11. 新しい曲(2曲目と3曲目)
「じゃあ、いよいよ、次の曲にいこうか」
和田っちが言った。
「あのー。次の曲って何をやるの?・・・」
俺はカツ丼しか準備をしてなかったので聞くと、和田っちがまた若葉に言う。
「若葉、先輩にこれも話してないの」
若葉がまた苦笑いをする。
「これとこれ」
さとみんが譜面を2曲分出してくると、紅緒さんが説明してくれた。
「じゃあ、私が説明しますね。
春にやった地方大会はオリジナル曲が1曲で勝負ができました。私たちは、カツ丼1曲で審査員特別賞をとって地方大会をクリア。でも、今度の全国大会は、決勝の前に一次と二次の予選があって、演奏する楽曲は各予選に2曲づつ、すべてオリジナル曲ということになっています。
問題なのは一次予選と二次予選では同じ曲はやってはいけない。
というわけで、オリジナルの曲が4曲必要なんです」
これを聞いて俺はちょっと驚いた。オリジナルで、しかも勝ち上がれるだけの曲を4曲も必要って、かなりハードルが高くないかい、この大会って・・・。俺らが高2の時にどうだったか考えたら、オリジナルの曲なんてほとんどなくて、コピーばかりやってたんじゃなかったっけ。
「それで、みんなでいろいろとアイデアを出して、さとみんにまとめてもらったのが、この2曲です」
「夕べ、やっと出来あがった」
さとみんがそう言うと、和田っちと若葉がうれしそうである。
「今日が完成版のお披露目ですよ」
「みんな、今日を楽しみにしていたんだよ。千草姉ちゃん」
自分たちの新しい曲が出来てうれしいのはわかるんだけれども、ここで千草姉ちゃんって言われてもね。
この時、俺は、出来たばかりの新しい曲をこれから仕上げていくのは結構大変な作業になるし、しかも全部で4曲もやるのだというと、軽い気持ちでちょっとヘルプで、なんてわけにはいかないなぁ、なんてことを考えていた。これも俺に断られたくない若葉が、俺に詳細を言わなかった理由のひとつなんだろうな、とも思った。
ちょっと後ろ向きなことを考えていた俺の顔は、多少こわばっていたかもしれない。俺の方を見ていた紅緒さんが俺に言う。
「千草先輩。いい曲ですから。絶対に気に入りますよ」
確かに、いい曲をいい仲間と演奏することがバンドの醍醐味なわけで、表情を曇らせた俺にこんな言葉をかける紅緒さんは、たぶんその辺がわかっているのだと思った。このタイミングでこういうことを言われると、なんだかやる気が出てくる俺であった。
「どれどれ」
夕べ出来たという2曲目と3曲目の譜面を見る。
2曲目:海鮮丼の歌
3曲目:天麩羅の歌。
カツ丼に続いて、どんぶりシリーズであった。
このバンドのこのセンスに、俺はついていけるのだろうか。
ちょっと動揺して、顔が再びこわばってしまった。
そして、つい、聞いてしまった。
「ねえ、またまたどんぶりシリーズなんだけど、これでいくの?」
「先輩。天麩羅は、どんぶりじゃないよ」
和田っちが言う。
ああ、確かにどんぶりじゃない・・・しかし、似たようなものではないのか・・・
「まあ、いろいろ考えはあると思うけど、とりあえず、さとみん、頼んだ」
和田っちに言われて、さとみんが部屋の隅に寄せられていたピアノの前に座った。
「こんな曲です」
さとみんが曲を弾き始める。
さとみんはピアノが上手だと紅緒さんが言ってたけれども、確かに上手で、彼女の複雑な演奏からはバンドでやりたい音の雰囲気が伝わってくるのであった。
意外にも、2曲ともなかなかいい曲だった。のりもいい。
演奏が終わって、拍手が起こるが、和田っちがさとみんを責めはじめた。
「さとみん、歌わないと全貌がわからないよ」
さとみんがちょっと困って返答する
「だから、私は歌は下手だから・・・」
「そんなことないじゃん、さあ歌って、もう一度やろう」
「いやいや・・・そこは勘弁して・・・。」
結局、この場では歌つきは聞けなかったが、どうせ歌うのは若葉だし、さとみんのピアノだけで曲の雰囲気は感じることが出来たので、これで十分だ。
でも、さとみんってほんとに歌うの下手なのかね。それとも、やっぱり恥ずかしがりなのかね、普段は無口そうだし。
というわけで、新曲の練習開始なのだが、ちゃんと弾くのはみんなはじめてということで、まずは、個人練習、その後みんなで合わせるということとなった。初めて譜面を見せられて、その日のうちに合わせるって、普通はないよね・・・俺は何とかなりそうだけど。
それから、こんな感じでやってたら、これは朝までかかるのは当然だな・・・と思った。
まずはどっちから?
「じゃあ、天麩羅からいこう」
やっぱり、ここも和田っちが決めた。
合わせる時間を決めて、それまで部屋の隅に分散して、各人個別に練習することになった。




