの音質や響き方はあんまり変わってないと思うんだけれども、まあ、新しい環境にすぐ慣れて、さらに調子の乗っちゃう和田っちを見習わないといけないな、と思った。
とかやってるうちに、ひと通りの曲が終わって休憩となった。
若葉と紅緒が待合の自動販売機にジュースを買いに行ったのだが、帰ってくると、後ろに若いお姉さんたちが4人付いてきた。
「おはよう、お久しぶり」
お姉さんたちの挨拶に、和田っちとさとみんがうれしそうに応じる。
「どうも。おはようございます」
わかってないのは私ひとりのようなので、こっそりと紅緒に聞く。
「あの人たち、誰?」
「タイガーキャッツの4人です」
タイガーキャッツといえば、うちの地元から出場しているバンドで、予選の時にいろいろと世話になったとか言ってたっけ。ライブの映像の中の迫力ある雰囲気とは違って、まったく普通っぽく見えるお姉さんたちであった。たぶん私より年上、社会人かもしれないと思った。
「じゃあ、そちらが新加入の千草さん?こちらのお姉さんなんですって?」
「はじめまして、千草です。この子の姉です。今回加わりました。ギターをやらせてもらっています。それから、予選の時はいろいろとお世話になったとみんなから聞いてますが、またよろしくお願いいたします」
とりあえず、初対面の挨拶はこんなもんだろう。
「なんだか、堅苦しいわね」
「いやだ・・・こわーい」
「でかいな。胸もませろ」
「ちょっと、やめなさい」
タイガーキャッツの人たちの反応を見ると、ちょっと真面目すぎたかも・・・女の子だからきちんとしようと思ったのだが、ロックな挨拶の方が良かったのかも・・・
「蒲生です。リーダーでギターよ。よろしくね」
「しっかり者のリーダーよ。私はベースの由香。よろしく」
「ドラムのゆんだ。胸だ、胸、胸」
「別に、でかい胸が好きってわけじゃなくて、胸ならなんでもいいみたいだから気にしないでね。
で、ギターの洋子よ」
「あなたたち、ホテルに居ないから辞退したのかと思っちゃった。『晴れた夜に太陽が輝く』もいないしね」
「お姉さんのところで合宿してるんだって」
「千草先輩のアパートでみんなで自炊なんですよ」
「自炊?すごいわね」
「ホテルは面白いですか?」
「ホテルは・・・面白かったりつまらなかったりかな」
「まあ、いろいろなバンドがいていろいろな話ができて面白いけど、気が休まらないというか・・・落ち着かないわ」
「あなたたち、いいわね。うらやましいわ。私たちもどこかに宿があればね」
「自炊って、何作ってるの」
「今日の夕飯はアクアパッツァの予定です」
「は?何それ?」
「食べたことないわ」
「今の時期だとスズキかカレイかしら」
「スズキでチャチャっと作ろうかと」
「わかってるの、由香」
「さすが主婦」
「由香さんって主婦なんだ」
「こいつ、乳飲み子を旦那の親に預けて来てんだ」
「すごいですね」
「可愛いんだよこれが」
「写真見せてやりなよ」
・・・なんだか会話が弾むのである。
「ところであんたたち、調子はどう?」
「竹内プロデューサーがすごく推してたけど・・」
「は?」
「へ?」
「・・・」
「竹内プロデューサーが?」
「それはいつのことですか?」
「前に地元に来た時よ。ほかのバンドの話は熱心じゃなかったけれど、あなたたちだけはやたらと熱心だったわよ」
「演奏聴いていないのに?」
「練習に誘ったら興味なさそうでしたよ」
「・・・演奏は褒めてなかったわよ」
「は?」
「へ?」
「演奏じゃなくて・・・熱心?」
「それはいったい?」
「???」
タイガーキャッツの4人が、チラチラと私の方を見るんだけれど・・・
「今日、千草ちゃんに会ったら、まあなんとなく、わかったけど」
「うん、うん」
「そうね」
「なるほどっていう胸だな」
竹内プロデューサーはいったい何を言ったのだろうか。まあ、なんとなくわかるんだけど・・・
それを聞いて、こちらの女子たちも反応するのだった。
「おお」
「そうなんですか」
「・・・」
そんな中で、リーダーの蒲生さんが私に尋ねた。
「で、どうなの」
「いやいや・・・全然・・・そんな・・・」
私が否定すると、蒲生さんが嬉しそうな顔をした。そして、真面目な顔で言った。
「じゃあ、私狙ってもいいかな?」
「ええ?」
「は?」
「狙う?」
「ええ、どうぞ、どうぞ」
「よーし。一丁狙ってみるか」
真剣そうな蒲生さんの横で、主婦の由良さんが言う。
「あれは、真面目でいい旦那になるわよ。おすすめよ。」
「でたー。奥様の評価。きました」
「おー」
なんだか、みんなで盛り上がってしまった。
若葉が小声で私に囁く。
「お姉ちゃん、これで安心して振れるわね。ふふふふふ」
振るも振らないも、別に付き合っているわけじゃないし、付きまとわれて迷惑しているってわけでもないし、どちらかと言えば、周りにこんな風に言われることほうが迷惑なんだよね。
話は尽きないのだが、蒲生さんが話を切った。
「そろそろ、時間だわ」
みんな、いつのまにか長く話しちゃったのに気がついた。
「邪魔してごめんね」
「そんなことないです」
「いえ、なんだか、ホッとしました」
「変に緊張してたのがほどけた感じ」
「・・・・・・」
私は蒲生さんに念を押した。
「では蒲生さん、竹内プロデューサーのこと、よろしくお願いします」
「ふふふふ、千草ちゃん、まかせなさい」
こうして、タイガーキャッツのお姉さんたちは去っていったのだった。




