16. さとみん姉と会って指導を受ける(その1)
さっそく次の週に、さとみんのお姉さんと待ち合わせ。
大学の講義が終わってからの午後遅く、指定された場所は、人がまばらな某駅の改札口である。
ぼーっと立っていると後ろから声をかけられる。
「はい、馬場君、お久しぶり」
「あれ、確か、佐藤さん、でしたっけ。この間の学園祭の時はどうもでした」
「覚えていてくれて、うれしいわ」
佐藤さんは、昨年の大学の学園祭の漫画アニメ同好会のコスプレ喫茶で、俺の同級生の池田さんの友達ということで、他大生なのに手伝いに来ていて、てきぱきと一番働いていた、笑顔が素敵な女性だった。部外者でアウェイな俺が楽しく過ごせたのも彼女の存在が大きかった。なんとかとか言う黒っぽい服の魔法少女のコスプレが良く似合う小柄な美女である。
「こんなところで、偶然ですね・・」
俺が言うと、佐藤さんは不思議そうな顔をした。
「なに言ってんの。待ち合わせしてたでしょ」
「は?・・・俺は、里美さんっていう人と・・・」
「佐藤里美!」
「は?」
「妹は佐藤里美っていうの」
「えっ・・・里美ぺけぺけ子かと・・・」
「あいつは昔から、本名をちゃんと名乗らないのよね」
「なんで・・」
「『さとさと』って馬鹿にされるから・・」
「あー、なるほど」
「本人は気にしてるから、言っちゃ駄目よ」
佐藤さんは化けるプロである、というかコスプレの専門家である。
全国大学コスプレ連合会の委員だか幹部だかをやっていると聞いている。
「妹から話を聞いた時に、ピーンと来たのよね。あなただってすぐわかったわ。
飛んで火に入る夏の虫というか、なんというか、きたーってね。
で、どうなの、あれからコスプレとか女装とかに、はまったりはしてないの?
あなたなら、いろんなキャラになれるのに、もったいないわ。
去年も、私たちが着せたい衣装を拒否するからあんな姿になっちゃったけど・・・
もっと、かわいい美少女キャラをやったら、大人気だったのに。
大人気どころか業界に激震が走ったと思う・・・
それでね、秋にコスプレのパーティーがあるの。
馬場くんがそれに参加することを条件に、今回の仕事を請けたのよ。
だから、その時は私の言う通りにするのよ。
いっしょに激震を走らせましょうね。
は?・・・聞いてない・・・じゃあ、今聞いたって事で、よろしくね」
佐藤さんは話し出すと止まらない。反論する間も与えられずに、ただ聞くしかない俺である。
「ところで、どう、この駅前商店街は。
昭和な雰囲気で私は好きなのよ。
古風な喫茶店とか、おいしい惣菜屋とか、意外とおしゃれな雑貨屋とか・・・
お勧めのお店がいっぱいあるのよ。また、案内するわね。
この角を曲がると大学よ。うちの大学よ。女子大よ」
校門を抜けると、そこには広い芝生の庭があって、その先に近代的な校舎がそびえていた。校舎の中にどんどん入っていく佐藤さんに、仕方なくどんどんついて行く俺なのだが、女子大って、男子禁制とか、そんなことないよね。なんだがドキドキしてきた。
「女子大っていっても、男の先生もいるし、警備員の人は男だし・・・
サークルの関係で男子学生も出入りしてるし、ビクビクしなくていいわよ。
それに馬場君は、すぐに男じゃなくなるんだからね。
ぜーんぜん大丈夫よ」
男じゃなくなるって、嫌な言い方である。
「はーい、こっちこっち・・・ここがうちの部室よ。
今日は誰もいないから。
入ってこれに着替えちゃってね。
昨年から体型が変わってないみたいだから着られると思うわよ」
俺は佐藤さんに大きな手提げ袋を渡されて、部室に押し込まれた。
部室の中は、きちんと整理されており、はでな色のコスプレ衣装がたくさんかかっている。慣れない化粧品の香りが鼻を刺激する。
手提げ袋の中には、なんだかいろいろと服がつまっており、急いで着替えようと中を確認したら、なんだこれは、下着から付け胸までフルセットではいってるぞ。
「着替え終わった?じゃあ入るわね。
おお、寸法ぴったり、似合うじゃないの。
でも、ちょっと髪ははずしてね。
お化粧しましょう。
一度じゃ無理でしょうけど、馬場君も化粧のやりかた覚えましょうね。
馬場君じゃあいけないから・・・なんて呼ぼうか?
千草・・・千草ちゃん・・・「ちーちゃん」に決定よ。
それから「俺」はだめよ、
「俺」じゃなくて、「私」!
「私」よ「わ・た・し」。
さあ、言ってみて。
それから、うーむ・・・ひげはもともと薄いようだけど、ちゃんと塗らないと駄目ね。
でも厚化粧にならないようにナチュラル・メークで・・・
それから、足の毛は剃ってきてるわね。よし、優秀優秀・・・
よく見るときれいな足をしてるのよね。
はーい、お化粧が出来たから髪の毛付けて、鏡見てみて。
あのバラライカのコスプレがひどかったから、おもいっきりおしゃれにかわいくしたかったんだけどね。
でも今回の基本設定は理系女子大生、でも少しはおっしゃれ、って線を狙ってるから。
あんまり派手にしないで、目立たない服装でまとめました。
まあ、なかなかなもんでしょ」
確かに、うちの校内でうろうろしている女子はこんな感じかもしれないと思わせる、地味めのシンプルな服装であったが、鏡の中の男の俺がちゃあんと女子に見えて、その上ちょっとおしゃれっぽい感じに見えるのは佐藤さんの力であろうか。




