3. 地元に向かう汽車の中である
初夏の土日を利用して、バンドの連中との顔合わせのために地元に帰ることになった。
ギターを背負って列車のホームに一人で立つと、ミュージシャンを目指ざそうかなどと悩んでいた高校時代の気分を思い出した。空席の目立つ車内で、缶コーヒーを飲みながら若葉のバンド「WBSY」の録音を聞いていると、今日の顔合わせに向けて、ちょっと緊張している自分がいた。
若葉が送ってきた「WBSY」の演奏なのだが・・・・
ボーカルとキーボードは弟の若葉で、男とは思えない高音のきれいな声である。たしか子供の時には教会の聖歌隊だったんじゃなかったっけ。キーボードはピアノをやってたから、まあ、うまいな。
ドラムは元気がよくって、きちっと刻むが、音がペチペチしてるから、多分腕力のないちび助が一生懸命やってる。
ベースは地味だが効いている。たぶんアレンジがいいんだと思う。でも、演奏はうまいかへたかはよくわからない。
で、問題のギターは、繊細で細かく弾けるうまい奴なんだが、なんだか迫力がない。どうしちゃったんだろう、遠慮しているのかな、そんなわけないよな、たぶん真面目で几帳面で小心な奴なんじゃないかな、とか想像してみる。
ともかく、ギターの音を厚くしたいってのはわかる気がした。
演奏の質は、こんな印象だが、しかし、この曲は何だ。
オリジナルの曲だ。
牛丼よりカツ丼、どんどんどんどん、どどどどっどどど・・・だと?
ざくざくざくざく、キャベツざざざざざざ、くくくくくく・・・はぁ??
カツ丼カツ丼カツ丼カツ丼・・おいしいカツ丼・・カツカツ・・・どんカツどん・・・???
まあ、言葉のリズムは良くて、ロックンロールなのは認めよう。
意外にも、これがまた、どちらかっつうとハードロックなんだよな・・・
でも、いったい、どういうセンスなんだ?
で、実は、さっそく譜面が送られてきていて、それは俺を加えた新しい譜面である。
こいつらは、すでに新しいメンバー構成で、次の演奏を考えているのだ。
昔の俺のバンドでは皆で演奏しながら譜面なんか作らずに組み上げていっていたのに、なんだか、きちっとしてるんだよね。非常に細かいところまで指定してあって、読んでてやんなっちゃったんだけど、内容は基本的には悪くないので一応練習はした。
変えたり加えたいところが当然あるわけなのだが、そうした意見のやりとりがうまくできる相手なのかがまだわからないところが不安である。カツ丼野郎には変なこだわりがありそうだ。若葉も意外と頑固だしな。
でも、高校生のバンドに混ざる年寄りが、いろいろ強く言ってもお呼びじゃないから、昔のようにあまり熱くならないようにしようと思うのである。
まあ、そんなことやあんなことをいろいろと考えながらの汽車の旅なのだが、解けない謎はバンドの名前だ。
「WBSY」って、いったい何の略なんだ?




