6.メイドの真似事
グラウヴァイン邸に来た翌朝もなんとはなしに朝から日課の魔法のトレーニングをした。髪を切ってからというもの小規模に防御魔法を展開できるようになった。それが新鮮で楽しい。もちろんそんなことでリーゼを許せるわけではないのだけれど。
それからカーネリアンが調達してきてくれたメイド服に着替えた。
明日からはメイドとして過ごしたいとカーネリアンに頼んだ時はさすがに彼も戸惑っていた。けれど、この館へ就職するためにも働きぶりをアピールしたいし、メイドの制服にはキャップがあるのでウイッグを被らずに済むからと涙を浮かべて説明したところあっさりと応じてくれた。さすが乙女ゲームの攻略対象。モブの私にも優しい。
メイド姿でダイニングルームに控える。朝食の席にはつかずドア横にいる私を見てリーゼは一瞬驚いた顔を見せたが。心持ち口元がニヤついている。昨日、ジェイドから私の悪口を吹き込まれていたはずだから、勝手にペナルティか何かだと思い込んでいるのだろう。
朝食後にやって来たジェイドはカーネリアンから私の事情と計画を聞いているのかいないのか、ポーカーフェイスを貫き、あからさまに私の方を見ないようにしていた。午後にはスターリングが来るからそれまでは自由にすごしてほしいとだけ言うとそそくさと帰って行く。
そういえば、昨日ジェイドに言われたナットムルアはなんと肌色のネズミに似た魔獣のことだった。お義母様がそれを狙って私にあのサーモンピンクのドレスを用意したのだろうと思うと、ジェイドの感想もわからないではない。
……でもものすごく傷ついたけど。
それにしてもこの館には規模にくらべると圧倒的に使用人が少ない。そして、何人かみかけた使用人はみな黒髪の男性だった。
午後にスターリングが来るのであれば、私の働きぶりをアピールしたい。リーゼの朝食を片付けを済ませた後、さっそく男性の使用人にエントランスホールのシャンデリアを磨く手配をお願いした。新参の私にそんなことを言われて気分を害するかと思ったが彼は至極当然といった態度で私に従ってくれる。こちらもカーネリアンが手をまわしてくれたのだろう。
来客の導線上にあるカーテンを春らしい薄手のものに交換し、窓ガラスを磨き、茶葉の鮮度のチェックをしているとあっという間に午後になった。
お茶の用意をしたワゴンを押して応接室に入ると、スターリングがいた。
銀髪に片眼鏡の彼はゲームで見た少し冷ややかな印象そのままの銀髪の紳士でしばし見とれてしまう。
彼のほかに黒髪の女生徒が4人ほど席についていた。名前はうろ覚えだがみな学園で見たことがある。茶色がかった黒や、光の角度によっては銀色に見える黒などバリエーションはあるが、長さもみな同じくらいで見分けがむずかしい。着ているものも私やリーゼのとは違って、布地にびっしりと金糸や銀糸で幾重にも刺繍がほどこされているドレスで、高位の貴族のご令嬢たちであることがうかがえる。
私がスターリングなら、大切な甥が結婚する相手は、リーゼではなく彼女たちであってほしいと思うだろう。もちろん私がメイドとして仕える先の女主人としても。
リーゼはと見ると戸惑いのなかに苛立ちを隠せない表情をしている。しばらくティーカップの中をスプーンでくるくる回していたが、意を決したように口を開いた。
「スターリング先生、あの、こちらの方々は一体なぜここにいらしたのですか?」
「ああ、リーゼ君には昨日も伝えたと思うが、王都で黒髪の若い女性が狙われる事件が頻発している。それで、事件が解決するまでは犯人に狙われそうな女生徒には守りの固いこの館で過ごしてもらうことになった」
なるほど。そういう建付けで彼女たちは集められたのか。けれど、それは口実で彼女たちもまた婚約者候補なのだろうと推測する。王都で事件など発生していないのだから。なんだか、昔テレビで見ていたリアリティショーのような展開ですこし面白くなってしまう。
そんな私の気持ちとは正反対に4人の女生徒は不安そうにお互い見つめあっている。リーゼだけが滑稽なほど青くなっていた。髪切り事件の犯人はリーゼなのに、話がこれ程大きくなってしまったのだ。因果応報よと言いたいところだけどもちろんそんな気持ちは顔にはださない。
それにしても「頻発している」だなんて。
スターリングが話を盛っているのだろうとは思うけれど、オニキス様の嫁選びのためにアンデッドまで発生させた彼のことだ、髪切り事件を「頻発」させたとしてもおかしくない。私は何も聞こえてない体で、お茶のおかわりをチェックする振りを続けた。
「学園も春休み期間に入るし、この館には図書室もある。自習する環境としては申し分ないだろう。君たちは皆成績も優秀だから、この期間にどれほど成長できるか新学期を楽しみにしているよ」
いつの間にか魔法の自習合宿のような話にすり替わっているのがスパルタ気質のスターリングらしい。
「ああ、そうだ。注意点が一つある。そこのメイドの君もよく聞くように」
近づいてはいけない青い扉の話だろうか。
「この館の守りも万全というわけではない。万が一賊が侵入しないとも限らない。この館にいる間は防御魔法を自分にかけ続けるように。授業で教えたから当然できるはずだ。魔力切れになったときは、かならず自室か図書室に籠るようにして、決して無防備なまま廊下や庭園に出てはならない」
そこまで緊迫した状況なのか、と4人の女生徒となぜかリーゼまで不安な様子で顔を見合わせている。犯人がいないのはわかっているはずなのに。
「私からは以上だ。明日も同じ時間にここに集まるように。君たちならばすぐにできるようになるはずだ。精進したまえ」
昨日私とリーゼが注意された青い扉の話はなにかのトラップだったのだろうか。それともスターリングがうっかり言い忘れているのか。いや、カーネリアンならともかくスターリングが注意事項を忘れるということはないだろう。リーゼも同じことに気が付いたのか口の端が一瞬だけあがった。
なにかよくないことを企んでいそうだけれど、自滅してくれそうなのでそっとしておこう……。そんなことを考えていたら、去り際のスターリングに廊下に出るように目で合図をされる。
「ユーリア君。卒業おめでとう。君は優秀な生徒だったからオニキスの伴侶にと僕が推薦したんだけどね」
「恐れ多いです。この度は私の不注意でお心遣いを無駄にしてしまったことをとても申し訳なく思っております」
「まあ、それはいい。それより、君の妹のリーゼ君はなかなか厄介だね。連れて来た4人が婚約者候補だと知ったら彼女たちに何をするかわからない」
「申し訳ありません」
「まあ、君のせいではないがね。……ああ、リーゼ君が穏便に婚約者の座を退いたなら、君の願いをかなえてやってもいい」
「はい……?」
私の望み……。この館で働きたいと言っていることをカーネリアンが伝えてくれたに違いない。
「シャンデリアを磨かせた判断はよかった。ガラスも丁寧に磨けている。しかし、ただカーテンを春物に変えればいいというものではない。お茶の味も75点といったところだ。もう少し勉強してくれなければ、メイドに推薦することはできないよ」
それだけいうとさっさと歩き去ってしまった。
リーゼにオニキス様をあきらめさせる……? そんなことが出来るなら私はこんなところでメイドの真似事をする羽目にはなっていない。
「あいかわらずスパルタ過ぎです、先生……」
私のつぶやきはスターリングには届かず宙を舞って消えた。