6. 盗作のフレーズ
「Into the Bright Madness」の演奏が始まったとたんに、全員が凍りついたのである。
「Into the Bright Madness」の歌う「輝かしい明日」は、私たちの4曲目とまったく同じ、例のフレーズで始まったのである。
そして、重量級の激熱ロックなアレンジで、例のフレーズがアップテンポで次々と展開されていったのだ。
「ええ!」
「は?」
「???」
「あ姉貴・・・」
「・・・」
みんなものすごく驚いているようだが、一番驚いているのは私なのである。
映像を止めて、若葉が言った。
「まさか姉貴が盗作した?」
若葉はきついことを平気で言うね。
「先輩・・」
「盗作ですか・・・」
「・・・」
みんながこちらを見る。
私は盗作はしていない。でも、同じものがたまたまにしては似すぎている。
ちょっと冷静になった私は、何人かの人間がこのフレーズを知っていることを思い出した。Into the Bright Madnessの後ろには、このフレーズを知っている野郎が誰かいるのではないかと思った。
そうだと、すると・・・
「Into the Bright Madnessは北海道代表・・・いったい誰かな?」
思わず口に出すと、紅緒が尋ねる。
「誰かな・・って、誰のことですか?」
紅緒は動揺してるのか、なんだか変な質問だ。
「えーっと・・・誰だかわからないけど、たぶん『輝ける青春の果てに スペシャル』の誰かなんだけど・・・」
「輝ける青春のなんちゃらって、なんですか?」
と紅緒のさらなる質問。
いけない。私もまだ動揺しているみたいだ。
ここは冷静にちゃんと説明しないと、私が盗作、4曲目はお蔵入り、なんてことになりかねない。
「えーっと、説明するよ。
このフレーズは、私が高校時代に作ったもので間違いはない。
でも、当時、このフレーズを曲にしようとバンドのみんなであれこれとアレンジしたり弾いたりしていたから、バンドのメンバーはみんなこのフレーズを知っているはず。
やつらは誰もこのフレーズを悲しいとか思わなかったから、こんな曲に作り上げる可能性がある。
だから、私の高校時代のバンドのメンバーの誰かがInto the Bright Madnessの曲作りに関係していて、このフレーズを使ったんじゃあないかと思うんだ」
という私の説明で、みんな納得してくれるだろうか。
「うーむ。そういうこともあるかもしれないね」
と和田っち。
「軽音部だから、先輩のバンド以外の部員の人も聞いてる可能性がありますね」
と紅緒。
「Into the Bright Madnessのメンバーに見覚えはない?」
若葉にそう言われて、もう一度映像を見る。
Into the Bright Madnessは4人構成のバンドで、長い髪を振り乱してやたら動き回る過激なボーカル、スタイルのいい美人のギター、うつむき加減の物静かなベース、力強くリズムを刻む太ったドラムで、いずれも化粧が濃くて本当の顔が良くわからない。でも、当時の軽音部にいた女子といえば木村さん、大野さん、八頭さん、飯塚さん、横山さん、などなど・・・の誰とも違うように見えるのだった。
「見覚えなし。このメンバーからは手がかりなしだわ」
私は、Into the Bright Madnessと直接話してみる必要があると思った。
こちらの曲が後から出るわけだから盗作を疑われるのはこちらであるが、それは困る。でも、だからといって、昔の仲間をいきなり盗作と言って訴えるわけにもいかない。
結局のところ、同じフレーズから別の曲を作ったってことを、向こうとこっちが了解すれば、問題はないんじゃないかと思った。
「盗作を許すの」
和田っちが憤慨するのもわからないではないが、若葉がなだめてくれた。
「まったく違う曲になってるし・・・いわゆるパクリとは違うと思うんだけどね。みんなどうかな」
「まあ、そう言われれば・・・」
「・・・」
ということで、こちらが盗作ではないことが明確になれば、向こうの曲には文句はつけない、という線でいこうと意見がまとまった。
Into the Bright Madnessの練習中のスタジオを訪ねて話をするということになった。
「ところで、『輝ける青春のなんちゃら』って、なんだったんですか?」
紅緒はしつこいね。
その上、若葉が補足した。
「輝ける青春の果てにスペシャル」
なんで若葉は一回で覚えちゃうかね。仕方ない・・・
「私の高校時代のバンド名」
「え?あの伝説のバンドの名前ですか?」
「すごい名前だな」
「ヒュー」
「姉貴のセンスはすごいね」
やはり、今ではかなり恥ずかしい名前だと思う。さっき、つい口走ってしまった自分をなさけなく思った。
「でも、つけたのは私じゃないから・・・」
ボーカルの名田の趣味でつけた名前である。ちなみに、こいつは教師を殴って停学を喰らった男だ。何年か浪人してたとこまでは知っているが、今はどこにいるのだろう。
もちろん、Into the Bright Madnessの後ろにいる可能性があるひとりである。
こんなわけで、QQQのことに加えて、Into the Bright Madnessとの交渉のこととか、面倒なことがいろいろ起こってきたのだった。
両方とも私の関係の面倒だ。
「すまないね。いろいろと・・・でも、私がなんとかするから大丈夫だよ」
私が言うと、和田っちが元気に言った。
「いや、先輩は悪くないよ。それから、ひとりで背負うのも良くないよ。QQQのことは若葉ができるし、Bright Madnessとの交渉だけど、交渉ごとなら紅緒がいるから」
「は?交渉ごとは私?」
「生徒会長・・・」
「ああ・・・そうね。先輩、お手伝いしますね」
紅緒が笑顔で私に言った。
みんな心強い仲間たちだな、と思った。




