1. 合宿初日
第二部開始です。
さて、夏休み。バンドのメンバーが私のアパートに泊まりにやってくる。
昼過ぎに、皆の到着を待っていると、がちゃがちゃと鍵を開ける音がして、4人が戸を開いて入ってきた。
「さあ、遠慮なくどうぞ」と若葉。
ちょっと待った。それは私のセリフでしょう。
若葉に言われて三人の女子が遠慮なく入ってきた。
「こんちわーっす」
「おじゃまします」
「・・・・」
「男、というか若葉はこっちで、その他の女子はそっち。で、これが部屋の鍵」
寝室は私と若葉で、私はベッドで若葉は床で眠る。女子3名は音楽部屋で雑魚寝である。
さとみんにいくつか聞きたいことがあったので、ここでちょっと聞いてみる。
「ところで、さとみんお姉さんの部屋には泊まれないの?」
さとみんが答える。
「泊まれません。姉は恋人と同棲してるし」
えっ、そうなの。
恋人と同棲ってことに衝撃をうけた。
ひとりで勝手にときめいていた自分をなさけなく思いつつ、もうひとつの質問をして、衝撃をやわらげようとする私であった。
「ところで、お姉さんの名前はなんていうの?」
「姉は言ってませんでしたか?」
「ずーっと『佐藤さん』なんだけど・・・」
「うーん・・・」
さとみんは、ちょっと考えてから答えた。
「じゃあ、秘密」
「は?」
ここで姉の名前を言ったら姉に殺されます、とさとみんの目が言っていた。
秘密ってことは、もしかして・・・
さとみんに「さとさと」とつけた親なのだから、お姉さんの名前もなにか恥ずかしい名前なんじゃないだろうか、と思いついた。
あの「佐藤さん」の明るい笑顔の奥に、もしかして、なにやら暗く哀しいものが隠れているのであろうか。
名前についての謎は深まるばかりである。
音楽部屋と私が呼ぶ部屋に入った女子3人は驚きの声をあげた。CDの山を見たのであろう。
開いているドアからちょっと覗いてみる。
一緒に覗いた若葉が部屋の中のCDの山を見て言った。
「ねえ、これまた、増えてないかしら?」
「そんなには増えてないよ」と私が答える。
「少しは増えてるってことかしら?」
若葉がここで可愛く話す意味はなんなんでしょうか。
紅緒がCDの山を見ながら笑顔で言った。
「噂に聞いていたこれを聞くために、ポータブルプレーヤーを父から借りてきました。ついでに父からいろいろCDを押し付けられそうになったんですけど、それは断っちゃった。荷物になるし」
和田っちが続けて話す。
「これだけあれば、ほかのものはいらないね。先輩、これから、ここにあるやつ聴くのがちょっと楽しみだよ」
さとみんが続ける。
「・・・」
紅緒が聞いてくる。
「それで、初心者はどの辺りから聴いたらいいですか」
「まあ、その、片っ端から聴くといいよ」
「わかりました。じゃあ、この前借りたお勧めバンドのあたりから行きますね」
山の中から数枚を取って見ていた和田っちが言った。
「いやあ、全然知らないのがいっぱい。本当にすごいな」
さとみんも嬉しそうだ。
「・・・・・・・・・・・・・!」
なんだか、3人は変な盛り上がりを示しているようである。
荷物の展開と整理が終わって、さて何をしようかと思ったら、若葉が騒ぎ始めた。
「さあさあ、みんな、食事の相談よ。集まって」
みんな食堂の食卓に集まって、若葉の説明を聞くこととなった。
「えーと、みなさん。この合宿の食事は、朝昼晩と、全部自炊でいきたいと思います」
は?若葉は一体何を言い出したのさ。
ほかのみんなも少々呆然としている。
「自炊はいいけど、朝昼晩全部なの?」
「ねえ、もしかして、私も作るの?」
「毎日いったい何を作るの?」
「・・・・」
ふふふっと不敵に笑う若葉が言った。
「レシピはここに全部考えてきてあります」
若葉が食卓の上に置いた分厚いノートをパラパラと開くと、そこには細かい字でいろいろなレシピがぎっしりと書き込まれてあった。
「まったく、そんなことしていて、よく試験を落とさなかったね」
と、和田っちにあきれられてもまったく平気な若葉である。
「そんなに上位はめざさなかったからね。うふふふふふふ」
「若葉は紅緒か・・・」
珍しくさとみんがつっこんだ。天才少女も試験では苦労しているのかも知れないと思った。
「でも、1次予選ないしは2次予選で脱落したら、この献立の後半は使われることないんじゃないかしら?」
紅緒がレシピのノートを手にして鋭く指摘したが、若葉は平然と答えた。
「ふふふふふふふ、私はWBSYを信じて、決勝の次の日の打ち上げまでのレシピを作ってきました」
笑顔の若葉を見ていると、若葉も変なところで盛り上がってるな、と思った。




