9.青髭とマッドサイエンティスト
「これは、昔の童話なんですけれど……」
図書室ではリーゼがABCD嬢にむかって何やら話しているところだった。リーゼの誰が相手でも物怖じしないところは良くも悪くも凄いと思う。
「若い奥さんにに鍵束を渡して、城のなかは好きに使っていいけれど、地下室の小部屋の鍵だけはあけるなと言って城を出たそうです。けれども若い奥さんは好奇心にどうしても逆らえず小部屋の鍵をあけてしまったのです……すると」
怪談噺のように臨場感をつけて話すのも上手い。ABCD嬢はすっかりリーゼの話に引き込まれている。
「床には夥しい量の血が飛び散り、天井からは昔いなくなった奥さんたち7人の死体がつりさげられていたのです……! 若い奥さんは慌てて小部屋をでようとしたのですが、うっかり鍵をおとしてしまい……」
「キャーー!」
どう考えても「青髭」のあらすじだった。まあこのゲームはドイツ辺りをイメージした世界観っぽいからグリム童話があるのも不自然ではないのかもしれない。
「ですから、青い扉のお部屋に入っちゃいけないって聞いた時にちょっとこのお話を思い出したんですのよ」
コロコロと笑いながらリーゼが話すのを、まだ子供のBD令嬢は面白がって聞いているが上級生のAC嬢の目が笑っていない。側仕え達も真っ青になっている。普通に考えればオニキス様を連続殺人鬼扱いしているも同然で、ひどい冒涜だ。リーゼを婚約者候補からひきずりおろす時にはこの側仕えたちにも証人になってもらおう。
リーゼに見つかると何かと邪魔をされそうなので、書棚の陰に隠れながらレシピが載ってそうな本を探す。こんどABCD令嬢それぞれの好みを聞いてみてもいいかもしれない。とはいえ、この様子ではBD嬢はスターリングのお眼鏡には適わないだろうけれど。
***
ザッハートルテ風のケーキにチャレンジしたかったけれど、チョコレートの温度管理が大変そうなので諦める。この世界で日常的に作られていそうなドイツ風の菓子は逆にハードルが高そうなので、フランス菓子のガレット・デ・ロワを目指すことにした。王様の菓子なんて言うと不敬罪で捕まりそうなので、まあ、「アーモンドクリームのパイ」くらいの感じでお出しするけどね。
オニキス様に食べさせてもらったお菓子に使っていた「マンド」という、アーモンドに似た風味のナッツの粉を分けてもらう。バターに卵と砂糖、そしてマンドの粉を混ぜてカスタードクリームのような詰め物をつくる。パイ生地で包んでオーブンにいれると、甘く香ばしい香りが厨房中に充満してくる。
ケヴィンに食べてもらおうと厨房をでると、なぜかオニキス様まで応接室で待ち構えていた。
「あの、まだ、オニキス様に食べていただけるような出来ではないのですが……」
「この香りをかいではオニキス様もたまらないのでしょう。見た目は素朴ですが美味しそうにできていますよ」
ケヴィンがそう言いながら一口味見をする。
「詰め物はもう少し甘くてもいいかもしれませんね。オニキス様もどうぞ」
「もっと壊滅的な出来かと思ったら、子供は思ったより器用なのだな」
そういってにこやかにフォーク手にしたオニキス様だったが、パイを口に運んだとたん急に険しい顔になった。
「お前、魔力があるのか……?」
「えっ!? は、はい……」
「帽子を取ってみろ」
ものすごい剣幕で言われて訳も分からずキャップを外した。オニキス様の目が爛々と輝き、ケヴィンはなぜか同情的な顔で私をみる。
「子供、お前は毎日髪を1本ずつ毟って寄越せ、それから、魔力を込めずに菓子を作ってみろ。ケヴィン、あとは任せた」
それだけを言うと私に髪を1本抜かせて、パイとともに奥の部屋に行ってしまった。困っているとケヴィンが苦笑していた。
「オニキス様は、ちょっと……いや、かなり行き過ぎた研究者気質がおありなのです。びっくりさせて済まなかったね」
それからケヴィンに魔力を込めない調理の仕方を教えてもらった。魔力を体に閉じ込めて外に放出しないように制御する呪文を覚えるようにと言われる。
「詠唱ができれば発動はするけど、維持したまま何かをするのが難しいと思うから、ゆっくり練習すればいい」
「これは貴族の方の前で発動し続けても大丈夫な魔法ですか? 失礼にあたりますか?」
それは気にしなくてもいいとケヴィンにいわれたので、安心する。
「オニキス様はどういう研究をなさっているのですか?」
「解りやすい成果だと、魔力鎧や魔剣の開発がある。特殊な配合で加工した金属が魔力を吸収することを発見してね、その金属で作った鎧や剣には自在に魔力を込めたり放出したりができるようになったんだよ。それで、王国騎士団に魔法剣士の部隊が作られて」
その成果が認められて、単独で爵位も賜ったという。
「オニキス様ってすごいのですね。でも筆頭宮廷魔術師なのでしょう、こちらで研究ばかりしていてよいのですか?」
「いまは学園が春休みで閉鎖されているからね。宮廷勤めの皆も交代で休暇をとっている」
王族が学園に在籍しているため警備の人員も宮廷から出していたそうだ。
「それにしても今度の研究対象は君の髪か。全部毟り取られないように、嫌なら嫌というんだよ」
「は、はい……」
髪の毛を毟り取られる? そして甘党でマッドサイエンティスト……。
「パッケージ裏の君」だったころのオニキス様は美しいけれどちょっと冷たそうで人を寄せ付けない感じの印象だったのに、なんだかどんどんイメージが上書きされていく。
それがなんだか嬉しいことが自分でも意外だった。