言葉遊び有り
この国には騎士団と棋士団とが存在する。
騎士団は国の武力と魔力そのもの。近隣対立国との国境を護り、また、魔獣や竜、龍角酸性雨からも自国と喉を護っている。
対して、棋士団は智力。那智黒の碁石を碁盤の上に七並べ、ババ抜き、戦術や定石の研究、天候や地形の考察、騎士や砦の効率的かつ効果的な配置の検討および検証など、表立った活躍は無いが縁の下の力持ちであり、国防への貢献度はそれなりに高い。
「棋士団長っ! また序二段の成り上がり棋士が脱走を!」
「よし、すぐにフォーメーションBだ」
「はっ!」
ここ最近、棋士団員の脱退希望、脱走が後を絶たない。
然るべき手順を踏んだ上での脱退ならともかく、無許可の脱走行為など到底認められない。
すぐさま捕獲作戦フォーメーションBを実行する。
「また新入団員が逃亡したようだな」
「騎士団長か。何故ここに?」
「回覧板だ。ベーグル注文の伝魔鳩が今日の夕刻必着となっていたのでな、持ってきてやった」
「回覧板も伝魔鳩で飛ばしてくれて構わないのだが」
「そうつれないことを言うな。用事にかこつけて君の顔を見たいからに決まっているじゃないか。ああ、ちょっとそこの君! ブラックコーヒーのブラウンシュガー入りのレッドホットドッグチキン添えを運んで来てくれたまえ。ミルクは別の器のままで持って来るように」
「おい、うちの副棋士団長を勝手にウェイター扱いするんじゃない」
「君の部下に声を掛けたのが気に入らないのか? これは照れるな。 焼き餅やきもきハッハッハ」
♪~ピン、ポン、パン、ポン~♪
『ホシ、確保、捕獲、束縛。繰り返す。ホシ、確保、捕獲、緊縛』
♪~ピン、ポン、パン、ポン~♪
「良かったな、直ぐに捕まって」
「碁盤の目光るこの棋士団に追われ、逃げ切れる者などいないと何故逃げ出す前に気付かぬのだろうな」
「……見た目が、貧相だからじゃないか?」
「貴様ら騎士団と違い、我々は脳ミソの鍛練を日々積んでいる。外見だけの筋肉達磨と一緒にしてくれるな」
棋士団長は苺大福ベーグルと出西生姜焼きベーグルの注文を騎士団長に丸投げした。
副棋士団長を伴い、既に縛られているであろう捕獲された成り上がり棋士の元へと向かう。
騎士団長は棋士団長達の後ろ姿が見えなくなると、両手の人差し指から極細の魔力の糸を放出した。
丹精込めてマフラーを指編みし、フマキラーの線香を炊き、すぐさまベーグル注文の伝魔鳩を窓の外に放った。
「これは?」
亀甲縛りにされた成り上がり棋士を土俵際で憲兵に付き出した棋士団長が執務室に戻ってくると、部屋のインテリアであるホルマリン漬けのマネキンの首に、先程までは無かった魔力編みのマフラーが首を絞めるようにしてキツく巻かれていた。
室内はやや線香臭い。
「この緻密かつ正確な魔力編み、かつ、無駄も隙間も容赦も無い首の絞め方……騎士団長殿からの置き土産のようですね」
現場を見渡した副棋士団長が、常と変わらぬ冷静さで答えた。
棋士団長は椅子の背に掛けていた白衣を着用し、腕まであるロングタイプのゴム手袋を装着して、マネキン入りの大型標本容器から、本来ならホルムアルデヒド水溶液だろう液体にどっぷり漬かってびしょ濡れ状態となっているマフラーを、あや取りマジックの要領でしゅるりとほどき、取り出した。
すぐにジップロックの透明袋に入れ、密閉する。
「地下牢は寒かろう。きっとホシも欲しがるだろう」
マフラー入りの袋を託された副棋士団長が部屋を出ると、棋士団長は一人になった。
「そこにいるのは分かっている」
棋士団長の独り言、と思われた、が、しかし。
「ハッハッハ。何故分かった?」
ビリビリバリッ、パリンッ!
大型標本容器に内側から亀裂が走り、容器が粉々に砕け散った。
液体で床もびしゃびしゃ毘沙門天だ。
「質問をするのはこちらだ。貴様、騎士団長! マイ・スウィート・カーネルをどこへやった!?」
「勿論、然るべき場所に返したさ。貴族街の某チェーンソー店から盗難届が出ていたからな。可愛い君を憲兵に付き出す訳にもいかないし、何事も無かったかのようにミニスカサンタの衣装を着せて元に戻しておいたぞ」
「くっ、貴様……余計な真似をっ……!」
「それよりも、私も服を着たいのだがね」
水に濡れた髪を長い指でかきあげる騎士団長だが、短髪ヒーローのため、その動作にたいして意味は無い。
しかし、その動作から溢れ出す胸筋と上腕二頭筋の色香に、それまで騎士団長を直視していた棋士団長は慌てて目を反らし、執務机の上に几帳面に畳んで置いてあった騎士団長の騎士服を投げて寄越した。
その瞬間、騎士団長の汗とコロンの甘酸っぱい香りが棋士団長の鼻腔を掠め、棋士団長の心拍数を上昇させた。
マネキンと共に、液体は奥大山の美味しい水と擦り変えられていたようで、幸いにして薬液の飛散は無かった。
騎士団長の口から魔術スペルが紡がれ、洗濯機の脱水機能と同等レベルを誇る高速回転で騎士団長がスピンを決め、体と髪が綺麗さっぱり乾いた。
パチンッ!と騎士団長が指パッチンで指の先から魔力を室内に弾け飛ばし、床の水気も全て吹き飛んだ。
「只今戻りました」
「あぁお帰り。注文の品はまだかい?」
「うちの副棋士団長を勝手にウーパールーパーさせないでくれ」
「大変お待たせしております、ご注文のドリンクと、レッドホットドッグチキンです。別の器でお持ちしたミルクは別料金を頂戴します。……はい、お代は……ちょうどですね! 毎度、ご利用有り難うございました! 」
スンッと即座に営業スマイルを引っ込めた副棋士団長が、騎士団長から棋士団長に向き直る。
「棋士団長、自分が先般提出し、既に許可をいただいております副業届に、職種ウーバーと記入していたと思うのですが。ですので、ご用命、いつでも承ります」
頭脳明晰な副棋士団長は、己の体力の無さを恥じ、体力増強と収入アップを見込んで未婚女性宅に食品配達する副業を始め、食事も各女性宅で御馳走になっている。一石三鳥だ。
副棋士団長のお腰に着けられたポケットベルが反応した。
どうやら、鬼嫁からきび団子配達の依頼が入ったらしい。浮気がバレたのだ。
「妻に急かされていますので、今から終業時間まで、時間休を頂戴します」
副棋士団長はそそくさと帰っていった。
「それで? 私のマイ・スウィート・カーネルを逃がしたことに対する謝罪は?」
また二人きりになったことで、棋士団長は騎士団長への怒りを露にする。
しかし、幾ら怒ろうとも、力ずくでは筋肉達磨には敵わない。
棋士団長は騎士団長に、一瞬で組み敷かれてしまった。
騎士団長に頬を撫でられる棋士団長。
「マネキンではなく俺を愛でればいいじゃないか」
スパーンッ!といい音がした。
思い上がり騎士団長の頬を張り倒したつもりの棋士団長だったが、結果的にはそれもスパイスに。
煽られた、と受け取った騎士団長による拘束が強まっただけで、終業時間いっぱいまで、棋士団長は分厚い胸板とたくましい腕の中に閉じ込められた。
独占欲の強い騎士団長が、棋士団長の周囲を棋士団ごと崩しに掛かっていることを、棋士団長は露ほども知らない。
下っ端棋士を合同コンパと称した騎士大学校の筋トレサークルの飲み会におびき寄せ、その流れの宿泊合宿では騎士大学校の研修棟に棋士達を缶詰にし、筋トレの必要性を論理的に訴え洗脳し、騎士団への鞍替えをせっせと唆している。
また、どうやっても騎士団に不適だろうと判断した棋士達へは、別の職をせっせと斡旋している。
翌日のランチタイム。
伝魔鳩で届いたベーグルと、ウーバーで副棋士団長に配達させた食虫植物の食用花束を手に、騎士団長は棋士団長を王宮庭園にある東屋へと誘った。
昼食がお気に召した棋士団長は食後、騎士団長を愛でることを少し覚え、膝枕で頭ぽんぽんして経験値を積んだ。
このようにして、この国の平和は、日々保たれている。