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27. アイドルになりませんかと列車の中でスカウトされる


 バンドの練習で地元に帰る時は、いつも男の格好で汽車に乗り、紅緒の家で着替えて、そのたびに和田っちにぶつぶつ言われていたのだけれども、この週末は、女の子の格好で汽車に乗って来てね、と若葉に言われた。大会のプロデューサーと地元で会う約束があるので、着替えたりしている時間はないだろう、とのことだ。

 女装にはずいぶんと慣れてきているわけなのだが、実はこれまで女の子の格好でひとりで外を歩いたことはなかったのである。

 これまでは、いつも佐藤さんと一緒だったので、町を歩いていても、頼れる人が近くにいる安心感があったんだけれども、佐藤さんなしでひとりで歩くのには少々不安がある私なのである。

 いろいろと佐藤さんに鍛えられたから、どこから見ても女の子に見えると思っているし、大丈夫だとは思うんだけれども、長い旅だし、トイレはどうしようとか、途中で男とばれたらずいぶん恥ずかしいことになってしまうのではないかとか・・・でも、ばれたら大会は失格なのでこの程度でばれたりしてはいけないでしょうね、とかいろいろと考え出すと本当にきりがない。

 つまらないことをいろいろ考えても仕方ないので、覚悟を決めて開き直って行動しようと思った。ばれたらばれたでどうにかなるでしょうって感じである。それに、何事にも最初があるのだからね。


 服なのだけれども、スカートは勇気がないのでワイドパンツで、Tシャツの上にフェミニンブラウスを選んでみた。佐藤さんは地味な理科系女子を目指して服を選んだって言ってたのだが、どれを組み合わせてもちょっとおしゃれな感じになってしまうのは、センスがいいのだろうなと思う。自分ひとりではこういう買い物は無理だなあっと、あらためて思うのである。

 部屋を出る時にギターとバッグをかかえて鏡を見ると、ギターケースがボロボロなのがちょっと恥ずかしいかもしれないと思ってしまった。もうちょっとちゃんとしたケースでないと、この服装には合わない感じだ。

 女子ってこんな風に見栄えを気にして、いろいろなものにお金をかけてしまうのかな、と思った。


 町をひとりで歩くと、なんだかちょっと不安な気持ちになったが、別に今までとあまり変わることはない。

 ただ、周りの人に見られるのには未だに慣れない。

 今日も、人の少ない駅のホームで特急列車の入線を待っている時に、隣の指定席車両を待っているスーツ姿の大柄な若い男がこっちをじっと見ていたりして、そういうのが気になってしまう。


 乗り込んだ自由席はいつものように空席だらけ。

 列車が発車してから、窓側の席で、缶コーヒーを飲みながら、音楽を聴いて、ぼーっと窓の外を眺めていると、突然、太い男の声で話しかけられた。

「お隣は空いてますか」

「は・・・」

 通路には、先ほどホームでこちらを見ていたスーツ姿の大柄な若い男が立っていた。あんたは指定席車両じゃなかったのかい。それに、空席だらけなのに、なんでわざわざ・・・

「えーと、一応・・・空いてますが」

 と答えるが・・・声は大丈夫・・・女の子っぽい声になったと思う。

「では、失礼します」

 男はゆっくりと静かに隣に座った。


 男は座ると、一呼吸おいて、話しかけてきた。

「あのー」

「あ、はい」

 いったいなんなんだろうこの男は?

「音楽をおやりになっていらっしゃるのですか」

「・・・」

 非常に丁寧なのが、不気味である。

 知らない大男から突然そんなことを言われて、戸惑ってしまって、返答せずに黙っていると・・・

 向うもこちらを見つめたまま黙っている

 ギターを持っているのでそう思ったんだろうけれども、いったいなんなんだろうこの男は?

 警戒しないといけないかもしれない。

 私は今、女の子だし。


「ああ、これは、失礼しました」

 こちらが黙っているので、男は自分の唐突さに気づいたらしい。

 しかし、さらに唐突なことに、その大男はこう言った。


「あなた、アイドルになりませんか」

 はっ・・・?アイドル・・・?

「実はわたくし、こういうものなんですが・・・」

 丁寧に名刺が差し出される。

 勢いで、つい受け取ってしまった。

 でも、もらっちゃっていいのか?


 マウント・ハイ・プロダクション

 アイドル事業部

 プロデューサー

 竹内駿輔


 大男はこちらをじっと見つめたまま言った。

「竹内と申します。

音楽をやられているのでしたら、こういった方面にも興味がおありではないかと思いまして・・・

もしも、少しでも興味がおありでしたら、ちょっとお話をよろしいでしょうか?」


「・・・申し訳ないのですが、わたくし、そういう方面には・・・」

 と、私は即答した。

 こんな格好だから、男性アイドルってわけじゃないだろうから、女性アイドルでしょう。で、女の子だったらそんなこと言われたら心が動くのかもしれないが、実のところ私は男なわけで、女性アイドルになりませんかとか言われても、困ってしまうだけなのである。


 その大男は、残念そうに席を立った。

「今日のところは失礼いたします。

もし興味があれば、ご連絡ください。お待ちしております。

どうか、ゆっくりお考えください。

よろしくお願いいたします」

 指定席車両の方向にゆっくり歩いていくと、車両から出る時にはこちらに向かって再び挨拶して去っていった。

 最後まで礼儀正しい男であった。


 しかし、今のはいったいなんだったんだろう?

 私がアイドル?

 芸能プロのスカウトってやつ?

 アイドル事業部プロデューサー?

 そもそもなんでこんな田舎に向かう列車にプロデューサーな人が乗っているのでしょうか?

 受け取っちゃった名刺にはマウントハイ・プロダクションってあるんだけれども・・・

 名刺のロゴマークにはMHP・・・

 そういえば、ガールズバンドの大会って、頭にMHPってついてなかったっけ。

 で、今日、大会関係者と打ち合わせがあるって話だったよね。


 まさかとは思うが・・・


 あんたが私たちのプロデューサー?



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