13. 忘れていたフレーズ
夜も更けてきて、新しい2曲をとりあえずみんなで合わせてみたけれども、ミスも多いし、全然ばらばらである。今日から始めたんだから、当然のことで、まだまだ練習が必要だ。
でも、なかなかいい感じの曲であることは確認できて、その点ではみんな満足そうであった
個別練習と休憩と合奏を繰り返してるうちにどんどん時間が経っていく。
倒れて仮眠をとるメンバーもいる。
俺は、仮眠するメンバーを横目に自分の太ももを眺めてひとりでギターの練習をしながら、眠い頭であることを考えていた。
さとみんの作った譜面は弾くのが難しいのだ。コード進行がところどころ変だし、どうして曲が成り立ってるのかわからないところもあるのに、でも譜面の通りに弾いてみんなで合わせるとちゃんと曲になっていたりする。作曲に関して素人に近い俺には理解しがたいものがある。
さとみんは天才かもしれない。センスが変なのも天才だからかも・・・
そして、「天才」という単語が頭の中に出てきた時に、記憶の奥の方から忘れていたあるものが蘇ってきたのである。
何度目かの海鮮丼を合わせ終わった時に、みんなに聞いた。
「ところで、4曲必要なんでしょ。もう1曲はどうなってるの?」
みんなすぐには答えない。
さとみんがやっと答える。
「今、考えているところ」
「バラードが欲しい・・・と思っているんだけどね」
若葉が付け加える。
彼らに4曲目のアイデアがないなら、俺の記憶の奥から蘇ってきたものを使ってもらうのも良いかもしれないと思った。
「うーん。実は取って置きのフレーズがある」
4人が興味を持った目で俺を見つめた。
あの日のことをどうして忘れていたのだろう。北風の吹く、寒い、冬の、天気の悪い、暗い夕方、誰もいない部室で、ひとりで空をぼーっと眺めていた俺に、突然そのフレーズは舞い降りてきたのだった。そして、そのフレーズをその場でひとりでギターで何回も弾いていたら、ひとりでどんどん哀しい気分に落ち込んでいったのだった。
バンドの仲間に聞かせたら非常に好評だったのだが、あいつら、みんな感想が違ったんだよね。俺は、このフレーズは、哀しい気分を表現するというか、内面にある哀しい気持ちを増幅させるような、そんなものだと思ったのだが、神秘を感じて哲学的だとか、灼熱の状態に吹き込む一陣の涼しい風のようにすがすがしいとか、ちょっとアップテンポにしたら心躍るんじゃねぇとか、なんだかみんなバラバラな印象を抱いたようなのだ。
だから、当然のことながら、曲にまとめる時にはいろいろともめて、当時の自分たちでは、このフレーズはひとつの曲としてはまとめられなかったのであった。
「とっても悲しい曲になるはずだと思うフレーズなんだが。今から弾いてみるから、もしよかったら、これを使ってくれないかな?」
そう言って、おれは、そのフレーズをみんなに弾いて聞かせた。
・・・
弾き終わると、みんなが言う。
「なんか、すごく哀しいね・・・」
「いいんですか、こんな素敵なのを・・・」
「姉貴が作ったの?キャラに合ってないよ」
「・・・」
4人が言うのを聞いて、俺とみんなの感性の方向性にずれがないようなので、ちょっと安心した。
このフレーズは、自分では曲にすることは出来ない。そうしたあきらめもあって、今まで忘れていたのだと思う。
俺がこれをかかえていても仕方がない、目の前にいる「天才」に曲にしてもらうのがいいんじゃないかと思ったのである。
「どう、さとみん」
「わかった、やってみる」
感想を何も言わず無表情でそっけないさとみんがなにを考えているのかまったくわからない俺であったが、彼女はなんだか深く真剣に曲について考えているようにも見えなくもなかった。




