7.防御魔法
「スターリング先生よりいくつかの注意事項を言伝かっております」
スターリング先生から矢継ぎ早に不安になるようなことを言われて混乱していた令嬢たちは、あまり反発もせず素直に私の言葉に耳をかたむけてくれる。目の端でリーゼの抗議がうるさいので視界に入れないようにして話を続ける。
「まず、この館の裏手に青い扉があります。そちらには決して近づかないようにとのことです。それから、先生からは自室と図書室以外では防御魔法を発動するようにとのお話がありましたが、こちらのお部屋でも油断なさらず防御魔法を発動なさってください、このように」
練習で発動する魔法よりも強く、彼女たちでも十分に察知できるように防御魔法を体にまとわせる。リーゼ以外の女生徒たちはさすがにスターリングが認めた成績優秀者だけあってさっそく呪文の詠唱をはじめた。
それにしても髪が長かった時の私にはまったくできなかった細かい魔法の制御をどの令嬢もあまり苦労もなくやってのけている。こんなに優秀な彼女たちを差し置いてリーゼが婚約者として選ばれることはまずないだろう。この館で働くときにリーゼが女主人でないとすれば相当やりやすい。
そして、自分が選ばれなかったことを知ったリーゼの荒れ具合を想像すればスターリングの心配もうなずける。
「アーデルハイト様、ベティーナ様、クリスティアーネ様、ダニエラ様お見事です。図書室へご案内します」
リーゼの様子が恐ろしいけれど、とにかく今はこのABCD嬢をリーゼから引き離したい。ちなみにABCDというのは4人の頭文字だ。
「しばらく図書室からはお出にならないようにお願い申し上げます」
応接室に戻るとリーゼがブチ切れてまさに今ティーカップを床に叩きつけようとしていたところだった。止めようとしたが間に合わなかった。しかし毛足の長い絨毯のおかげでティーカップには傷ひとつない。
「お義姉様、私に恥をかかせてどういうつもりなの? 私がまだ学園で魔法の実技の授業を受けていないことを知っているくせに」
「まあ、リーゼ。皆様もリーゼが1年生なことはご存じだからできなくても恥だとは思ってないわ。それに、言っておくけれど、こんな乱暴な態度を彼女たちの前でとったら、うちみたいなちいさな男爵家なんて簡単に取り潰されるわよ。すこしは自覚なさい」
「偉そうに言わないで! 先輩方を怒らせたって関係ないわ。私がオニキス様と結婚したらお義母さまを呼んでここで暮らすのだもの。ブライトナー家なんて勝手に潰れればいいわ」
開き直ったリーゼにはもう全く脅しが効かない。スターリングの言う通り相当厄介だ。
「……わかったわ。リーゼには私が魔法をかけてあげるから。そうすれば彼女たちもリーゼがちゃんとできているって思うでしょう?」
「最初からそうすればいいのよ。さっさとここを片付けて頂戴」
リーゼにオニキス様を諦めさせるなんて、どうすればいいのかさっぱり策が浮かばない。リーゼの髪を私と同じくらいの長さに切ってしまうのはどうかと考えたけれど、それで諦めるタイプなら苦労はしない。ジェイド辺りがリーゼに言い寄ってくれたら案外コロっと乗り換えそうな気はするのだけれど……
そんなことを考えているとちょうどジェイドがやって来た。ABCD嬢それぞれの実家からの使用人を案内してきてくれたらしい。彼女たちは今図書室にいると伝える。
今は4人で固まっているから問題ないけれど、図書室を出た後は個室であろうが図書室であろうが令嬢たちを一人にはしないようにと使用人たちには重々言い含める。これでリーゼが人目を盗んでABCD嬢を害することはかなり困難になったはずだ。
私が話をしている間にさっそくリーゼがジェイドを篭絡しにかかっていた。
……篭絡しているように見えるのは、リーゼの恋心がジェイドに向けば後が楽だなという私の願望だけれど。
「ジェイド様ぁ。お義姉様が私にひどいことをするの! 私がまだ魔法の実技の授業を受けていないのを知っているのに、先輩方の前で無理やり魔法を使ってみろって恥をかかされたのよ」
そんなことを言われながらリーゼに胸を押し付けられているジェイドはと見るとまんざらでもなさそうである。攻略対象のくせにヒロインではない女性にあんなにデレデレするなんて。しょうもない男だ。まあ、学園を卒業すればこの世界ではもう大人扱いとはいえ二十歳そこそこの青年だ。身体的接触に抗えないのも仕方ないのかもしれない。
他にいいアイデアも浮かばないので、リーゼの関心がジェイドに向くように密かに祈っておこう。身分差はあるけれど、第二夫人でも第三夫人でもいいのだし。私をナットムルア呼ばわりして乙女心をずたずたにしたのだからこれ位思ってしまうことは許されたい。
二人きりにしたら既成事実でもつくってくれれば楽なのに。あとでチョコレートボンボンでも差し入れてやろうかしら、と私はそっと応接室をでた。