28. プロデューサーさんとの打ち合わせ(その1)
喫茶店でみんなで待っていると、ちょうど約束の時間に、入り口に大柄なスーツ姿の男があらわれた。やはり、竹内プロデューサーである。
彼は空席だらけの店内を見渡すと、びっくりした顔をした。店の片隅にいるわれわれの集団がWBSYだとすぐにわかったと思うのだが、その中に私の姿があるのを見つけたのだろう。彼はびっくりした顔をしたあとに、すごい笑顔になった。そしてまた生真面目な顔に戻って、こちらの席にゆっくりと歩んできた。
「あのう、WBSYのみなさんでしょうか?」
確認後、私をみて微笑むと言った。
「先程は失礼しました。ということはあなたが千草さんですか」
私が答える前に、和田っちが答えた。
「そう、これが新メンバーの千草です。若葉の姉です。WBSYは、この5名になりました。よろしくお願いします」
さすが和田っち。バンドマスターとしてのけじめの挨拶である。
「ああ、これは失礼しました」
竹内プロデューサーは話の順番を間違えた非礼をちゃんと詫びてから、自己紹介にはいった。
「私、MHプロダクションのプロデューサーの竹内と申します。今日は、WBSYさんと第2回MHPガールズバンドコンペティション全国大会の打ち合わせにまいりました。本来は、朝香が来る予定だったのですが、所用があって私が替わりにまいりました。彼女の下で私もこの大会を担当しますので、これから、いろいろとよろしくお願いいたします」
「うちの千草となにかあったんですか?」
私が特に話してなかったので、和田っちが聞く。
「今日、こっちに来る列車の中でアイドルにならないかと声をかけられた」
私が答える。
「は?」
「へ?」
「ほ?」
「・・・?」
驚くみんなと恐縮する竹内プロデユーサー。
「すいません。素敵な方だったので、商売柄、つい声をかけてしまいました」
「いつも、あんな風にいろんな人に声をかけているんですか」
「いえいえ、あんな風な突然スカウトは、いつもはしません。特別な場合だけです」
「それはどうも」
特別とか言ってこちらを真っ直ぐに見つめる彼の熱い眼差しに、かなり戸惑うわけなのだが、私が特別でアイドル向きってのは本当なんだろうかね。彼がそう思うのは勝手だが、私は実のところ男なわけで、女性アイドルになりませんかとか急に言われても困ってしまうし、まったくお話にもならないよね。それに、現在私はWBSYで活動中だしね。
「すいません・・・その話は、置いておいて・・・時間がないので今日の目的であるところの大会の打ち合わせに入りたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
竹内プロデューサーは、ますます恐縮しながら、今日の本題に入るためにこの話を切り上げた。
「はい、よろしくお願いします」
竹内プロデューサーの話では、大会は出場バンドが何組かに別れてファーストライブを行い、勝ち残った組が更に組み分けされてセカンドライブを行い、そこで勝ち残った優秀バンドでファイナルライブが行われるとのことだった。一回だけ大きなライブをやるのでなく、約1週間にわたって何ヶ所かで連日ライブが行われるという大掛かりな企画だ。
そして、優勝したらMHプロダクションからメジャーデビューできるということだった。
この話だけから想像するに・・・この大会って、ライブハウスとかでばりばりやってて、メジャーデビューを目指す、セミプロ級のすごい連中が集まってくる大会、っていうか一種のオーディションなんじゃないの?
「初日からファイナルまでの期間、ホテルをひとつ出場バンド全員の宿泊所としておさえてあります」
「全部のバンドが1つのホテルですか?」
「え、合宿みたい。いいな」
「・・・」
「でも、私たちは自分たちで宿は確保したから。そこには泊まらないのよ」
若葉が可愛く言った。
「はい、それは、千草さんのお部屋に皆さんで宿泊、と聞いております」
「ホテルに泊まらなくてもOKなんですか」
私が最後に聞く。
「はい、OKです。希望があれば、送り迎えの車を用意します」
竹内プロデューサーは私に微笑む。なんだか私に対して愛想がいいような気がする。
「それから、次に、期間中は練習用のスタジオを抑えていますので、御使用ください。各バンドの希望を聞いて時間割を作ります」
「スタジオですか?」
「練習し放題?」
「無料!」
「・・・」
MHプロダクションってかなり有名な大企業だったと思ったが、宿泊とスタジオって、この大会にかなり力を入れているのがわかって、ちょっと驚いてしまう。
「ここまではよろしいでしょうか?
改めてここで確認したいのは、みなさんの出場の意志です」
竹内プロデューサーが真顔で聞いてきた。
「もちろん出場です」
「はい」
「はい」
「・・・」
「でも、わざわざこんなことを聞くということは、出場辞退するバンドもあるんですか?」
紅緒が訊ねる。
「実は、いろいろな理由で出場を辞退するバンドが数組出てきたんです。たとえば、『晴れた日の午後に月が見える』はオリジナルな曲が4曲ないといって辞退されました」
竹内プロデューサーがそう言うと、私以外のメンバーがみんな反応した。
「えっ?」
「な・なんと」
「やった」
「・・・」
よくわからないので、隣の紅緒に聞く。
「どこのバンド?」
「うちの地方大会の1位のバンドです。すごくいい曲で、人気ナンバーワンだったバンドです」




