1. 二日酔いの朝である
「おはよう、お兄ちゃん。まだ寝てるの。もうお昼よ」
目が覚めると、ここは俺のアパートの部屋で、俺は自分のベッドの上だ。
二日酔いで非常に重いあたま。むかむかっとする胃の不快感。
その女の子はベッドの横に立っていた。
「お兄ちゃん、どうしたの、調子悪いの?」
ベッドに寝ている俺を覗き込む女の子は、ちょっとかわいい。
でも、誰だろう?
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「えーっと・・・俺にはあなたのような妹はいないんだけど?」
やっと声を絞り出して、身体を起こす。
「いったい・・・どなた・・・ですか?」
「うふふふふ。冷蔵庫の中のもので朝ごはんっていうか昼ごはん作るわね」
その女の子は、ちょっと笑って、台所に去っていった。
二日酔いの重い頭にも快く響く、可憐な声である。
もう昼なのか・・・よく寝たな・・・
一人暮らしの自分の部屋に、かわいい女の子がこんな風にいるこんな状況って、なんだかちょっと良いかもしれない、と思ったりもしたが、でも、あの女の子は誰なんだろう?やたら馴れ馴れしいぞ。
確か夕べは・・・
大学の同級生のテニスサークル関係の飲み会に・・・
人数あわせで参加させられ・・・
そのサークルにもテニスにもまったく無関係の俺は・・・
つまらない話題につきあって愛想笑いをしていたのだが・・・
ひとりだけなんだか浮いていて・・・
アルコールを飲むピッチだけが上がってしまって・・・
そういえば・・・
音楽の話題になって・・・
なんだかひとりで熱く語っていたような気がする・・・
今から思うと、いかんね、お呼びじゃないって感じだね・・・
テニスサークルの飲み会なんだからね・・・
で、夕べの席にこの子がいただろうか・・・
よく覚えてないんだけれども・・・
興味のもてない女子ばかりだったような気がするんだが・・・
まだ気分は悪いが、徐々に目が覚めてきた俺は、ベッドからゆっくり立ち上がると、パジャマ姿で台所の入り口まで行って彼女に話しかける。
「あのー、すんません。昨夜、俺、すごく酔っぱらっちゃって・・・なにかありましたか?」
台所で調理していた彼女は、こちらに振り向くと、あきれたような顔をした。
「いやーね、私、今朝来たのよ。それから、お兄ちゃん、『きょうだい』のこと忘れちゃったの?」
兄弟、と言われて、急に、俺は、彼女の正体に気づいた。
「まさか・・・若葉・・・お前は若葉か・・・?」
一見かわいく見える、一見女の子みたいなその野郎はうれしそうに答えた。
「やっと気づいてくれて、うれしい」
肩にわずかにかかる黒い髪、明るい色のニットのシャツと花柄のふんわりしたスカート姿で、かわいく笑ってはいるが、若葉は俺の弟だ。弟だから、男だ・・・と思う。確か、この春に高校2年生になったはずだ。
ちょっとときめいていた自分がなさけなくなって、二日酔いの頭がなんだかさらに重くなってしまった。
「・・って、なんだよ、その格好」
「どう?私、かわいいでしょ」
「ああ、わが弟ながら、なんだかすごいな。ちょっと、ときめいちまったよ、なさけない。で、いったい今日は、急にどうしたのよ」
「おう。実は、兄貴に頼みたいことがあって、わざわざ来たんだよ」
ああ、確かにこれは、よく聞き慣れた弟の口調だった。